16話 ウチのアイドルは特急呪物


―― 六条安未果 ――


「お嬢の配信時間まで少し時間があるな。無事に開始できそうで何よりだ」

「そ……その節は大変申し訳ないです」

「いやいや。何だかんだで今の結果がベストなんじゃないかな。君の可愛い姿も拝めたのだし。俺たちも移動しよう」

 

 ルルちゃんが会議室へ移動を始めたので私も着いていく。ルルちゃんに案内されるままノートパソコンの前に座る。

 ついに配信かー……自分の出番じゃないのに緊張で吐き気がしてきたよ……。


「君が緊張してどうするんだ。聞いたり喋ったりして誰かが死ぬわけではあるまい。肩の力を抜いていこうぜ」

「頭では分かっていますが……」

「ま、お嬢の配信を見たら、緊張なんぞ彼方に飛んじまうと思うがね」

「?」

「そうか。姫はお嬢の動画を見てないんだったな。羨ましいな」

「どういう意味です?」

「一般の視聴者と同じ衝撃と感動を得られるところが羨ましいんだ。俺は社長に見せてもらった側だから、これから流れる配信の内容も、これから世間が起こす YaーTa俺たち への反応も容易に想像できる」

「そんなに凄いんですか?」

「すごい? すごいで足りる表現なのかな、お嬢の存在は」


 ルルちゃんは間違いなく『凄い』じゃ足りない人だけどね。

 

「面白い話をしよう。灯社長が起業するにあたってアイドルタレントのオーディションを開始した。採用枠は

「枠が5名? 私たち3人ですよね?」

「そうだよ。1期生は確かに俺たち3人だ。隠し玉もいない。本来ならここに追加の2名――もしくは俺と姫じゃない4名が座っている手筈だった。俺と君はオーディション組じゃないから、そういう未来もあり得た」

「じゃあ佐藤さんはオーディション組なんだ」

「ああ。見事に1枠を勝ち取った。だが最終的に残り4枠は空席のまま採用は見送られた。規定枠以下の採用となったこの件は少々世間を燃え上がらせたが、お嬢を採用するにあたってYaーTaプロダクションはそう判断せざるを得なかったんだ」

「炎上してでも佐藤さんが欲しかったって事ですよね。確かに見ていて元気がでそうな楽しくて良い子だとは思いましたけど……」

「オーディションを受けるということはアイドルとしての素養を問われることになる。だがお嬢の場合、アイドルの素養という点では飛び抜けていたんだ。有象無象の同期を採用するなんて、とてもできないほどにね」


 大げさだよね? あの子16歳だよね?


「もう少しお嬢が怖くなる話をしようか。お嬢がオーディションの最終面接を受けた日に俺は社長からスカウトされて1期生への編入が決まったんだが、その際に灯は、とある人物へ俺をこう紹介したんだ。の所属タレント、とね」

「……え。まさか……ルルちゃんが2人目ってことは――」

「既にお嬢の採用は最終審査前に決まっていたんだ。オーディションには面接の前に自作配信の映像審査があるんだが、お嬢の映像を見た灯社長と舞人はその場で採用を決断したそうだよ。面接審査はもはや佐藤のり子の人物像を直接確認するための面談会場となり果てた。

 念のため同期の候補となりそうな子も召致し、俺とお嬢に続く3人目をどうにか採用できたものの、お嬢の映像をたまたま見てしまったその子は、お嬢のに畏怖し、直後に辞退を申し出た。その後お嬢の映像は外部の記憶媒体へ移された後に電子データを全消去。社長室の金庫へ厳重に保管されているそうだ」

「呪いのビデオじゃないですか!?」

「YaーTaを縛り付ける立派な呪いだと思うよ。これから俺たちはその代償を払った対価を見られるというわけだ」

 

 ごくり、と唾を飲み込む音が私の喉から聞こえた。それはもう『凄い』じゃ片付かなそう。

 天才というより、もはや規格外の化け物にすら聞こえる。

 

「同期ともなれば大なり小なり比較対象になるのは避けられない。同期が紅焔アグニスの劣化と批評されてしまえばお嬢も相手も良い気分ではいられまい。必然的に編成できるメンバーは限られる。お嬢の方向性と競合しない者や、批評を意に介さない鋼の精神を持つ者にね」

「それが私たち?」

「らしいぜ。ということで、俺たちはアイドルとしては間違いなくお嬢に敵わないし、そもそもお嬢の配信を見たら緊張すらしていられなくなる。こんなこと聞くと緊張するのも馬鹿らしくなるだろ。事実、君の顔色は良くなったようだね」


 あ。確かに。吐き気は収まってる。どちらかと言えばワクワクしている。ルルちゃんにここまで言わせる佐藤さんの配信にドキドキしている。

 

「これから起こるであろう出来事に対して、ちと俺は憂鬱を感じるがね。ま。今俺たちがやるべきことをやろうか。俺、こいつをやってみたくて仕方がなかったんだ」


 ルルちゃんが滅茶苦茶嬉しそうに微笑んだ瞬間、ノートパソコンからポップアップ通知が鳴り響いた。ポップアップをクリックするとライブ配信予定のページへ飛ばされる。

 


 Agnis Ch.紅焔アグニス

 【#初配信】燃えていくぜぇええ!【Yaーtaプロダクション】


 

「むはは。お嬢らしい、頭の悪いタイトルだ。素晴らしいな。お、もうコメント打たれちまった。一番乗りしたかったんだがなあ」

「そういえばプロデューサーから指示がありましたね」

 

私たちは紅焔アグニスのライブ配信待機所へ、ほぼ同時にコメントを打ち込んだ。


コメント:Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:待機

コメント:Natica Ch.帝星ナティカ:待機

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