78話 パリィとかリアルで余裕なんだが?
―― ルルーナ・フォーチュン ――
Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン
【いや死なんが?】 死んだら即終了の「CHEST of Satsuma」 【ルルーナ・フォーチュン/YaーTaプロ】
2.2万人が視聴中 チャンネル登録者数 85.9万人
#旅団長の文化勉強
『
江戸時代の薩摩藩を舞台としたアクションアドベンチャーゲームであり、全世界で1000万本ほど売り上げた人気の歴史・時代劇ゲームだ。複雑に絡み合うストーリーと、奥深くも親しみやすい操作性、そして驚異的な自由度を誇るゲーム性が高く評価され、多くのゲーマー達のベストゲームへと輝いている。
今回の配信では、物語の最初からゲームを始め、操作キャラクターが死んだら配信を終了するという、昨今では珍しくないスタイルを取っている。ついでに俺が加える条件として、3D酔いが起こった場合も配信は終了となる。とはいえ、本作は三人称視点のゲームである。一人称視点に比べれば遥かに酔いにくく、長時間プレイも問題が無いようだ。
さて、現在は配信開始から2時間が経過している。順調にメインストーリーを進めてきた俺だったが……なかなか思うように事を進められないのが初見プレイの醍醐味である。
「……これは少々、よろしくないな」
現在の状況を説明だ。
薩摩藩の名家である島津家へ仕官した俺こと主人公は、ひょんなことから犯罪組織と敵対することになった。そして物語を進めるうちに仕官先である島津家の、とある家臣がその組織と繋がりを持っていることに気づいてしまう。そこで尻尾を掴むために主人公はその家臣を尾行していたのだが……ゲームが持つ自由度の高さが災いし、ここで俺はとんでもないミスを犯してしまったのだ。順番にお伝えしよう。
1.主君の島津の前で尾行がバレる
2.「まあ悪行やっとるのは間違いないし、後で弁明すればええじゃろ。撮れ高ほしいから斬っとくか!」と軽い気持ちでその家臣を斬り捨て御免
3.島津キレる。弁明の余地なく即座に手配され、他の家臣がワラワラやってくる。とにかく斬り捨て御免
4.気がついたら主君の島津が死んでいた
5.本格的にお尋ね者となり、島津家と完全に敵対。刺客が次々と送り込まれる
6.いまココ
俺が操作しているのは知名度の低い下級武士だったことを忘れていたよ。前世の俺なら王の前で同じ事をやっても威圧と理論で押し通せたのだが……。
この状況において最もよろしくないのは、メインストーリー進行の要である主君を俺が斬り殺してしまった上に、島津家と敵対してしまったので、もはや物語進行は絶望的となってしまったことである。このままでは刺客と殺し合うだけの淡々としたプレイになってしまうな。
:そもそも、ほぼ初期ステで島津を斬りころせるのがおかしい
:あんな死屍累々になった島津邸を見たのは初めてだよww
:今日の昼飯はミートソースのパスタの気分だったけど さすがにソース変えるわ
¥4466:4月4日なだけに44累々ってかァ!
:こっちは島津の攻撃で一撃死 あっちは50回以上斬られても死なない 本来なら初見じゃ無理ゲー
:全部パリィってなんだよ……このレベル差だったら島津の攻撃、全部1フレーム固定だぞ
:確かレベル差でかいとパリィの猶予フレーム短くなるんだっけ
:朝っぱらから神プレイ連打は流石団長
:ワンボタンで全方向ガードとパリィができるって言っても、60分の1秒を何で全部さばけるんだ
:スキル補強無しで島津の攻撃全パリィは流石団長なんだワ
:チート疑惑……は無いか 雑魚の流れ弾、ちょこちょこ貰って瀕死になってたし
こちとら昔は失敗したら致命傷の
だが今回は、その仕様が仇となったな。もう少し手を抜いてプレイをすることを覚えなくては。
「配信だからと調子に乗ってしまったのはまずかったな。善良なる藩士たちをこの手にかけてしまうとは……」
¥4120:薩摩へごもん:無様に斬られる方が悪いのだ。戦で死ねぬは武士の恥じゃ 面汚しじゃ
:↑なんか戦闘民族いるんですが……
「おおう、猛々しくて頼もしいのう、へごもんのかた。むはは。
すまない団員の皆。メインストーリーの進行は駄目になってしまったが、悪寄りのサブストーリーはこの状態でも進められるはずだ。その道へ進むための助言を頂けないだろうか」
:さっき追っていた犯罪組織に加入して島津暗◯
:確か島津やったら薩摩を乗っ取って幕府から独立できるよな
:もうちょい業を深めると羅刹ルートに行けるな 町人斬りまくろうぜ
:作中最強キャラとバトルできるルートだっけ 確かそいつも島津
:もうやめて! 島津だって命なのよ!
