第4話
別の日、
「ちょっと聞いて、昨日は珍しく変なお客が来たの」
そう言って花はさやかに電話をしてきた。深夜一時を回っていたがさやかは元気に電話に出た。
「見た目は普通の人なんだけど、ちょっと酔ってきたらずっと私の胸元とか足とかばっかり見てきて、絹さんと場所変わったら今度は絹さんのプライベートを根掘り葉掘り聞きだして」
「なにっ」さやかは電話の向こうで気色ばんだ。
「近くで働いているんで。そばにこんな店あるならまた来ますよとか言って」
ガールズバーやキャバクラと勘違いするお客もたまにはいるので、その時はビルの警備員に連絡して“穏便”に帰ってもらっている。
「絹さんがうまくかわしてたら、新規の女性のお客さんにも声かけだして」
「『牧原でーす。マッキーって呼んでね』とか言っちゃって、肩とか触ってるし」花当時の様子をそのまま再現する。
「さすがに警備の人に声かけようかと思ってたら丁度たけちゃんが来てね」
たけちゃんとは花の地元の同級生で、柔道日本代表候補にもなったことのある厳つい体の常連だ。五分刈りの頭に耳はつぶれ80キロ超えの体は筋肉の鎧をまとっている。
上下黒のジャージで傷だらけの顔は、お世辞にも堅気には見えない。
見た目と違ってハムスターを飼っている心優しい青年なのだが初めての相手には、いるだけで威圧感を与える。
入ってくるなり、花はたけちゃんを牧原の横に案内した。ビールを出しながら目で合図を送った。
横の女性にずっと話しかけている牧原に、たけちゃんは肘で軽く横の腕をぶつけ「すいませんね」と言って相手の目を見据えた。
「あ、いいえ」といってたけちゃんを振り返った牧原は、明らかに笑顔が引きつり、さっと背中をのばし、こちらこそといって正面を向き手元のお酒をあおった。
ぱっと目を上げ花と目があうと、すかさず花は「三千二百円です」とレシートを差し出した。
「あ、ありがと、丁度帰ろうかと、じゃあ、これ」と財布から一万円を出し、帰り支度を始めた。
向こうの女性客もほっとしたのか、絹さんに目を向け少し頭を下げるしぐさをした。ただ強面のお客さんに対しては、もっと引いていた様子だった。
「ありがとうございました」
花がそう言って牧原を送り出し、カウンターを振り返る。
満面の笑顔で「たけちゃん助かったよ」と声をかけ近寄ると、
「なんかよくいるめんどくさい客だなーと思ってさ」そう言って笑った。
さらに警戒感を増した女性客に絹が「あちらの人はあのスタッフの同級生で、ああみえてハムスター好きの柔道日本代表候補なんですよ」
「ちわーっす」そういって目がしわで見えなくなるような笑顔でビールグラスをかざし、女性客に挨拶した。
「これで安心して飲んでくださいね。ここはめったにああいうめんどくさい人は来ないので」続けて、
「なにかあったらたけちゃんが守ってくれますから」と言って笑った。
「ところでこの店は初めてですよね、お勤めお近くなんですか?」
絹の言葉にその女性客は
「知り合いがこの店が好きだといっていて、今日はここで待ち合わせの予定だったんですけど。そろそろ来る頃かな」
こんな感じだったのと花が話し終わると、さやかは電話の向こうで「そんな事があったんだ、あたしがいたらカクテルにデスソース入れて飲ましてやったのに」さやかは自分の事のように口を尖らしている様子でモゴモゴと言った。
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