伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。
東出八附子
第1部 始動
0話 末期の炎
はじめて人を殺した理由はパンを奪うためだった。
家は無い。金は無い。物々交換に使える物もない。教養の無い浮浪児を引き取ろうとする者もいない。ではどうするか。俺は命ごと財を奪うしかなかった。当時の俺にとって、人間は食い物を運ぶ餌だった。人を狩っては身ぐるみを引きはがし、裏の買い取り屋で金を得る。俺は神護国ジルフォリアの貧民街で金を運ぶ化け物として扱われ、そこで人間の脆さを学んだ。
転機が訪れたのは独立傭兵部隊『銀星団』、その初代団長――
黄金期に陰りが見えたのは俺が銀星団の団長を受け継ぎ、そして神護国『ジルフォリア』の直属騎士団となった頃だろうか。女神フォニアの教えを伝道する名目でジルフォリアは領土と戦火を拡大していた。団の理念である『戦争を無くす』行為はいつしか『大陸を統一する』行為へ。似て非なる理念に惑いながらも、俺は国から命ぜられるままに、いずれ来る平和を盲目的に信じて尊くも脆い敵対者の命を刈り取っていた。戦果を上げ続けた俺はいつしか国の英雄と持て囃されていたが、どこか心は空虚だった。人殺しを英雄と囃し立てる権力者と民衆に対し、俺は人間の恐ろしさを知った。
銀星団の――そして俺が終わりを迎えたのは、俺が齢60を迎えるころだった。忘れもしない。デア歴1058年。銀星団は内部で分裂した。
終わりの見えない戦争を絶えず繰り返すジルフォリアに対し、かつて抱いていた『戦争を無くす』理念を掲げて「新生銀星団」が発足。そしてジルフォリアへ宣戦を布告した。ジルフォリアに残った「神聖軍」と離反した「新生軍」は互いに争った結果、両陣中枢が壊滅するという共倒れの末、残った団員はジルフォリア正規軍へ吸収される形で銀星団は消滅した。当時の俺は極東まで遠征中であり、事の顛末を知ったのは全てが終わった後だった。
新生軍の大半が俺の一族だったことが災いを成した。団に所属していた一族は全て処断され、俺を含む残りの家族は国外追放となり、俺たちは離散した。その後、一連の騒動すべてが、肥大化する銀星団の権力を恐れたジルフォリア上層部による計画だったと聞かされた時、俺ははじめて国に裏切られたことを知り、人間の下劣さを知った。
そしておよそ10年後の現在。デア歴1069年。
銀星団という戦力の核を失った状態で内部の権威争いに溺れていたジルフォリアに対し、敵対関係にあった三国――『帝国インペリオ』『魔導国マギア=エイジス』『亜人連盟デミニスタ』が連合して一斉に蜂起。大陸の覇者へ登り詰めようとしていたジルフォリアを壊滅すべく軍を進行させた。まぎれもなくジルフォリア崩壊の危機だった。
その時の俺は70を超えるジジイとなっていた。追手も来ない僻地に身を潜めつつ、のんびり羊飼いでもしながら国が滅ぶ様をのんびり眺めて「ざまあみろ」と笑ってやろうと思っていた。
……旧知の友が早馬に乗って救援の嘆願しなければ、の話だったが。
「インペリオが将、マッセー・カヌイの名の下に降伏せよ!
目が覚めた。少しの間気を失っていた――いや違う。疲れて
自身を確認する。左目と左肩はとうの昔に切り捨てられた。鎖骨が1本、肋骨が3本、頭部陥没骨折、左膝剥離骨折、その他諸々。だがぎりぎり体は動かせる。全身の切り傷擦り傷打撲傷は数えられない。
「つまり貴様もジルフォリアも既に死んでいるのだ!」
「ご親切にどうも。御大将」
「何を言っているのか分からんぞ、しゃがれ声め! はっきり話せ! 私のように!」
「……死体に鞭打つかい。容赦ねえな」
大国に三方を囲まれるジルフォリア。軍事力そのものは他国それぞれよりも遥かに強大ではあるが、戦力の半分を裂いてようやく各一国と対等に渡り合える程度。そこでジルフォリアは全戦力のうち、3割5分の兵と主力の将をそれぞれマギア=エイジスとデミニスタの対処として送り、残り3割の兵力を用いて不沈の堅砦エスカドでインペリオを迎撃する。勝利は出来ないが時間は稼げる。その間、近隣小国の戦力をジルフォリアへ合流させた後に各個撃破。これがジルフォリアの描いた勝利図だった。
