第52話 義父

「やはり、太陽の下に居る方が心身ともに充実するな!」


 ヴィルマー公爵が、はっはっはっと笑いながら体を解している。ただ目は笑っていないから、空元気なのは一目瞭然だ。


「お父様、疲れてる?」


 娘であるリースが、ヴィルマー公爵を気遣う。外に出たタイミングでリースと、それにシィルも合流した。


「そんなことないぞ、リース。娘であるお前に会えれば、私はいつも元気さ」


 実際リ―スと触れ合うことで、ヴィルマー公爵に元気が戻っているように見える。


「それで、これが例の飛空艇というものか」


 今はファルケンベルク邸の裏庭に設置されている飛空艇。


「思ったよりも小さいな」

「造ろうと思った理由が、シーニリスと王都の行き来を速くしたいからって理由です。だから俺達三人と家族が乗れるぐらいの大きさでいいかなと。それに軽量化した方が速度も違いますから」


 飛空艇の形は小型クルーザーにプロペラを生やした感じだ。全部木造だけど。


「実際に乗ってもいいか?」

「はい。お一人で乗れますか?」


 地面の上に置いているから、高さがそれなりにある。そして梯子がないから、乗るためにある一定の高さまでジャンプしなければならない。


「これでもお前の父親の学友として過ごした身だ。この程度の高さ、飛び越えるのには造作もない。ただローザは……」

「私は学問専門ですから」

「そうなんだ。それならローザ義母さん、さっきの魔法、実体験してみない?」

「さっきの魔法……。あの空を走ると言った?」

「そうそう。ということで、見えない階段!」


 魔法の完成系をイメージして発動する。


「出来た!」

「……出来たと言っても、何も変わらないのですが?」

「レックス様。ローザ様では魔法の感知をするのが難しいので、階段を上ることが困難です。ヴィルマー様も同様です」

「マジか。それならリース。ローザ義母さんと、それにヴィルマー公爵をエスコートしてあげて」


 どうせならヴィルマー公爵にも体験してもらおう。


「任せて! お父様、お母様、私の後を付いてきて。踏み外すと危ないから、私の歩いた場所を正確に歩いてね」

「え、ええ……」


 リースが歩き、ヴィルマー公爵、ローザ義母さんの順で歩き始める。後ろの二人はリースの足元を見ている。


「ここから階段になっているから気をつけてね」


 そう言ってリースの足が見えない足場に踏む。さらに一段上り、立ち止まる。後ろのヴィルマー公爵が固唾を飲み、さっきリースが居た場所を踏みしめる。


「お、おお……! 宙に浮いているぞ!」


 僅か十数センチの高さだけど、透明の床の上に立ったことに感動したのか、とても楽しそうにしている。


「あなた、私にも早く!」

「ああ、すまん。リース」


 そう言ってリースがさらに一歩上がると、最後列のローザ義母さんも一段目に上る。


「浮いています……」


 いつも冷静なローザ義母さんが口を開けて茫然としている。


「気持ちは分かるわ」


 母さんもローザ義母さんのように、最初は茫然としていたからね。父さんは物凄く楽しそうに何度も足踏みしていた。

 他の人達にも体験してもらったけど、反応は色々だったな。

 父さん達のように楽しむ、母さん達のように茫然とする、怖がる人、興味深そうに手で触ったり俺に原理を聞く人などなど。


「それじゃあ飛空艇に乗ろう」


 リースが先導して飛空艇に乗り込む。そしてヴィルマー公爵、ローザ義母さん、俺という順に飛空艇に足を踏み入れる。


「乗ってみると、もっと小さく感じるな」

「基本的に俺達3人が王都から気軽に帰れるようにと思って設計しましたから」

「だからといってこんな物を思いつくのは、レックスが転生者だからだろうな」

「その内誰かが思いついたかもしれませんよ」

「だがそれは、今の時代ではないだろう」


 それはそうかもしれない。


「それでレックスはこれを浮かすのに、不安があるのか?」

「ええ、まぁ。俺の発明……、と言っていいかは分かりませんが、とりあえず俺の思い付きで戦端が開かれるのは嫌ですから」

「なるほど。レックス、お前は少し傲慢だな」

「傲慢、ですか?」


 結構謙虚に生きていると思うんだけど。


「例えばだ。魔物と戦うために剣を生み出した人物は、人と戦うことは想定していなかったのかもしれない。光の魔道具を生み出した人物は、人々の生活を潤すために創ったのかもしれない。しかし、どうだ? 剣は魔物だけではなく人を傷つける。光の魔導具は国と国との戦いのとき、夜戦時に大いに活躍する。これを見た創造者達は何を思うだろうか。自分達は人々の生活のために創ったというのに」

「…………」

「要は、だ。レックスは自分のために飛空艇を創った。それだけでいいんじゃないか? 他人がどんな使い方をしようが、それはそいつの使い方の問題だ。レックスが気にすることではない」


 それは確かに言えるかもしれない。


「それにだ。悪いところではなく、良いところを見てみろ」

「良いところ?」

「この飛空艇が国に、世界に広まれば、モンスターや賊に襲われている村をすぐに助けにいけるようになるぞ。他にも物流が早くなり、貧しい暮らしをしている民が豊かになるかもしれん。他にも色々と良いところはあると思うぞ。それに私達では思いもしない使い方をする者が現れるかもしれない。それを無いものにするには勿体ない」

「勿体ない、ですか……」

「ああ、そうだ」


 ……そうだな。今更あれこれと考えても仕方ないし、これを無しにしたら俺の我がままで巻き込んだ親方やピッケ達に申し訳がない。


「ヴィルマー公爵って父さんより父さんしてますね」

「それはどういう意味だ!?」

「そのままの意味だよ、父さん。父さんは父さんだけど、父さんっぽくない時の方が多いってこと」

「レックス、お前はヴィルマーに騙されているんだ! いいか、よく聞け。こいつは今いいことを言ったような気がするかもしれないが、内心では飛空艇を使ってあくどいことをしたいからだ」

「為政者としては当然では?」

「それに加え、今の台詞は将来お前を身内に取り込もうとしているからだ」

「既にほぼ身内では?」


 娘のリースとは、2回も婚約パーティーをしたぐらいだし。


「おお、そうだそうだ。そのことについても言いたかったのだ。レックス、そろそろ私の事を父と呼べ」

「おい、ヴィルマー。レックスの父は俺だぞ? 喧嘩売ってんのか?」

「んなこと分かっているわ。ただローザだけ母と呼ばれて羨ましいんだ!」

「ああ、それは分かるわ」


 ヴィルマー公爵は俺を、父さんはリースを羨ましそうに見る。


「えーっと、ローザ義母さん?」


 ここはローザ義母さんに頼ることにしよう。


「そうですね。公の場でなければいいですよ」

「「いいのか!?」」

「はい」

「よし、レックス。早速私を呼んでみよ!」


 ヴィルマー公爵が物凄い期待をした目で見つめてくる。リースと父さんも同じようなやり取りをしているけど、幼女に詰め寄りすぎた父さんが母さんにしばかれている。


「それじゃあヴィルマー義父さん」

「おお、いい響きだ……」


 ヴィルマー公爵、改めヴィルマー義父さんが感動で震える。


「そこまで感動することですか?」

「家族なら敬語もなしだ」

「ああ、そうだね。それで、感動することなの?」

「お前も、いずれ分かる時が来るさ……」


 そんなものかね? でも、それって俺とリースかアンジュの間に、娘が出来なきゃ分からない。


「よし、それではレックス。我々が親子になった記念日として、飛空艇を空に浮かべようではないか!」

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