12話 ハロウィンはもう終わりましたよ


 ―― ????? ――


 無理。いや無理。ごめんなさい。ホントに無理です。

 プロデューサーとチャットでオンラインミーティングやるのはいいよ。チャットならゆっくり考えられるし。

 でも通話は無理。無理無理。マンツーマンで通話するのも嫌なのに、いきなりプラス初対面2名なんて聞いてないよ。私だって頑張ろうとしたけど、緊張の吐き気が酷くて耐えられなかった。あのまま会議なんてしようものならゲロして解散ものだよ。

 気がついたら財布だけ持って家を飛び出していた。鍵がかかってるといいな。無意識だったから心配だよ。


「はあぁぁぁ……やっちゃったなー」


 完全にドタキャンだ。今ごろ3人とも滅茶苦茶怒ってるんだろうな。でも戻ったら鬼の形相したプロデューサーが待ち構えてそうな気がするから絶対に戻りたくない。とことん逃げよう。ミーティングくらいならすっぽかしても許されるよね?

 最寄りの駅から電車に乗って20分ほど。私が愛用している系列のマンガ喫茶へ移動し、個室スペースを確保して、逃げ込むように閉じこもった。最近は消えつつあるいくつかのマンガ喫茶の中で、ここは時代の波に呑まれず長年続いている隠れ家的名店だ。マスクと帽子を忘れたのは失敗だったけど、流石にここまでは追ってこないでしょ。ようこそ私のベストプレイス。

 部屋から出たくないけど暇を持て余すのも困る。とりあえず部屋のパソコンを立ち上げ、動画を見て時間を潰すことにした。大手動画サイト『YuTub』を起ち上げる。私のアカウントではないので無節操なジャンルの動画がトップ一覧に表示された。その中にはまだまだジャンルとしては隆盛なVtuberの動画も並んでいる。

 帝星ナティカのチャンネルを開く。公式サイトやTwisterの宣伝もあって、既に2000人もの人がチャンネル登録してくれている。未だに想像できない。アバター越しとはいえ、私がこの一覧に並んでいる光景が、あと数時間経てば私も世界に晒されるのだ。


「早まったかなぁ……」


 3人との会議ですらこの有様なのに、配信するなんて出来るのかな。全く自信が無い。

 ……パソコン見るのは止めよう。


「スマホ持ってこればよかったなぁ……」

 

 しょうがない。ちょっと寝て時間が過ぎるのを待とう。昨日から寝てないし割としんどい。私にも落ち着く時間は必要だよね。おやすみなさい。




 どんっ! という衝撃音で目が冷めた。続いて金属を引きずるような音が聞こえたかと思うとピタリと止んだ。どうやらそう離れていないところで交通事故が起こったようだ。随分派手だったな。少なくとも運転手は死んでそう。南無南無。

 1時間ほど寝てたみたい。眠いけど二度寝は怖いな。もうちょっとだけぼんやりしてから戻ろっと。帰りたくないなー……。

 

『お客様、困ります!』

『悪い。用事を済ませたら出ていくよ』

「!?」


 部屋の外から聞こえた騒がしい声で覚醒した。お客さんが揉め事を起こしたらしい。そこまで珍しい事でもないので普段の私なら無視しちゃうけど、今日の私はそうもいかない。

 いやでも、まさかね。携帯だって置いてきたし、このマンガ喫茶は私の住所からだいぶ距離がある。警察でもない限りバレっこないって。誰かの足音が近づいてるけど関係ないでしょ。


『このあたりだな』


 関係ないってば! 誰か知らないけどうろうろするな!


「ここか。失礼するが、開けるよ」


 ひいっ!? 悲鳴を上げそうになるのをこらえる。扉の向こうの女の人は扉を開けようとして鍵に引っかかった。間違いなく私目当てだ。


「む? 鍵があるのか。思いのほか秘匿性があるのだな。すまない、軽率だった」

「あ、あああああ、あのの、なんでしょおか」

六条ろくじょう安未果あみか。君を探しに来た」


 胸がひゅんとなった。どうしてバレたし!?


「ひひ、ひ人違いじゃあ、ああありませんかねね?」

「君の声を聞いて、たった今、確信まで至ったところだが」


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 私のバカぁ!


「ここは人目に付く。すまないが中に入れてもらえないだろうか」

「い……嫌だと言ったら、どうなりますでしょうか」

「何か事情があるのか?」


 仕事から逃げ出した状況でどうぞどうぞって言えるわけないよ!?


「……質問を変えよう。助けがいるか?」

「へ?」

「君は無事なんだな? 部屋の中に君しかいないのは分かっているが、念のため確認する。注意一秒、だ」


 ………………やば。もしかして。


「ごごごごごめんなさいぃ! 事件とかじゃないです! 開けます! 開けます!」


 そういえば私、ミーティングに出るって言ってから一切連絡していない。事件に巻き込まれたって考えられてもおかしくないよね。

 震える手で鍵を開け、スライドドアの向こうの人物を見て、私は完全に。だって女神様みたいにすごく美人な女の人が――。


「ありがとう。うん、五体満足のようだな。いやあ良かった良かっ――」

「ぴぎゃああああ!?!? ゾンビぃぃ!?」

「このピチピチ肌に向かってゾンビはねえだろ……」


 服はボロボロ、全身は血まみれで立っていたのだから。

 そっちが事件じゃん!



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