:開発はどんだけ島津に恨みがあるんだwww
:開発責任者の島津の末裔がノリノリで作ったゲームなんだよなあ……
「ううむ、島津家との戦いは逃れられぬ運命のようだ。折角だから強者と戦えるという羅刹ルートとやらに行ってみよう。しかし、民草を殺すのは
:刺客には容赦ないが町民には少し優しいw
:悪徳商人から盗みを働いて貧民に金を配る義賊プレイやりそうww
:団長の倫理観ってちょっと独特だなあ 掴みどころがないというか
「おっと。さっそく追加の刺客だ。おお、何だ? 鎖の端に武器が付いとる。鎌と鉄球か?」
:鎖鎌! 鎖鎌使いじゃないか!
:レアモンスだ! ◯せ!
:ドロップオンリーの鎖鎌! かなりの強武器だから団長チャンスですよ!
「ほう、彼は珍しいのか。ようし、彼には悪いがその武器を堪能させてもらうか。いざ尋常に
はしゃぎながら刀を構えた瞬間だった。突然現れた気配を察知した俺は、ヘッドセットを頭から毟り取り、画面から視線を外して気配の方向を凝視する。
「………………」
誰かが俺の部屋に侵入したらしい。玄関から直接の侵入となると、該当の人間は限られている。管理人か、保護者扱いの進か、そしてリンか。もちろん、十中八九リンだ。
そして気配からして、リンの他にもう一名、侵入者がいるらしい。あまり穏やかじゃない事態のようだ。
:え? なになに? 怖いんだけど
:団長がフリーズしちまった バグか?
:ああ、団長のキャラが滅多斬り というか速攻死んだぞ どうしたどうした?
:あああああ
:配信終わっちまう……えええ……
:あの、そういうドッキリはいらないんですが団長
混乱する団員たち。しかしあまり構っていられる余裕はない。
俺は一旦リスナーへ声がけすることにした。
「すまない、団員の皆。少し急用ができてしまった。突然で大変申し訳無いが、配信を切らせていただく」
:え マ?
:なになになに団長
:逃げるなっ! とも言えないくらい急いでそうだね団長 ご無事を祈ります
:よく分からんけど、いってら団長 貴女の旅路に祝福を!