結果は――馬鹿みたいに声を張り上げる御大将の言うとおり。インペリオと対していたジルフォリア側の兵力は近隣国が到着する前に壊滅し、デミニスタは敗残兵たちを駆逐している真っ最中だ。そして本国はマギア=エイジスの
「出でませ。
『
だが、敵は御大将ひとりと親衛隊が一個小隊ほどの人数が残るだけだ。身体も両の足が十分に生きている。寒さ除けとして廃教会に本陣を構えるという馬鹿丸出しな軍営のおかげで相手は大広間に閉じ込められており、退路も断っている。
勝ち目が無いだと? 何を寝言を言っている。
「まだ抵抗するか! その滅びかけた剣と身体で! 貴様は軍でもなければジルフォリアの民でも無いのだぞ! 何がそうさせる!? 貴様は我々へ敵対する道理はない!」
「俺だって、お前らに話す義理もねえな」
「ならば残った三肢も削ぎ落して口を割らせてやるわ! 一同かかれ! 相手は虫の息ぞ!」
「奴を殺さねば故国には帰れん! 退路に奴が立っている以上、我々に残された道は奴の
「お……おおお!」
古代東方の慣用句では『前門の虎、後門の狼』というヤツだったな。上手く焚きつけられた親衛隊が一斉に斬りかかってくる。避けてやろうとしたが、死体に足を取られてしまい、いくつかは受け止めるしかできなかった。自分が散々斬り殺してきたツケである。
だが接近してきたということは剣が届く範囲に近づいたことを意味する。不壊剣を横に薙ぐ。剣筋に立っていた敵兵は受け止めることできずに剣と鎧ごと両断された。人間を斬るために刃の鋭さは要らない。斬れないのなら力と重さと勢いに任せて圧し潰せばいい。
「なぜまだ動ける!? 矢を放て!」
「戦術を間違えたな。矢が先だろ、おマセちゃん」
弓兵が矢をつがえる前に親衛隊へ接近する。態勢が整う前に間合いへ入り、不壊剣で切り伏せていく。たかだか20か30程度しかいない烏合の衆など数えるにも値しない。楽な仕事だ。気づいた時には精鋭の隊長と副隊長、そして御大将を残すのみだった。
とはいえ体は限界をとうに越している。老いや身体の欠損もあり、なかなか思うように動けない。足に踏ん張りがきかず、またしても血で足を滑らせてしまった。烏合でも精鋭と言えば精鋭である。一瞬の隙を見逃すほど凡夫ではない。隊長と副隊長は無防備となった俺の腹へ剣を突き立てた。一瞬冷えた氷の塊が体内へ侵入したかと思えば、瞬く間に体内へ熱が広がっていく。不壊剣は形を保てなくなり、虚空へと消えた。
「がふっ! がっ!」
「や、やった――がああ!?」
だがやはり烏合どまりだったようだ。腹を刺しただけで致命傷と判断するのはよろしくない。さっさと離れるべきなのだ。腕が届く範囲ならば殺せない人間はいない。
俺は貫き手で隊長の心臓を貫き、副隊長が怯んだ隙に彼の顔面を殴りつけて首を飛ばした。これで残りは御大将ひとり。
「
腹に刺さった剣を抜き、再び右手に不壊剣を構える。もはや満足に持つこともできない。だが残り1人を殺すくらいなら十分だ。
満身創痍から更に満身創痍になっちまった俺に対し、大将のおマセちゃんは――意外にもまだ戦意を失っていなかった。不壊剣に勝るとも劣らない大剣を抜き放つ。
「帝国インペリオ10万の兵を虐殺した気分はどうだ。神護国ジルフォリアの英雄」
「いつも通りだ。あんまり気分はよくねえな。特に英雄と呼ばれると虫唾が走る」
俺の背後にはインペリオの兵や将校たちの死体が延々と大地を埋め尽くしていた。死体が山となり、死体から流れ出た血が海となって大地を赤く染めている。『
「我々が敗北しても、西部の魔導国マギア=エイジスと南部の亜人連盟デミニスタが未だに侵攻を進めている! 連合軍により滅びかけているジルフォリアに対して貴様の行いは何の意味がある!
