幕間2ー13話 Victoria Spring


―― メイド喫茶『Victoria Spring』オーナー 白石 ――



 季節は2月の末ごろ。メイドカフェ『びくとりあん』から改め、メイド喫茶『Victoria Spring』への転生を遂げてから3ヶ月ほどの月日が流れようとしていた。

 もうご存知だとは思うけど、店の顛末について語ろうと思う。


 結論から言うと、Victoria Springは俺の想像以上に高い評判を得ることとなった。


 当初はルルさんの噂を聞きつけてきた客が多かったものの、モデル『LUFA』の活動停止がまことしやかに噂され始めたためか、今ではその名前を店の中で聞くことは無くなった。メイド達による本格的な給仕と、ホテルのシェフや料理研究家仕込みの料理の数々を純粋に求めて来店してくれている。レビューサイトからの評判も上々で、静江さんのお母さんとのやりとりを聞いていたお客さん――それも界隈では著名なレビュアーのかたが、接客と味の両方での高評価を添えたうえでレビューサイトにこの店の紹介を載せてくれたのだ。おかげで、初日から満員御礼という鮮烈なデビュー戦を果たしてから今日まで、お客さんの来店が途切れることなく本日まで至っている。この調子で評価を伸ばしていけば、旅行雑誌や料理店のガイドブックへの掲載も夢ではないだろう。

 

 俺以外のスタッフたちの話をしよう。俺はほぼ現状維持なのでパスだ。

 まずはリエちゃんとミホさん。もちろんしっかりと健在で、今もVictoria Springのスタッフルームで二人仲良く暮らしている。店の人気のおかげで、商店街からの立ち退きの話は一瞬で消え去り、これにて円満に問題解決――とはいかなかった。リオープン直後は店と彼女たちの人気が出すぎて、プライベートが確保できない、恋愛できない、などとよく嘆いていたもんだ。だけど最近では新しくスタッフを雇い、その子たちが前線に出始めた頃なので、その贅沢な問題が解消され始めた。今の二人を脅かす存在はもう無いだろう。あとは二人が「ハーレムでも作るか!」なんて話を俺に持ちかけてこなければ、俺も気が楽になるんですけどね。

 次にメイド長の静江さんだけど……母親とのわだかまりが解消され、評価を得て自信を付けたためか、消極的だった性格が一転。メイドたちのまとめ役として非常に頼れる存在となった。表でメイドに指示を出すのはもちろんの事、キッチンでの調理もすれば、学生である俺に代わってオーナーの代行を務めてくれるまでに至っている。俺が今も大学へ通学できているのは彼女が居るからこそである。最近の悩みがあるとしたら、彼女専門のファンクラブが設立されて少々戸惑っているくらいかな。

 そして肝心のルルさんだけど……スタッフが少なかったリオープンの当初は長らくキッチンで俺たちの支柱となってくれていたが、今は既に退職済みである。退職理由は、本業に専念したいから。これ以上語る必要は無いよね。


 退職以降、ルルさんとはVictoria Springの初期メンバーで構成されたRIMEのグループチャットでやりとりを頻繁に行ってはいるものの、長らく顔を合わせていなかった。

 しかし今日は違う。グループチャットから来た彼女からの連絡を目の当たりにして、思わず頬が緩んでしまう。


「てんちょー。もうすぐルルたちが来るって。一緒に来る子のひとりが人見知りだからお手柔らかによろしくだってさ」

「こっちでも確認したよ。行こう。一同でお迎えだ」


 スタッフルームへ俺を呼びに来たリエちゃんを伴って店の入口へ向かう。既にミホさんと静江さんが並んで待機していた。終業後の時間帯という点も相まって、メイド達全員は嬉しさを堪えきれずに笑顔となっていた。お出迎えはVictoria Springの初期メンバーだけとなっている。