「ありがとう、皆の者。次の配信まで良い子にしていてくれ。君の旅路に巡りの縁を」
団員の民度の高さに感謝しつつ、俺は配信を終了した。
―― ルルーファ・ルーファ ――
パソコンの電源ボタンを押して強制シャットダウンをする。電源を正規手順で切る余裕が無い。
続いて、スマホの電話アプリで別部屋の同居人にボイスメッセージを入れる。
「ヤヤ嬢。気づいているかもしれないが、誰か知らん人間が迷い込んできた。俺が対応するから、絶対に外へ出ないように」
発信した直後に「了解」のスタンプが送られてきた。理由も聞かず即了承か。非常事態とはいえ落ち着いているな。
直通のドアを開け、生活用の部屋へ足を踏み入れる。照明を落とした部屋の中では、壁を背にしてもたれかかりながらサイレンサー付きの拳銃を構える、黒いライダースーツのような格好をしたリンの姿が。彼女の腹部からは赤い血が滲み出ており、壁には細く赤い血筋が流れている。撃たれたか。
そして対面には30代後半ほどの黒スーツの男が、リンと似たような形の拳銃をリンへ向けていた。
「ふむ」
「ルルーファ・ルーファ!? 危ないから下がりなさい!」
黒スーツの男が叫んだ瞬間、リンの目が細く鋭くなったのを、俺は見逃さなかった。彼女が引き金を引く直前に二人の間へ割って入る。そして満を持してリンが男へ向けて放った銃弾を、即座に現出させた
「なっ!?」
「剣!? どこから!?」
「まさか、つい先ほどゲームでやっていたパリィを自宅で披露することになろうとはな。感慨深い」
再度彼女が引き金を引く前に、俺は風剣で拳銃の握り手の底部分をマガジンごと切り落とした。ゴトリと音を立てて落下する銃のパーツを目の当たりにし、二人は「え?」と間抜けな声を上げて呆然とした。
「武器を降ろせ、リン。その銃はもう撃てない」
かつてヤクザどもを相手にした際、慧悟から教えてもらったのだ。セミオートマチックのハンドガンを無力化する方法として、演出面と実用面で効果的である、と。詳しくは分からないが、銃の底で使用されているバネ類が作動しなくなり、まともに動かなくなるらしい。
呆けていた男だったが、俺の勧告を聞いて正気を取り戻したようだ。咄嗟に銃を構え直す。
「二人とも! そのまま動くな――」
「
「!?」
彼が言い終わる前に、新しい
さて、俺がわざわざ炎剣を出した理由。それは単純明快だ。二人への威嚇である。
俺は風剣の切っ先をリンに、そして炎剣をスーツの男へ向ける。6畳という狭い部屋内ならば十分に刃が届く距離だ。
「双方、銃を下ろせ。10秒待つ」
「な……何を言う! 私は公安だ! 公務執行妨害だぞ!?」
「残り6秒だ」
聞く耳を持たないという俺の意志が伝わったのか、男は銃を下ろした。一方、リンはとっくに従っていた。
二人とも抵抗の意志がないことを悟ると、俺は二対の剣を消し、そしてリンの怪我を治療することにした。弾は貫通しているようなので
「リン」
傷口に手を当てて治療しながら、俺は彼女の耳元で呟いた。びくりと身を震わせるリン。
「君、俺を利用したな。俺が部屋に踏み入ることで、彼の気を逸らそうとしたな」
「………………」
「その沈黙は肯定とみなすぞ。悪い子だ」
傷口だった腹部を軽くパチンと叩いてやる。彼女は軽く顔をしかめた後、不思議そうに腹部を見つめた。
「これが
「痛みや不調は無いな?」
リンが頷く。一先ずの応急処置は良し。これで憂いは無くなっただろう。男は俺の名前を叫んでいたから俺の正体はご存知らしいし、これ以上の抵抗は無いと見ていい。
スーツの男がこの様子を目の当たりにし、使い物にならなくなった拳銃から弾を抜きながら、ぼそぼそと呟いた。
「
「俺もどんどん正体が広まっていくなあ。有名になっていくのはルルーナ・フォーチュンだけがいいってのに。さて、お二人」
俺は床を指さした。
「正座だ。正座しろ」
「? 何故だ?」
「すっとぼけるなスーツの君。正座と言えば説教に決まっとるだろうが」
「はぁ!?」
「何だ、その腑に落ちぬという表情は。自分たちが何を仕出かしたか理解できんのか。貴様らは平和に暮らす俺の生活を脅かし、俺の仕事を中断させ、リスナーの不安を煽ったのだぞ。ご立派な営業妨害だ。挙句の果てに俺の部屋を汚すわ壊すわ、部屋に土足で踏み入るわ……」
「いやだから、公務――」
「知らん。喧嘩両成敗ぞ」
「いえ、あの……喧嘩ではなく任務――」
「俺は知らんと言ったぞ、リン。リンは何の任務か知らんし、スーツの君は何の公務か知らんが、その前に貴様らにはモラルと常識を叩き込んでやる」
そしてリンに向けて、お灸も兼ねた少々の殺気を添えて睨みつけ、言った。
「然る後に、今の状況を改めて説明してもらうぞ。申し開きの内容をしっかり考えておくんだな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます