中国で寝台車に乗ったらド田舎出身者だと思われた件

浅葱

第1話 え? なまり(口音)って何?

 北京留学中、雲南省へ旅行へ行った。

 学校をサボって。(親の怒り狂う顔が目に浮かぶ)

 1990年代後半の話なのでもう時効だと思いたい。


 それは12月のことだった。

 9月に北京に下り立ち、まだ三か月しか経っていなかった頃である。(その前に二年間中国語の専門学校に通っていたので全くしゃべれないわけではなかった。聞き取りはなかなか難しかったけれど)

 北京の大学で知り合った女性と二人、北京西駅から雲南省の省都である昆明駅まで火車ホウチュア(中国の列車はこういう名称である)で片道49時間という行程である。


 もう一度言おう。片道49時間である。二日と一時間だ。つまり車中で二泊三日の旅である。片道。(しつこい)


 さすがに今はそんなにかからないらしいが、当時一日一本しか走っていない「特快」と書かれたその列車は昆明まで片道49時間かかった。

 その列車は全てが寝台というわけではなく、硬座インズオという座るだけの席もある。リクライニングも何もない。直角の三人掛けの座席にただ座るだけである。しかも一人一人の座席が確保されているわけではない。三人は座れるだろうという長さの椅子が、簡易な小さいテーブルを挟んで向かい合わせになっているという席だ。通路を挟んで向かい側がどうだったかは覚えていない。


 今回乗ったのは硬座ではなく硬卧インウォーという縦に三段ある寝台だった。簡易な小さいテーブルを挟んで、向かいにも三段寝台がある。この六人が寝れる場所が一つのコンパートメントになっているが、通路との境はカーテンぐらいしかないし、昼間はそのカーテンも閉めないのでプライバシーは0である。通路の窓際には折り畳みの椅子が、小さいテーブルを挟んで二脚ある。

 この硬卧だが、いくら客車に高さがあるといっても限度があり、下段は人が座っても高さに少し余裕があるが、中段と上段は座ろうとしたら前のめりになるという本当に寝るだけの場所である。なのでみな昼間は下段に腰掛けるか、通路の窓際にある折り畳みの椅子に座るしかない。

 行きは幸い友人と共に下段と中段のベッドのチケットを買うことができたので昼間座る場所は問題なかったが、向かいの下段のおじさんの靴下の凄まじい匂いで難儀した。寝る時は自分のところにもカーテンがあるのだが、それを引いても臭ってくるので自分専用の匂い袋を嗅ぎながら寝たほどである。

 ちなみにこの列車、トイレと洗面台は各車両についているがシャワーなんて気の利いたものはない。みんな臭くなって昆明駅に降り立つのであった。


 雲南省の旅行はいろいろあったが楽しかった。途中具合が悪くなってぶっ倒れたりもしたが、当時全然情報がない旅行の本を見ながら友人とあちこちを巡った。大理で遊覧船に乗ったり、ショッキングピンクの桜を見たり、麗江で玉龍雪山というところへ行ったりもした。昆明では石林という奇岩がいっぱいある場所へ行ったりごはんがおいしかったりと、トータルで見たらとても楽しかった。

 とはいえあれは学生だったからできたことで、今やってみる? と言われたらせめて移動は飛行機でお願いしたい。

 さて、今回は旅行の話ではないのだ。旅行の話を詳しく聞きたい方は個別に聞いてやってほしい。


 帰りの列車のチケットは残念ながら二人とも上段であった。これは朝早く起きて通路の折り畳み椅子を占拠するしかないとお互いため息をついた。

 帰りの列車の中で、友人と通路の席でしゃべりながら勉強をしたりしていたのだが、何故か同じコンパートメントの人々にじろじろ見られていた。

 多分話している言葉が違うから奇異なのだろう。友人も日本人であったので、お互いの会話は日本語であった。


 さて、列車の中で困るのはなんだと思う? それは食事である。

 ベッドを挟んだテーブルには朝と夕方に服務員(客室乗務員)がポットにお湯を入れて持ってきてくれる。なのでカップラーメンは食べられるし、自分で入れ物と茶葉を持参していればお茶も飲める。

 しかし二泊三日もカップラーメンでは飽きてしまう。一応そういう時間になると蓋飯(お弁当)を売りにくる人がいるので買ったりする。頑丈な紙の箱にごはんとおかずがよそられているものだ。茶蛋(お茶と五香で味付けをされたゆで卵)が入っているのが嬉しかった。

 しかしその蓋飯を買ってもやはり飽きる。そんなわけで列車に乗って二日目の昼は、列車の中ほどにある食堂車へ友人と共に向かった。

 その時その列車には軍人たちが乗っていたらしく、食堂車の半分以上は軍人の為に確保されていた。

 そんなわけで残りの半分の席で相席という形で食事を取ることになった。

 私と友人の向かいに腰掛けたのは灰緑色の軍服を着た青年と、普通の恰好をした青年であった。

 各自頼んだ料理は自分たちでシェアして食べていたら、向かいにいた青年に声をかけられた。


「お前たち、ひどいなまりだな。どこの者だ?」

「え? 何?」


 何を言われたか一度では聞き取れなかった。友人の方が中国語には聞き慣れていたから、「なまりとかじゃないよ」とか返していた。


「なんだ、標準語も話せるんじゃないか。本当にどこの方言なんだ? ひどくて聞き取れないぞ」


 青年はそう言って笑った。

 日本語が「なまり」扱いされているとその時さすがの私も気付いた。


「なまりじゃないよ。私たちは日本人だよ」

「そんなわけないだろ。面白い冗談だな」


 まるで取り合ってはもらえず、まぁここだけの付き合いだからいいかと、その場はそれ以上弁明せず元の場所へと戻ったのだった。


ーーーーー

ちなみに列車には軟卧(ルワンウォー)というベッドが上下段の寝台客車も一両ある。こちらも簡易なテーブルを挟んで向かいに上下段のベッドがあり、四人のコンパートメントになっている。ちゃんと扉もあるので四人部屋のようなかんじだ。もちろん値段も高いし一両しかないので、当時は外国人や要人などしか乗らなかったと聞いた。(乗ったことはある)

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