45話 彼と彼女の願い

―― 鎧坂(ガイ)社長 ――

 

 詩子ちゃんをYaーTaプロへ送り届け、その事務所から歩いて数分。向かったのはカフェと名の付く小洒落た喫茶店だ。古めかしい純喫茶もいいけど、やはり自分にはマダムが通うような今どきの喫茶店の方が性に合っている。

 

「いらっしゃいませ」

「予約のジーエルですー」

「ジーエル様ですね。ご案内します」


 あからさまな匿名だが、スタッフは特別驚いた反応をしない。ここは個室完備のカフェである。密会にはもってこいなのだ。自分たちもよくあるケースのひとつに過ぎない。

 時間は5分前。自分にしては珍しく時間前に到着した。今回の相手は自分にとってVIPなのだから当然だ。


「こちらの部屋になります」

「案内おーきに。ありがとねん」

 

 スタッフに案内されて個室へ入る。中には自己主張の控えめなファッションに身を包んだ女性が一人、店に設置されていたスポーツ新聞を読んで自分を待っていた。

 茶髪のウィッグにカラーレンズの眼鏡。典型的な変装スタイルである。ただし整った顔立ちと抜群のプロポーションまでは隠しきれていない。

 とりあえずホットコーヒーとモンブランを注文。彼女の正面に腰を下ろす。すると彼女もスポーツ新聞をたたみ、姿勢を正した。


「こうやって面を向かって話すのは初めましてだな。鎧坂社長――いや。いつも通り、ガイと呼ばせてもらうか」

「ええで。オジサンも社長としてじゃなくて、ダチとの呑み気分やし。はじめまして、ルルーファ・ルーファ……オジサンもいつも通り、ルルちゃんと呼ばせてもらうで」

 

 ルルちゃんが灯ちゃんの心臓の病を知った過程で、灯ちゃんを通してネット上で面識を得る機会があった。それ以来、頻繁ではないが交流が続いている。もちろん男女の関係ではない。お互いに普通の友人関係というだけだ。

 注文したコーヒーとモンブランが到着したところで、ルルちゃんは変装を解いた。途端に、思わず感嘆の声をあげてしまった。たなびく銀髪。希少な瞳となるアースアイ。見覚えがある。あれは――ファッション雑誌か!


「キミ、モデルのLUFAか! 仰天やわ……関係者みんな女神様言うワケやな」

「モデル業から配信業に転身した者もいる。そう驚く事でもあるまい」


 とはいえ予想外の大物。ほぼ無名のファッション雑誌で鮮烈なデビューを果たした後は、SNSでもプチ話題になり、彼女が出演したCMは今でも茶の間に流れている。

 

カミさんがLUFAのファンなんや。後でサインもろてええ?」

「引退したぞ、俺」

「え。兼業しないの?」

「悪いが配信専業だ。モデル業は、手っ取り早く現金が欲しかったことと、社会勉強が目的だな」

「はえー、カミさんショック受けるなー。そんじゃ尚更ほしいわ。プレミアもんやで」

「LUFAとしては最初で最後のサインになるな。本人証明ができない以上、無価値の代物ではあるが……ファン相手ならやらせてもらおう。後で書く物は用意しておいてくれ」

 

 LUFAはただの読者モデルだし、SNS上でもLUFAの名前で活動はしていない。プロモデルでない以上、引退宣言をする必要も無しか……埋もれさせるにはかなり惜しいが、本人の希望なら無理強いはするまい。

  

「さて、顔合わせが済んだところだが。君はどうして俺に接触を?」

「ルルちゃんがどんな人間か知りたかってん。我慢出来んで職権乱用してもうた」

「光栄だな。感想は?」

「度肝抜かれたで。直に目で見るまでは存在を疑っとった。オッサン相手も覚悟しとったほどや」

「おお。男らしさが認められた素晴らしい評価じゃないか」


 今の喜ぶの? やっぱり面白い子だな、ルルちゃん。

 

「で、会ってみて一つ思ったことがあったんやけど、聞いてええ?」

「そう言われてノーと返事するわけにはいくまい。聞こう」

「なんでVtuberやろう思ったの? 多分やけど、一番キミの持ち味を活かせない仕事よね? 露出したほうが受けええんとちゃう?」


 彼女の美貌があればモデルで頂点が取れる。彼女の技量があればプロゲーマーになれる。ルックスに恵まれユーモアもあるからタレントにもなれる。配信者としてならVではなくてYuTuber――顔出し配信者ならばもっと高みに行けるはずだ。


「すまんな。面接みたいになってもうてるな」

「構わんよ。朝倉兄妹にも問われたくらいだ。関係者は皆、心の底では考えてるんじゃないかな。

 答えよう。持ち味を最もからこそ選んだ」

「チャレンジ精神?」

「そう受け取ってもらって構わない。俺が一部記憶喪失であることは配信で知っているな? この美貌は何の努力もせずに授かったものになる。そいつを活かして金を貰う生活を続けるのは、ちと卑怯だと思った」

「なーるほど。美容は手間と忍耐と継続の結晶やし、その身体を作り上げる過程をすっ飛ばして申し訳ない、と。話は分からんでもないな」

「それと、俺は要領がいい分類の人間であることは自覚している。大抵のコンテンツで頂点を取れる自信がある。あまり苦労もせずにな」

「真っ当な自己評価や」 

「だがVtuberは違う。アイドルは違う。たとえ恵まれていても、仮に全能であっても、頂点に立てるとは限らない。この点は、とてもとも言えるな。

 お嬢がいい例だ。お嬢には歌以外のあらゆる点で勝っていると自負できる。だがアイドルとして、今の俺は競合相手にもならん。

 君が擁するアイドルたちとも同様だ。彼女たちに比べれば、俺はまだまだでしかない。

 高い壁だ。とてもとても高く険しい壁だ。だからこそ登り甲斐がある。

 俺はになれる」


 あ。まずい。今、完全に


「自分の才能や技能に頼らず。与えられた恵みに溺れず。それでいて皆が俺の配信を見て、少しでも幸福な気持ちになってくれればいい。

 そんな俺の生き様を――俺の願いを表現し、なおかつ俺が全力で打ち込める舞台こそが、アイドルVtuberの世界だった。これが答えだ」

「熱いなルルちゃん。ロックやでぇ……」

「自分の心に従っただけだよ」

 

