四件 3

「ということで、こういう場合はどうなの。鏡子ちゃん」


 司命の声が聞こえて鏡子はハッと現実に戻される。


 今のは勝手に写真を乗せられて起こったトラブル。……とすると。


「有罪です」

「!」


 鏡子の言葉に嬉々はビクリと肩を震わせた。


 多分、嬉々に悪気はなかったんだろう。インスタに載せた後も電話かけて謝ろうとしていたぐらいだし。

 それでも。


 鏡子は覚悟を決めて真っすぐに嬉々を見つめる。


「インスタとはいえ、相手に許可なく写真を載せることはプライバシー権の侵害ですから。有罪です」

「そ、そんなっ!」


 嬉々の悲痛な声も虚しく、司命は嬉々を引きずるようにして出て行ってしまう。そんな中、鏡子は隣の閻魔大王に目をやって「あの。閻魔大王」と控えめに声をかける。


「天堂 嬉々のことなんですが。嬉々は写真を載せた後、何度も電話して謝ろうとしていました。だから……チャンスを与えてあげられませんか」

「ほう」


 鏡子の予想外な発言に閻魔大王は目をぱちくりさせる。今まで鏡子は何かを提案することはなかった。

 妻が少しずつ変わってきている、と閻魔大王は右手を鏡子の頭に置く


「そうだな。他の裁判官達にも提案してみよう」

「! はいっ。ありがとうございます」


 鏡子は頭を下げる。そんな鏡子を見て、閻魔大王はさらに頭を少し乱暴に撫でる。


「ななな、何ですか!?」

「いや、なんというか胸がざわついてな」

「ざわ、つく?」


 お酒の飲みすぎ? でもだからって撫でなくても……。


 鏡子がわざと閻魔大王をジロッと見ていると、閻魔大王は「何と言ったらいいのか」と顎に手を当てる。


「久しぶりの感覚だが。妻のことを愛しい、と思ったんだ」

「――っ!」


 愛しい!? 私のことを!? なんで!?


 鏡子の顔はみるみるうちに赤くなっていく。閻魔大王はフッと笑みをこぼして鏡子を優しく見つめた。


「ああ、愛しいな」

「!!! か、からかわないで下さい」


 鏡子は赤くなりながら、むぅと頬を膨らませる。

 閻魔大王は笑みをこぼしながら「帰るか」と鏡子の腕を引いた。


「あっ、待って下さい閻魔大王。この後、刀葉林さんと約束があって」

「刀葉林と?」


 閻魔大王の目がスッと細められる。一気に不機嫌になった。だが鏡子はめげずに閻魔大王に「この裁判の前に遊びに行くって約束していまして」と恐る恐る口を開く。


「だが妻の世界の法律では口約束は破っても有罪にはならないんだろう」

「っ」


 そういう問題じゃないんだって。


 閻魔大王はいたずらな笑みを浮かべる。


「ま、今のは冗談だ。妻に約束を破らせるわけにはいかないからな」


 その言葉に鏡子はホッと息を吐き出す。閻魔大王は鏡子に手を差し伸べた。


「送っていこう。本当は嫌だが、かなり嫌だが……。妻を危険な目には合わせられないしな」


 閻魔大王は額に皺を寄せる。相当悩みどころらしい。

 鏡子はクスリと笑って、まだ頬に熱を持ったまま閻魔大王の手を握った。


「そ、それじゃあお願いします」

「あ、ああ」


 閻魔大王は少し手を強く握り返してくる。


 その様子を見ていた司命が「なーにー? 二人ラブラブじゃん」と軽口を叩く。


「「!!!」」

「こら、あまりお二人をからかってはいけませんよ。今、愛を育み中なんですから」

「っ!!!」


 司録の言葉に鏡子はおさまりかけていた顔の熱が一気に上がる。鏡子は手を離そうとするが、閻魔大王がギュッとさらに強く手を握る。


「別にいいだろう。夫婦なのだから」

「!」

「行こうか、妻よ」


 閻魔大王に半ば強制的に鏡子の手を引いて裁判所を出た。




 閻魔大王に手を引かれ、あっという間に桃を基調とした刀葉林の屋敷に着く。本来なら恐怖で体がすくんで動けなくなってしまうところだが、今の鏡子はドキマギとして周りの景色が目に映っていなかった。


 確かに私達は夫婦ではあるけれど。でも書類上だけの関係で……。だから愛しいとか、ラブラブとか、愛を育むとか。そういうことを言われると戸惑うし、やっぱり恥ずかしい。


 閻魔大王は刀葉林の屋敷の戸を叩く。しばらくすると「はいはーい」と陽気な返事が帰って来て、扉が開く。

 刀葉林は以前と違って橙の着物を着ている。着物を緩く着ているせいかうなじが見えてしまっている。


「あら、閻魔大王が訪ねてくるなんて珍しいじゃない」

「妻が刀葉林と会う約束をしているというからな」

「へぇ」


 刀葉林がニヤリと笑って鏡子を見た。かと思うと鏡子の手を掴む。


「さ、鏡子さん。中に入りましょ」

「う、うん」

「あ。閻魔大王は駄目よ。またいい時間になったら迎えに来てちょうだい」


「分かった分かった」と閻魔大王はため息を吐く。


「それじゃあまた迎えに来る」

「はい。閻魔大王、その、送ってくださってありがとうございました」

「ああ」


 閻魔大王は踵を返してしまう。


 刀葉林は「それじゃ、鏡子さん」と鏡子を質素な部屋の椅子に座らせた。


「さっそくだけどその赤くなった頬について話を聞かせてほしいわ」


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