ようやくソータの居場所がわかりました!

 何故城の中に門が発生していたのか。直接確認したカインが、事実とその内容を議論するために、一度ニケやアルベルトと会話してみると言っていた。

 城はいわば国の最重要拠点である。それ相応の備えをしているだけあって、普通は城内に門が発生することはまずないとのことだ。なのに今回、ふたつも同時に発生していた。何なら、オレはまだあると思っている。

 暇を持て余しているのもあって、捜査に協力させてほしいと願ったのだが、それも含めて議論させてほしいと保留にされてしまった。必要とあらば呼びに行くが、それまでは部屋で待機してほしいとのこと。それは保留と言う名の、実質の謹慎命令なんじゃないかと言うと、目を反らされた。

 そんな経緯があって。オレは絶賛客間のベッドの上で大の字に寝転がっていた。


「……なんか大変なことになってるなぁ」

 ぽつりと呟いて、オレはごろりと寝返りを打つ。

「門の件がわかって、何か騎士の人たちも慌ただしくなってるし。メイドさんたちには、詳しいことは明かされてないっぽいけど。でもなんか、やっぱ雰囲気の違いを感じてるようだし。何か変にピリピリしてる感じだよなぁ。そのせいでソータの件も聞く機会がなくなったし」

 一緒に行動していたニケやアルベルトが、王子とその側近とわかった。

 暗殺者として急にソータが捕まった。

 滞在している城内に、普段じゃ有り得ない異界の門が発生した。

 そして白魔法だけじゃなく、門を閉じる力もオレは持っていることが分かった。

 レイテンシアに来てから、短い間に色々なことが起きている。


「……完全にオレの手に余ってるって」

 オレは投げ出された自身の手を眺める。細くて頼りない、真っ白い少女の手。男の時もそれほど大きくはなかったが、その時よりもさらに小さくなっている。

「……何とか、出来ることはしたいんだけどな」

 特に門の件については、カインのお墨付きをもらったくらいには手伝える自信がある。この体の記憶なのか分からないが、一瞬見た魔物の腕の恐怖がこびりついている。あんなものが現れたら、それこそ城内は大パニックになるだろう。死人だって、きっと出るはずだ。

 オレには、それを止める力がある。


「……けど、オレは今何も出来てない」


 ここ最近、色々とあり過ぎて疲労感はある。けれど、近くに困っている人がいると思うと、どうにもゆっくりできなかった。

「やっぱり、カインには悪いけど門だけでも探しておこうかな」

 カインもあれだけ見にくいと言っていたのだから、探すのも相当大変だろう。なら、あらかじめオレが探しておけば楽になるはずだ。オレなら、彼らよりも容易く見つけられる。何なら、さくっと閉じてしまってもいいかもしれない。

 そう思い立ち寝転がっている状態から起き上がろうとした時だった。


「アリエル様、いらっしゃいますでしょうか」

 不意に扉がノックされ、向こうからアイラの声が聞こえてきた。


「あ、はい居ます」

 慌ててベッドに腰かけ、無造作に寝転がっていたせいで若干跳ねた髪を直しつつ、オレは答える。こういうとき、長い髪は苦労する。他人の身体だと思い二の足を踏んでいるが、出来るならバッサリ切ってしまいたいところだ。

 それはそれとして。オレの返答が聞こえたのか、「失礼いたします」とアイラが恭しく入ってきた。


「アリエル様。少しよろしいでしょうか」

「? 何でしょうか?」

 いつもは食事の呼び出しやお茶の用意など、何かしらを伝えるか準備してくるのだが。彼女の周りにはお茶の準備をしている風には見えないし、食事時でもない。こうやって問いかけられるのも初めてだ。

 オレが首をかしげていると。アイラはそそくさと近づいてくると、声を小さくしてこう口にした。


「……捕まった暗殺者の方の居場所が分かりました」


「っ!? ほんとですか!?」

 オレは思わずベッドから腰を上げた。

 今までソータについては、捕まって牢に入れられているという情報のみで、詳しい位置は教えてもらえなかった。城内も広すぎるせいで、どこに牢があるのかも分からない状態だったのだ。

 けれど、場所がわかるなら直接本人から話を聞ける。

「それでっ、あいつはどこにいるんですか!?」


 オレは身を乗り出してアイラさんの前に立つ。今の身体は小柄な部類なので、長身よりとは言え普通の部類に入るアイラに対しても見上げる形になる。

 彼女には、ソータのことを色々と話していた。それだけオレが気にかけていることも、知っているはずだ。彼女はオレがソータにいいように使われていたと思っているのか、その態度には否定的だったが。どうやら裏では調べてくれていたらしい。