 令和の時代においそれと見られる熱さじゃない。この熱さ、この純粋さは希少だ。多くの人間が惹かれるのも頷ける。

 とはいえ……彼女への印象は、ますます混沌カオスだ。

 頭の回転が早いのは納得できる。多彩な技能才能を持つ才女であることもまだ分かる。

 だが彼女の包容力と胆力だけは納得がいかない。20歳かそこらの人間が身に着けていい貫録じゃない。世間はルルちゃんの性格をキャラ付けで済ませているけど、直接会った自分には誤魔化せない。

 初配信で見せていたアニメのイメージ映像――あのアニメの内容は本物だと考えるしかない。彼女の言動へ結びつかせる、一番説得力がある理由だ。たしか大御所の声優――大河内孝雄がラジオで同じ事を言っていたか。彼女の本質を声だけで判断したのか。流石だ。

 しかし、この人選は卑怯だろ、灯ちゃん。力量があって、やる気もあって、夢がある。こんな娘がいたら即でも欲しい。

 ただ、GSウチでは雇えない人材でもあるな。彼女の純粋さと行動力は吉にも凶にもなりえる。規模が大きくなりすぎたGSウチにとって、凶を出したときの悪影響を考えると、とても手は出せまい。

 

「なあ。お願いがあるんだが」

「おん? どしたん?」

「ケーキをもう1つ頼んでいいか? ここの支払いは君に頼めるんだろ? 許可は取っておかないとな」

「おー、ええでええで。オジサンの無理なお願い聞いてくれたお礼や。1つと言わんと、遠慮せず2個3個いきーや」

「良い返事だ。よし、じゃあ制覇だな」

「6個も食うの? マジで遠慮せんなぁ。ぶはは」


 言うや否や、ルルちゃんはメニューが載ったタブレットでケーキを片っ端から注文していく。ケーキにはしゃぐ姿は年相応なんだけど……ホント不思議。

 じゃあ、この女神様がケーキへ夢中になる前に、もう一つの目的も果たしておきますか。

 

「ルルちゃん。実は、君に言わんといかんことがあんねん」

「スカウトならお断りだぞ?」

「ちゃうちゃう。言葉アリアの件や」

「謝罪は要らんが」

「いんや。感謝だよ。今日一番の目的や。

 本当にありがとう、ルルちゃん」


 気がついたら、ルルちゃんに向けて深々と頭を下げていた。


「アリアは限界やった。ウチに置いても、どんどん心が消耗していくだけやった。万策尽きとったところにキミという救世主が現れた。感謝しかない」

「俺は彼女の話を聞いて、灯の秘密を暴露しただけだぞ」

本物のぼっちにならんで済んだ」

「!」


 頭を上げる。驚いた表情のルルちゃんがそこにいた。

 

「アリアはGSウチの最初のメンバーや。彼女たちのデビューがオジサンのデビュー日でもある」

「君もある意味1期生なのだな」

「最初の子の面倒見きれんダメな父親の気分やった。アリアはオジサンにとって最後の希望の光やった。彼女が消えたGSなんぞ考えられへんかった。彼女たちのために始めたGSでもあるからな。

 そんでもって、YaーTaプロがコケとったら、本当の意味でも全滅や。アリアとアカルも消えたら流石に潮時やったな。後釜に託して引退も考えとったよ。キミの功績は、キミが考えてるよりも遥かにデカいでぇルルちゃん」

「だがウチへのアリア移籍の話は通すのか」

「なんや、知っとるんかいな」

「確信できる予想だよ。灯ならやるさ」

「キミも彼女への解像度たかいなぁ。

 うん。移籍はええ。大事なのは、アリアの輝きを失わないことや。彼女が彼女らしく輝けるなら、オジサン場所は気にせえへんよ。アリアが選ぶ道を、オジサンは尊重します」

「似た者同士だな。君と灯は。君に惹かれて多くの者が集うのも頷ける」

「親娘みたいなもんやしな。魅力あるならウチ来る?」

「経営が傾いたら前向きに考えるよ」

「脈ナシやな。知っとったけど」


 感謝を伝え始めてから、ルルちゃんの表情が柔らかい。やっぱり伝えて良かった。


「うっし、ジメジメした過去の話題は終わりや。せっかく会えたんやし、映えある未来の話をしようや」

「未来の?」

「オジサンは商売の人よ。商売の人が未来の話をする言うたら、話題はひとつしかないでぇ」


 今の自分は良い笑顔ができていると思う。だって仕方ない。商売の中でも一二を争う醍醐味コンテンツなのだから。

 

「商談や。と言っても、君は所属タレントであって企業人やない。商談する立場やないから、正確なカテゴリとしては雑談になるけどな。キミらはモテモテやさかい、他ふたりの面子含めて、初コラボの約束くらいは取り付けさせてもらいましょ」

「いい笑顔だ。受けて立とう。言葉アリアとの面会を蹴ってまで開いた会合だ。期待以上の結果を望むぞ」


 ルルちゃんも嬉しそうに、ニヤリと笑った。いい笑顔はお互い様みたいだ。


 

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