絶望ナイトの怪談エッセイ
黒木 夜羽
愛憎の行方は?
女帝エカテリーナを書いたロシア生まれのフランス作家である、アンリトロワイヤの短篇怪談に、自転車の怪という作品がある。序盤に、二人乗りの自転車(二人乗りの自転車があることを、この作品ではじめて知った)の細密な描写があって、あたかも、その部品の一部かのごとく、同じ服装で日曜日ごとサイクリングにでかける夫婦の話である。
もちろん、怪談なので、仲良しこよしで良かったね、で終わるはずがない。それほどに、仲がよかったにも関わらず、妻はいたって精力的で豊満、夫は痩躯で病弱的なところがあるので、自転車の前に乗って漕ぐのはいつも夫人の方だったのである。
妻は夫を愛していたし、夫も妻を愛していたに違いない。けれど、遠出にサイクリングに出て、帰ってくれば、妻はますます健康に、夫はますますやせ細っていく。妻の方に、なにかしらの欲求不満が溜まっていったのではないか、と疑うのもいたしかたがない。実際に、果たしてそのサイクリングの激務が祟ったのか、夫は死んでしまうのである。しかし、本当に、夫は病気で死んだのだろうか?
妻は、一時は、夫の死に嘆き悲しむ日々を送るが、やがて一人の青年に恋をするようになる。青年に抱かれ、思い切り身を委ねてみたいと。そうして、かつては、夫とともに乗った自転車を漕いで、その青年に逢いに行くのだ。
だが、青年の家についても自転車は一向に止まることがなかった。ブレーキがきかないのだ。背後からは、ほっほっという囁き声。一体、彼女はどうなってしまうのか?
小説の終わりの場面を読んで、デビッドリンチ監督のロストハイウェイの序盤のシーンを思い出すほど、濃密な作品でした。
自作品である白い手の怪も、男女の愛情をテーマの一端としていますが、憎悪に変わってしまう愛情は、いつの時代もどこの世界でも、怪談のテーマである続けるのでしょう。
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