仔ライオンの泪
星都ハナス
第1話 母親からのメッセージ
「最後の出勤お疲れさま。明日からは家でゆったりと過ごせるね」
「もう今日はこれでおしまい。お腹の子が酔ってしまうからね」
「そうだね。パパの言う通りにします」
「そういえば
彼のもったい振る言い方に少し心がときめきました。きっと叔母さんからのお祝いの品だと期待したからです。しかし宛名と差出人を見て私は凍りつきました。母親から真人宛ての荷物だったのです。
「幸恵、良かったね。お
真人は明るい声でそう言いダンボールの封をビリビリと剥がしていきます。
「俺さ、幸恵に内緒で母の日にお義母さんにプレゼントしたんだよね。あれから三年経つだろ、そろそろ結婚を許して……くれ……どうして?」
真人の手がピタリと止まりました。声の調子からなぜ手を止めたのか、何を見たのかすぐに解りました。と同時に真人に対する怒りが込み上げてきました。
「なに勝手なことしてるのよ。馬鹿じゃないの。あの人がそんな物受け取るはずないでしょ! 真人が考えているような甘い
「そんな物って何だよ。俺だって俺なりに考えて、幸恵とお義母さんの仲が良くなるのを願ってしたことなのに。まさかそのまま送り返されるとは思ってなかったし……母親なんだから娘の妊娠を喜んでくれるって思うじゃん」
「だからそれが余計なことだって言ってるの! 私があの組織に戻らない限り、もう親でもなければ子でもないの。一生無理なの。もうあの人には拘らないで」
私は感情的になって声を荒げました。母親から離れ、母親が信仰する宗教組織から離れて三年。やっと心穏やかに過ごせたと思っていた矢先だったからです。冷静になって考えれば真人がしたことは有り難いことでした。母の日に感謝の思いを込めてプレゼントした優しい夫に暴言を吐く方が常識的におかしいのです。私は自己嫌悪に陥りました。
「真人、ごめんなさい。さっきは言い過ぎた。少し横になるね」
「ああ。俺も勝手なことをして悪かった」
真人は背を向けたまま答えます。貴方は悪くない。全て私が悪いのだと何度も言ってきた言葉を飲み込みます。どうして私たちがこんなに苦しまなくてはいけないのでしょう。
私が普通の親子関係ではないゆえに、真人は未だに婿と認められず、家族として扱って貰えないのです。三人の姉も信者です。唯一、未信者だった父親が最近信者になったと叔母さんから連絡がありました。自分の親の葬式なのにお焼香しなかったと怒りの声でした。私は叔母の言葉に耳を疑いました。私だけ祖母が亡くなったことを誰からも教えて貰えなかったのです。
───教団に戻らない限り、あなたは私の娘ではない。あなたは孤立無援なのだ。神に立ち返らない限り、あなたは私たちの敵なのだ。悔い改めて戻って来なさい。
送り返された荷物は母親からのメッセージでもあるのです。なぜこんなに苦しまなくてはいけないのでしょう。母親が入信した宗教組織の元二世信者というだけで、なぜ普通の暮らしが出来ないのでしょう。
今は支えてくれる夫の存在と守るべき命のおかげで、目眩やパニック発作の症状が治っています。それでも、昨今、話題になったニュースと元宗教二世の記者会見を見るたびに呼吸が乱れます。私は大事に至らないうちに早めに横になろうと寝室に行きました。母親からのメッセージが頭と心を掻き乱しているのです。
「幸恵、まだ寝てる? さっきの荷物の中にDVDが一枚あったんだけど……捨てていいのか、見た方がいいのか迷ってる。俺が先に一人で観てもいいかな?」
一時間くらいうとうとした頃でしょうか。真人の声がしました。
「そんな物見なくていいから捨てちゃって」
間髪入れずに答えたのは、それが何であるか想像がついたからです。教団に戻ってくるよう説いたビデオでしょう。排斥された者にはこれを見せるようにと、ビデオや出版物があることを知っていたからです。
「手書きでフレーメンって書いてあるんだけど。幸恵の言う通りに捨てるね」
───フレーメン?
聞き慣れない言葉が手書きで書いてあることに違和感を覚えました。きっと見るようにと入れたのは母親であるはずです。真人からそれを受け取り確認すると、やはり母親の字でした。教団から出された物以外を母親が見るように勧めてくるのはおかしいのです。
「ごめん。やっぱり捨てないで。これもメッセージかもしれないから」
私はマインドコントロールされている母親と対峙するために、見ようと決意しました。
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