噂の女

箕田 はる

1


 ああ、あれが噂の人かと、僕は一目でその女が噂の人魚だということが分かった。

 長閑なウォーキングスポットである川沿いを赤い布を引きずりながら歩く女。明らかに異様で、確かに噂になるのも頷けた。

 白いノースリーブのワンピースから覗く白い手足は、異様に細い。長い黒髪が背中の中心まで伸びていて、パサついていた。足下は汚れた白のスニーカー。決して衛生的だとは思えないし、不審者だと言われてもおかしくない。これが男であったなら、もっと警戒されていたように思えた。

 その女の手から伸びる赤い光沢のある布は、よくよく見るとまるで鯉のぼりみたいに金色の鱗が描かれていた。

 なるほど、だから人魚なのか、と僕は腑に落ちた。

 後ろ姿で充分に、変な人だと分かったが、僕は彼女の顔を見てみたかった。

 オカルトが大好きな僕は、恐怖よりも好奇心が常に勝っている。

 僕は雑草を踏みしめて斜面を上がると、早足で先へと進む。走っていないはずなのに、心臓は痛いぐらいにバクバクと打っていた。

 どんな顔をしているのだろうか。人魚と言われているぐらいだから、意外と美人かもしれない。

 備え付けの石階段が現れたところで、僕は再び下へとおりる。それから、川を眺めるフリをしながら視線を右へと流した。

 女がこちらに近づく。ちょっとだけのはずが、僕は女の顔を凝視した。正確には目を離すことが出来なかった。

 だって、その女は明らかに、僕の方に向かってきたからだ。

 それから目の前に立ち止まるなり、「久しぶりね」と言って笑った。


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