訪問者 2
「妻よ」
閻魔大王の低い声が聞こえる。鏡子はおそるおそる顔を閻魔大王に向けた。
閻魔大王は鏡子に手を伸ばす。
「っ!」
先程の泰山王を思い出し鏡子はグッと目を瞑る。
こわいっ!
その鏡子の予想に反して、閻魔大王はそっと鏡子の頭に手を置く。
「危ない目に合わせてすまなかった」
「!」
鏡子はブンブンと首を振る。
「それより……閻魔大王の手が」
「ああ。大丈夫だ」
「でも……」
そこに「鏡子ちゃ~ん」とバタバタと足音を響かせて司命が部屋に入ってきた。後ろには司録もいる。
「って大王サン、怪我してるじゃん」
「このくらい大丈夫だ」
そうは言っているものの閻魔大王の手からは血が滴り落ちている。
「とにかく血止めしましょう」と司録は医療箱を持って閻魔大王の手を包帯でグルグル巻きにしていく。
「鏡子様はお怪我は」
「……私は大丈夫」
司録の問いかけに鏡子は俯きながら頷いた。司録は「そうですか」とだけ言って司命の腕をとって部屋から出ようとする。
「え~!? もう出てくの!?」
「司命。今日は出ていきましょう」
「でも鏡子ちゃんがぁ」
「鏡子様のことは閻魔大王に任せましょう」
「え~!」
司命はわざとらしく声を上げる。それを司録はため息を吐きながら強引に司命の腕を引っ張り部屋から出ていった。
きっと……そっとしておいてくれたんだろうな。
鏡子は心の中で司録へ感謝を述べてから、閻魔大王の手を見る。
包帯を巻かれてはいるものの、その包帯からは若干血がにじんでいた。
「妻よ」
閻魔大王に話しかけられる。
「妻はまだ地獄で裁判を始めたばかりだ。余は妻の気持ちが落ち着くまで待つつもりだ」
「……」
「だが、なるべく早めに復帰してほしい、と思っている」
!
鏡子はハッとして閻魔大王の顔を見る。
「それは妻を心配しているからだ。司録も、司命も。そして余も――。それだけは信じてほしい」
閻魔大王の目は慈愛で満ちていた。
……っ。嘘を言っているわけじゃない。
鏡子の気持ちは相変わらず晴れなかったが、一筋光が灯る。
鏡子はグッと唇を噛んだ。そして「はい」とかろうじて返事を返した。
「はい」と答えたものの、それからも鏡子は部屋に閉じこもっていた。
人はそう簡単に変わらない。
私、このままじゃ駄目になる――。
そうは思っているものの、なかなか腰が上がらない。
鏡子はグッと唇を噛みしめた。
その瞬間、扉の奥の方から喧騒が聞こえてきた。しかもまた閻魔大王が声を荒げている。
まさかまた泰山王がっ!
と思ったものの、どうも閻魔大王と言い合っているのは泰山王ではないと声の高さから察する。
もしかしてこの人……。
「だーかーらー! アタシに任せなさいって言ってるでしょ!」
ドタバタと足音が近づいてくる。そしてバタン! と大きな音と共に美女と閻魔大王が入ってくる。
やっぱり声の主は女の人だ。
地獄で女の人を見かけたことがないから、ついマジマジと相手を見てしまう。
美女は黒い長髪で白の着物を着ている。着物の生地が薄いからか女性特有の体のラインが浮き出てしまっていた。真っ赤な口紅がよく映え、艶めかしい。
美女は鏡子の前に優しく手を差し出す。
「あなたが閻魔大王の妻の鏡子さんよね。はじめましてアタシは……まぁ、
「刀葉林……さん?」
刀葉林……どこかで聞いたような気が。
そう思うものの鏡子はすぐには思い出せない。
「さて、と」
刀葉林は鏡子の手を半ば強引にとって、鏡子を立ち上がらせる。
「こんな男まみれのところにいたらますます枯れてしまうわ!」
「え……」
「というわけで閻魔大王。しばらくこの子アタシが預かるわね」
ええ!?
「ちょ、ちょっと」
刀葉林は見た目に反して強い力で鏡子を部屋から引っ張っていく。
「おい、刀葉林!」
閻魔大王の荒い声が聞こえるが、刀葉林は口元に笑みを浮かべたまま鏡子を引っ張っていく。
「それじゃあ鏡子さん、まずはアタシの屋敷でお着替えから始めましょうか」
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