王子は生まれが九割〜七転八倒! 魔王討伐の旅!?〜

野木千里

プロローグ

 剣を振り下ろすと、驚くほどあっさりと修道女は言切れた。

 もう一度振り上げ、躊躇なく隣の魔導師の脳天を殴る。

 俺が振り上げているのは、魔王を打倒した古代の秘宝だ。振り上げても重さを感じないほど手に馴染み、しかし斬りかかると鮮烈な太刀筋を描く。一振りごとにその重さから血が飛び散り、剣は一層まばゆく光った。

 悲鳴を上げることもできず呆然とする魔導師の胴を一息で切り裂き、剣を持ったまま立ちすくむ男と対峙する。

 怒りでめまいさえする。俺はこの場にいる全員を殺さねばならない。先程殺した二人は、魔王討伐のための仲間だった。最後の一人がこの男だ。

「お前だけは……!」

 ぶつかり合う剣先が互いの刃を削り合う。俺たちが持っているものは、二つで一つの宝刀だ。甲高い悲鳴のような音を立てるが刀身の輝きは曇ることを知らない。俺は刃に魔法をほとばしらせ、乱暴に振りかぶった。

 この男とはそれこそ兄弟のように育ってきたというのに、自分も随分と無慈悲になれたものだ。それにしても、この俺の剣に圧倒されるほど弱かっただろうか。そんな疑問が胸のうちに浮かんだが、凶暴なまでに膨らんだ義憤が俺を止めることを許さなかった。恐れるように揺れる剣筋を追い立て、相手の剣を弾き飛ばす。

 宙を舞った剣は国王の計略を摘発するかのように、玉座の座面を貫いた。

「ヴィルヘルム、お前だけは俺を裏切らないと信じていたのに!」

 剣士の碧眼が見開かれる。胴を一突きされて死期を悟ったのだろう。口から血を吐いたものの、他のものと同じく何も言う様子はない。

 足元に転がった死体を踏んで、俺は顔をしかめた。

 この場で俺の功績を双子の片割れに全てかすめ取らせようとした人間はほとんどが、俺が唱える古代魔法の前に伏した。それでも息が残っていたのは、この国の王と大臣、俺の双子の兄である第一王子と、そして、俺が信じた仲間たちだけだった。

 俺は足元にくずおれ、ヒューヒューと情けない音を上げながらも未だ生きながらえている国王の王冠を蹴飛ばした。

 俺と全く同じ顔をした男と対峙する。

 俺たちは同じ母親の元、時を同じくして生まれた唯一無二の兄弟だ。母は双子を産み落とすというあまりに壮絶な出産に命を落とし、俺たちが彼女の忘れ形見ということになる。

 一人は王子として身分を保証され、今日まで王宮でぬくぬくと暮らしてきた。方や俺は、王宮の裏の森で隠すように育てられた。

 片割れは何かを言おうとしているようだった。だが、その前に俺は剣を振りかぶった。先程の大魔法で深手を負ったのか、大臣が臥せったまま王子に手を伸ばすが届かない。

 大きな剣が、王子の体に叩きつけられた。

 ふと、彼の口元が動いた。

 そしてそのまま彼は言切れた。

 俺は言葉を発することさえ叶わずに、ただ呆然と片割れの死に顔を眺めていた。剣で貫かれたとは思えないほどの穏やかな顔だ。今にも起き上がってきそうなほど。

 ただ、失血が激しく、ただの復活術では生き返ることは叶わないだろう。完璧な蘇生術を熟知している者がここに到着するまでにどれほどの時間を要するのかは分からないが、そもそも呼びに行ける者が居るのか怪しいところだ。

「あなたは、なんてことを……」

 弱々しい声で大臣が声を上げる。俺は彼を振り返り、断罪してやろうとその顔を覗き込む。

「皆に俺を毒殺するようにそそのかしたくせに。一体何て言ったんだ?」

 大臣は苦痛に顔を歪め、顔を伏せた。

 俺は彼を見下ろし、この魔法一つろくに使えない男に証言させるため、ごく簡単な回復術を使ってやることにした。 

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