 オレのそんな姿を見て、アイラは小さく笑みを浮かべた。

「はい、今からご案内いたします。ですが、彼とアリエル様を合わせないようにと言われております。なので、人目に付かないように移動しましょう」

「わ、わかりました!」

 口元に指をあてる仕草にドキッとしながら、オレは頷く。


「今はで見回りの騎士の方も出払っております。この隙に向かいます」


 そう言ってアイラはすっと扉を開けてこちらに手招きをしてきた。

 ソータと別れてから十日以上経っている。その間ソータは一体どうなっていたのだろうか。会話をしたくても出来なかったのだが、それがようやく叶うようだ。

 オレは逸る気持ちを小さく深呼吸をすることで軽く抑え付けると、早歩きでアイラの後をついていった。







 人目を避けるというアイラの言葉は本当だったのだろう。城内をくるくると練り歩いたのち、どこかのタイミングで建物外へ出て、オレたちはとある地下へ続く階段を下りていた。うまいこと人に出くわさないルートを選んだのか、ここまですれ違った人は誰もいない。ばれたら連れ戻されるうえ、さらに警備が厳しくなると言われたので、助かった。

 今まであれだけ人通りがあった城内で誰ともすれ違わないというのは、それはそれで心細くはあったが。


「この先に、ソータがいるんですか?」

 急いでいる様子だったので、道中は口を開かなかった。けれど、地下に行くにつれ華やかさが無くなり不気味さが増してきたところで、オレはたまらずそう問いかけた。本当はアイラの裾でも掴みながら動きたかったが、遠慮が働きそれをお願いすることは出来なかった。たぶんソータ相手だったら、問答無用でつかんでいたかもしれない。

 それほどに、この地下というのは薄気味悪かった。


「はい。この先にいます」

 オレの問いかけに、アイラははっきりとそう口にした。そしてそのままずんずんと進んでいく。

「そ、そうなんですね……」

 建物の外とは言え、まだ城の敷地内ということもあるので、安全は確保されているはず。そう分かっているにも拘らず、オレはひどく嫌な雰囲気を感じていた。


 薄暗くて、窓もない……。こんなところにいるなんて。ソータは病気にでもなってないだろうな?


 長い階段が終わり、角を曲がると牢屋っぽい鉄格子が見え始めた。こんな地下にあるくらいだから、よほどかび臭い劣悪な環境かと思っていたのだが。中を見ると思った以上に整えられていた。とはいえ、鉄格子の先に見えるのは寝台と簡易トイレだけ。それだけで埋まるくらいの、窓もない小さく殺風景な小部屋だが。

 そんな牢屋を両サイドに見ながら、さらに進んでいくと。とある一室の前にたどり着く。

 その部屋には、両腕に鎖をつけられたソータが寝台に寝転がっていた。


「ソータ!」


 オレがアイラの脇を抜けて鉄格子に張り付き声をかけると、彼はつむっていた目を開き驚きの表情を浮かべた。

「……なんでお前がここに」

「何でって……お前が心配で見に来たんじゃないか!」

 オレはそう苦言を呈しつつ、少し安堵していた。パッと見だけだが、ソータの様子が問題なさそうだったからだ。特に衰弱している様子も見られないし、怪我もしていなさそうだ。

 オレは肩の力を抜いて、握りしめていた鉄格子を離す。


「でも良かったよ。尋問されるって聞いたから、どんなひどいことになってるのかと」

「尋問……あぁ、まあそうだな」

 ソータはじゃらりと重そうな鎖を鳴らしながら、寝転がっていた体を起こす。鎖自体は煩わしそうだったが、その動きには特に違和感はない。本当に身体的には問題なさそうだ。それにオレは小さく笑みを漏らす。


 しかし、改めて見るとソータの表情はどこか硬かった。先の驚いた表情も早々になりを潜め、感情が窺えない無表情で目だけを細め、じっとこちらをにらみつけていた。

 オルエンランドやレイテンシア王国ではあまりお目にかかれない黒い瞳が、射抜くようにオレに向けられる。

「ど、どうしたんだ……?」

 オレはソータの強い視線にたじろぐ。何故にらみつけられているのか分からない。そこでオレは、はっと一つの想像が思い浮かんだ。


 もしかしたら、ソータはオレに対して怒っているのだろうか。

 先の発言もどちらかと言うと突っぱねるような雰囲気だったし。


 今のオレの身形は、レイテンシアに来た時よりも数段上に整えられている。支給された上等なこの服は、知識がないものが傍から見ても相当な値打ちものであることがわかるくらいだ。

 一方でソータの服装は、最後に見た旅装束から変わっていないように見える。旅には適しているのだろうが、お世辞にも上等な服装とは言い難い。

 片や牢屋に入れられて、鎖までつけられて不自由に生活している中。心配だなんだと口では言ってはいるが、どう見ても恵まれた生活を送っていたように見えるオレ。

 果たしてそんな差異を見せつけられて、彼はどう感じるのだろうか。

 ……思うに、当然怒りの一つも湧いてくるだろう。

 そう思い立ち、オレはさっと顔が青くなるのを感じた。


「ご、ごめんソータ。お前が大変な時に……お、オレはただ本当に心配して――」

 絞り出すようにそう弁明したが、当のソータの表情は変わらない。じっとオレを眺めている。

「そ、ソータ……」

 何と声をかければいいのか分からない。

 じんわりと目元が熱くなってきたその時だった。



「アリエル、避けろ!」



 不意にソータがそう鋭く吼えた。直後眼前のソータの姿がぶれる。同時に、首筋に鋭い痛みが走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る