自分たちの地位欲しさに、貴様の家族一族を誅殺して追放した国家なのだぞ! 貴様の力を恐れた上部が、貴様が擁した銀星団を引き裂いた国家なのだぞ! 貴様が守る価値のある国なのか、ジルフォリアは!」
「自分たちが貧乏くじ引いたからって癇癪起こすなよ」
「死にぞこないが茶化すなぁああ!」
「まあ、図星よな」
大剣が交錯する。怨嗟に任せたマッセー大将の一撃は思った以上に重かった。流石に大将を務めるだけはある。もはや踏ん張れるほどの余力は無く、何度も繰り返される必死の一撃をいなしては躱す。勝負は1回。それ以上は俺がもたないだろう。
「私に託された10万の命を貴様は無残に蹂躙したのだ! ここで無念を晴らさねばカヌイ家の名が廃る! 死ね老兵! 死んで償え!」
「違うだろう。君は10万の無念なんて受け取ってないでしょ。10万を失って名誉を傷つけられたから短気おこしてるんでしょ。歴史的大敗だものね。故国に帰ったらウチクビゴクモンだ」
「動機がなんだ! 私は貴様を殺したい! 貴様を殺せれば何だっていい! せめて私と共に地獄へ逝けぃ!」
「
「うつわだと? ぬわっ!?」
一瞬。刹那の動揺を見逃さなかった。マッセーの一撃を弾いて体勢を崩し、回避が不可能な瞬間を狙い不壊剣を振り下ろす。反応できるだろうが、それまでだ。マッセーは眼前に己の大剣を掲げ、俺の一撃を受けとめた。石畳の床に亀裂が入り、地面が窪む。
「ぐうおおおおお!?」
「止めたか。存外にやる」
マッセーは鼻から血を吹き出しながら必死に耐えていた。彼の全身がみしりみしりと音を立てている。心の前に身体が限界を告げている。身体が乱れれば自ずと心も保てないだろう。決壊は時間の問題だった。
「ご褒美に答え合わせしてあげるよ、おマセちゃん。俺を裏切って追い出した国を守るのか、その理由だったな。
確かに俺はジルフォリアが嫌いになったよ。滅ぼされて当然なこともしてきたし、俺もやってきたし、俺もやられた。だからジルフォリアが滅んでも、正直どうでもいい。自業自得だ」
「だったら何故!」
「でも『民』を滅ぼしていい理由にはならないよな? 選民国家インペリオの大将。君たちが欲しいのはジルフォリアの領土であって領民ではない。違うか? みなごろしのマッセー・カヌイ」
マッセーの剣にひびが入る。
「魔導国が勝てば国の管理がはじまる。まだいい。亜人連盟も勝利で自国の威を示せれば故郷へ帰る。これもまだいい。
だが君が率いる帝国の勝利は駄目だ。君の選民主義で君の傀儡となった兵士たちによる虐殺が始まる。罪のあるなしに関わらずジルフォリアの民族というだけで尽くを抹殺される。そいつは断固阻止せねばならん」
「劣等種を間引いて何が悪い! 人間は優等種たる我々が居ればいい! 我々こそが、この地を真に支配する人類なのだァ――」
遺言はそこまでだった。マッセーを剣ごと真っ二つに叩き割り絶命させる。循環を失った大量の血液の落下音と乾いた金属の鎧の音が木霊する。周囲には敵影も気配も無い。音が止んだのを確かめてから、俺は力を抜いた。
「おっと」
その場に倒れこもうとして踏ん張った。血の海へ飛び込んで溺死などごめんだ。壁にもたれかかってから腰を下ろす。白壁にべったりと俺と俺じゃない血がこびり付いた。
もはや室内は血の匂いしかしない。生を謳歌する場であるはずの教会が、今では死が充満する地獄絵図になっているのは皮肉だろう。
静かだった。
絶えず聞こえていた怒号も戦火の音も聞こえない。自分の浅い呼吸と心音だけが身体の内側で響いている。その音も徐々に小さくなっていく。
(流石に潮時かな)
床に広がっていく自分の血を眺める。不死身。化け物。そんな言葉で驚愕され続けた俺だが、左腕をバッサリ斬られた上、腹に2つも穴を開けられては長くないだろう。
俺は近くに転がっていた剣を拾い、火の灯った燭台へ投げつけて台を倒した。火はカーテンへ燃え移り、徐々に勢いを増していく。建物の中には木製の長椅子やら脂の乗った死体やらが転がっている。幸い火種には困らない。俺も含めて全ての死体を焼いてくれるだろう。
(損な死にざまになっちまった)
敵を倒した。戦争と関わりのない民の
俺は何も得られない。助けに来る味方も勝利を祝う
何気なく建物の奥へ目が移った。ジルフォリアの国教である『フォニア導教』の崇拝対象、女神フォニアの石膏像が設置されている。マッセー達インペリオの奴らにやられたのだろうか、顔面が壊されて顔は拝めない。フォニアの教義を利用した野心家に人生を狂わされ続けたのだ。気持ちはわかる。
(美人に看取られる事も許してくれねえか)
眠い。欠伸は出ないが猛烈に眠い。眠っても構わないが、何か眠るのがもったいない気持ちになってしまう。人を殺しすぎた身だ。地獄へ行くのは間違いない。天国の妻子たちとは会えない以上、この世界に未練なんて、これっぽっちも無いのだが。
(なかなか死なねえな……まあ何でもいいや。寝るか)
地獄か。先に死んだ
もし地獄以外の世界へ行けるならばならば……その時は、もうちょいと平和な世界がいいな。騎士や兵士は絶対にごめんだ。
(高望みか)
それにしても、のどがかわいたな。
――みず、のみてぇな。
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