第13話
朝6時、総合調理場に、朝食七人分を取りに行く。きざみ一人、軟菜二人、普通食四人分だ。
老人は朝が早い。五人は食堂兼談話室にいた。すぐにお茶を沸かして出す。
朝食は7時なので、お茶を飲みながら、他愛のない話する。
「千代の富士、強いですねえ」
「私は、琴風に勝たしてやりたいんですがね」
八十歳の、インテリ風の男性が言う。
「やっぱり前みつ、とらせてはいけませんよね」
「両回しを引き付けて、がぶり寄りと行きたいですが」
「千代の富士もそれは百も承知ですからね」
「立ち合いの呼吸の合わせ方がうまいです。琴風は思いきりぶちかますしかないが、朝潮ほどの馬力がないんです」
女性たちは、四人で、旧知の間柄のように、朗らかに話していた。
昨夜の老夫婦は、まだ出て来ていない。
7時前に、盛り付けし、味噌汁を温め直して、配膳する。
老夫婦が降りて来た。
足取りは、しっかりしている。
「おはようございます」
「おはようございます」
よく眠れた顔だ。婦人は、薄化粧している。夫は、きれいに髭を剃っている。
服装に、乱れはない。
「朝食、今お持ちします。どうぞこちらの椅子にお掛けください」
「ありがとうございます」
婦人が軽くお辞儀をし、夫はついてお辞儀した。
「テレビでも見られますか」
皆、頷いた。おしんがそろそろ始まる。
男性利用者、四人テーブルの女性は、
完食、夫婦は黙って食べている最中だが、夫は食欲がないのか、箸がなかなか進まない。少し手がふるえている。婦人は、そんな夫を見守りながら、ほとんど食べ終えていた。
おしんが始まると、女性たちは、テレビに集中する。子役の演技に、涙する者も。それぞれの思いが、あるのだろう。
男性は、朝日、毎日、読売、サンケイと、順に、丹念に読んでいた。
夫婦の、夫の方も食事を終えた。咀嚼に問題はないが、嚥下が、きざみ食でも難しいようだ。
「お下げしてよろしいですか」
「あ、私がします。ご馳走さまでした」
「では、お願いします」
私は、洗い物に集中していて、またもや背中を向けて喋ってしまったが、振り向くと、ご婦人が洗い物をする私を見て微笑んでいるように見えた。
洗い物が済むと、事務所で一服して、また監査資料の最終チェックと、試算表の作成にとりかかる。
そろばん塾で三級を取ったが、足し算引き算なら一級の腕前と自負している。大卒の学歴よりも、そろばんの方が即戦力になっていた。
縦横合うと、すかっとする。試算表は美しい。
そのうち、日勤の職員が出勤してくる。
朝礼で、昨夜の老夫婦来所の仔細を報告し、後を所長に任す。
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