「久しぶりだなー、ルルちゃん達と会うの」

「お互い忙しい身ですからね。でもこうして顔を見せに来てもらう理由を作ってくれた白石くんには感謝ね」

「メイド長、めっちゃ嬉しそうな顔ですね。眼福です」

「ミホさんったら、からかわないでくださいよ」


 多忙な彼女が来店する理由。それはYaーTaプロダクションとのコラボ企画の打ち合わせのためである。一個人ではなく、YaーTaプロ所属のアイドルとしてやってくるのだ。しかもルルさんだけではなく、彼女の同期二人と、そして彼女たちのプロデューサーも同伴である。

 ちなみに、コラボの話自体はYaーTaプロがアイドル活動を始める前から上がっていた。再出発したばかりの個人事業と、立ち上がったばかりの小さな会社のコラボレーションなら、お互いの知名度もそう高くないだろう、世間への影響も大きくないから名を売るには良い機会だろうと気軽に結んだ契約だったけど……思ったよりも大ごとになっちゃったなあ。お互いの知名度、かなり上がっちゃってるし。


「あら。白石くん、浮かない顔」

「嬉しいは嬉しいんですけど……この企画の費用負担、広告掲載ミスのお詫びだからって、灯さんたちYaーTaプロ側がほとんど受け持つ前提で話が進んじゃっているんですよ。資金は大丈夫だろうかと思ってしまいまして。そう考えたら申し訳ない気持ちになっちゃって」

「アレは 100%パーヒャク 向こうが悪いから気持ちよく受け取っとけよ」

「てんちょー人が良すぎでしょ。それにルルたち、めっちゃ稼いでると思うからへーきだって」


 二人から冷めた視線が送られる。でも、予想の額を計算してみたらかなりの額になっちゃったからなあ……向こうのプロデューサーさん、疲れた顔していないといいけど。

 そんな俺達のやり取りを見ていた静江さんは、ふふ、と声を漏らして笑った。

 

「いえごめんなさい。ルルちゃんと出会う前の私じゃ、こんな光景に目を向けていられなかっただろうなって……今の私は幸せ者なんだろうなって、思っちゃいまして」

「確かに。ここに来てから静江さんは良い顔になったよ」

「静江さんだけじゃなくて、あたしやリエも……白石クンもだよ。ルルちゃんや進さんと出会って、あたしらは全部良い方向に変わることが出来た」

「ルルは本当に幸運の女神サマなんだろうね。モデル業に関わった人たちも、YaーTaプロも大成功しちゃってるし」


 そうかもしれないけど、本人は絶対に否定するだろうな。

 ルルさんが退職する間際、二人だけになる機会があった。その際にありったけの感謝を伝えたら、慈愛の笑顔を添えて彼女は俺にこう言ったのだ。


『俺という存在は、単なる刺激物――味を引き出すスパイスみたいなもんだよ。

 皆が生まれ変わろうと努力した。より良い明日へ向かうために創意工夫を凝らし、練磨に勤しんだ結果が大成功した今の君たちだ。

 君たちが真にするべきは、俺に感謝するんじゃなくて、自分たちの偉業に誇りを持つこと。それを後世へ紡ぎ、未来に語り継ぐことだよ。

 悪いが俺はここまでだ。でも、また困ったことがあったら、ぜひ声をかけてほしい。それまで俺は君たちの紡ぐ未来を楽しみに見守っているよ』


 中身が男であることも忘れて見惚れてしまい、思わず本気で口説きそうになってしまった。この直後に『特に複数の女性との付き合い方に困った時だな。こう見えて熟練の経験者だ。力になるぞ』と冗談抜きで言われて、色んな意味で正気に戻ったけどね。あぶないあぶない。

 

 おっと、表に停車の気配。いよいよかな。

 予め考えていた挨拶をするように俺が皆に合図を送る。今回の挨拶はルルさんが帰ってきたときだけの特別製だ。普段の客に対してなら「ようこそ」なんだけど、今回だけはこの言葉を使おうという流れになった。もちろん反対した人はひとりも居なかったよ。

 店の入り口のドアが開かれる。メイド達は一糸乱れぬ動きで頭を下げた。



『お帰りなさいませ、異邦人エトランゼの皆様』

 


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