38話 ぼっちは二人いた!
―― 佐藤のり子 ――
プラスアルファの情報つきで、私の顔面事情をおさらいしよう。
2年前。私は顔に一生モノの傷を負った。そこそこの美少女から一転、顔面が醜悪なバケモノとなった。
傷を負った直後はもう酷かったよ。何言われてもネガティブなヒステリーしか起こさないし、話しかけられなければ無気力な植物人間状態だったし。何だったらちょっとした暴力沙汰も……うん、アレを思いだすのはやめよう。乙女として嫌な事件だった。
ヨーミやお母さんが献身的に接してくれたり、藍川アカルや言葉アリアのライブのお陰で立ち直れたけど、心が復活した時にはもう遅かった。
気の弱い子に話しかければビクつかれ、クラスカーストの上位には爪弾きにされ、ここ2年はヨーミとシズ以外の子とグループを組んだ記憶も皆無。それなりな期間荒れていたせいで学校内でもほとんど孤立無援な悲しきモンスターとなっていた。進学先も中学からそのまま移りこんでくる生徒が多かったから、高校生になっても立場は改善していない。もう笑うしか無えんだワ。わはは。
六条さん。君はよくぼっちアピールをしてくるけど、私も片足の先っちょくらいは突っ込んでるからね。ヨーミとシズとルルがいなかったらおあいこさまですよ。
はい、そういうわけでお昼休みにヨーミとシズ達へ合流するまでぼっちタイム発動! ぼっちスキル定番、机に突っ伏しながら時間までスマホでニュース巡回でもしてよ。
『やべぇな、この紅焔アグニスってヤツ』
『おーやっぱ分かる? とりあえずチャンネル登録しとけ』
びくん、と体が少し跳ねた。おいおい、あの男子どもからVの話題なんて聞いたこと無かったぞ。ニュースサイトから流されてきたな。にわかちゃんめ。歓迎する。
まあまあ、数ある話題の一角ですよ。今の私は紅焔アグニスのワードに敏感なだけ。自意識過剰。
『紅焔ちゃんって曲出してないの?』
『え。え。こんな潰れたヒキガエルより酷い声出してるのが、あんなアツ曲歌った子なの?』
『お嬢って次の配信いつなの? やっぱ歌枠かな』
『グエンってやつ、男? 女? どっち?』
『紅焔ちゃん、私と同じくらいの年だって。同い年とは思えない歌ウマ!』
意外に賑わってるな紅焔アグニス!? そうか、未成年枠で年齢が近い子が登録者数の最速記録を叩き出したから注目されているんだ。やべえ、恥ずかしい。でも、もっとチヤホヤヨイショして。だが男女論争した奴、てめーは駄目だ。配信でネタにしてやるからな。詫びコメ投げさせちゃるから覚悟しろ。
『おはよー!』
『おはよう
『ちーっす峰。昨日の配信見たぞー』
『おはよう田代くん。見てくれてありがとう!』
『ご機嫌じゃん。どったの?』
お。我らがクラスのアイドル
先程のやり取りで察したと思うけど、彼女は私と同じ配信者――それも個人勢のVtuberである。
峰さんは私の地元を中心とした地域密着型Vtuber『
さてさて。そんな彼女がご機嫌だってことは、もしや。
『なんと、チャンネル登録者数が200人を突破しました!』
『おー。とうとう目標達成! おめでとー峰さん!』
『今度の休みに記念配信やるから見に来てね』
マジか! うおお、めでてえ! 今度の休みは配信しないぞ。推し活メシウマさせていただく。
あんまり配信を見ない人のために一応補足。いろんな配信者で溢れ返る戦国時代で、無料の汎用アバター使って、完全個人の200人って、マジですごいからね。2ケタなんてザラよ? 高校生ですごくない?
……はい、言いたいこと分かってますよ。紅焔アグニス111万だもんね。ちくしょう、今の私が登録者数を語っても皮肉にしかならねえ! こっそりでもいいから素直に祝わせてくれ!
『記念配信、何やるの?』
『やっぱり歌配信かなー』
『おーいいんじゃない? 峰さん上手いもんね』
うんうん。アリです。私も大好きです。峰さんは六条さんやシズと同系統のほんわかボイスだ。そこにナナミンの可愛さと、カラオケ採点アベレージ80点の技量が加わればもう脳内がパラダイスよ。
『じゃあさ。本気でグレレンチャレンジやってみてよ! 今流行りなんだってさ』
『グレレンって、紅蓮烈火を本気で歌うの? 無理だよー。そんなの流行ってるんだ』
は? いやちょっと待て。その悪魔みてーな提案した奴だれだ、名乗れ。
説明しよう。本気で紅蓮烈火を歌うだけのチャレンジである。以上。
普通の曲なら、勝手にやってどうぞ、となるんだけど、そこんとこは悪名高き紅蓮烈火。舌を噛んで出血する、腹筋や喉を壊す、声をかすれさせて配信を中断させるなどなど。傍若無人の振る舞いで配信者たちの肉体を壊して回っているのだ。
で。それをナナミンにやらせるだと? エンジェルウィスパーナナミンに? 私の推しにこんな悪さまでしやがるのか紅焔アグニスめ。
『でもせっかくの流行りなんだからやってみようかな』
「やらなくていいっ!」
あ。私はやっちまった。
我慢しきれなくて、席を立って叫んでしまった。クラス中の視線が一気に私へ集中する。クラス中の皆がぎょっとしている。もちろん峰さんも。
「ごめん。ゲームの話」
再度席に座ってスマホを触るふりをする。こういうイレギュラーな発言をしちゃった時は『これ以上話しかけるんじゃねえ』オーラを出して相手を威圧するに限る。
『と、とにかく。やるやらないは峰さんに任せるよ。配信するのは峰さんなんだから』
『うん。考えておくね田代くん』
配信の話はそこでお開きとなった。あっぶねー。心臓がバクバクいってるぞ。思わず自治厨しちゃったよ。田代くんの言う通り、決めるのは峰さんだ。私が止めろと言う権利などない。まあ、やらせるような状況に仕向けるのもどうかと思うけどね。
「ありがとう、佐藤さん」
「うん……ん?」
不意に頭上から声が聞こえてきたので慌てて顔を上げる。誰もいない。記憶では峰さんの声だったような気がするぞ。その峰さんはもう席に座っている。
感謝されちゃったのか? うーん、推しが助かったのなら、まあええか?
でも今週末楽しみだなー。はー、スパチャ送りてー。ナナミンに上限スパチャぶち込んで分からせてやりてー。もうちょっとで、きっと紅焔ちゃんの収益化も通るだろうから上限も夢じゃない。
……いやまて? 今週末!? スパチャ!? 収益化!?
私はスマホのスケジュール帳を開いて愕然とした。
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