第13話 王子、お母様に秒でバレる

 俺がリリアーヌからあれこれと指導を受けながら昼食を取った後(残念ながら、味など分からなかった)、公爵家のお抱え医のフォルジュという医師が診察に来た。フォルジュ医師は、病気の治療を主に診る医師という立場だが、学園にいたロズリーヌ嬢と同じように、怪我の治療をする治療士でもあるようだ。


 フォルジュ医師は恰幅の良い、人の良さそうな顔をした中年の医師だ。掛けている丸眼鏡が余計そう感じさせるのかも知れない。いずれにせよ、公爵家のお抱え医をしている位だ。腕は確かなのだろう。


 しかし、そのフォルジュ医師の診察でも、俺はやはり悪い所は無しと言われた。


「無しなんて事あるか!」と心の中で突っ込んだが、頭のおかしい娘だと思われても困る。そんな事を言う事は出来なかった。


「・・・そうですか。分かりました。」


 俺はそう答えるも、聞くだけ聞いてみようと思い、フォルジュ医師に聞いてみた。


「ところで先生。先生は、どこかで二人の人格が入れ替わるなどという事例について、見たり聞いたりした事はありませんか?」


「ほう。面白い事を言うね。今お嬢様の読んでる小説かい? 夢があって良いねぇ。そんな事はある訳ないんだが。面白かったら今度私にもタイトルを教えておくれ。私も読んでみるよ。」


 フォルジュ医師は、荷物を鞄にしまいながら、ニコニコして答えた。


 だが、面白いも何も、今! ここで!! 起きている事なんだが!!! 



「フォルジュ先生、娘はいかがでしたか?」


 部屋の扉が開き、公爵夫人が入ってきた。


「なに。診察した所、どこも悪い所はございませんでしたよ。混乱していると言う事ですが、一時的な物でしょう。様子を見て大丈夫ですよ。」


「安心致しましたわ。フォルジュ先生。また何かありましたらよろしくお願いいたします。」


「またいつでも呼んで下さい、公爵夫人。ところで、お嬢様は多感な年齢という事もあってか、なかなか面白い事をおっしゃいますな。人格が入れ替わったとか何とか。そういう小説をお読みになっているようで、そういうので混乱されているのかも知れませんね。」


 ば、馬鹿者! 余計な事を言うんじゃない! 俺は驚いて飛び上がるかと思った。公爵夫人を見たが、少し困ったような顔をして、何分娘は本の虫で色んな物を読んでいるみたいで、と答えただけだった。


「小説でも勉学でも、熱心なのは何よりですな。それでは、失礼致しますよ。」


 そう言って、フォルジュ医師は帰って行った。



「さぁ、レティー! 先生の見立てでも悪い所は無いと言う事だから、少しお茶でもしない? 私も心配して疲れてしまったわ。」


「奥様、お仕度はどちらに?」


「そうね、レティーもまだ本調子じゃないでしょうから、ここにしましょう! ね、レティー。」


 俺も疲れたけど・・・と言う間もなく、お茶をする事になってしまった。本当に心が休まる暇が無い。それにしても、フォルジュ医師が帰ったら、急に公爵夫人の雰囲気が変わった。やはりこちらが素の夫人という訳か。


 エマとリリアーヌによって、手際良く窓際のティーテーブルにお茶の仕度がされた。


 ソファーで座って待っていた夫人がスッと立ちあがり、姿勢良く楚々とした様子で歩き、ティーテーブルについた。今まであまりご婦人方の歩き方や素振りなど意識した事が無かったが、自分がこのような境遇に置かれてみて、初めて、ああこんな綺麗な歩き方なのだと思い、感心した。


「レティーも早くこっちにいらっしゃい。」


 夫人が笑顔で呼ぶので、慌てて立ち上がり、今見た歩き方を見よう見まねで真似をして席に着いた。だが、リリアーナが椅子を引いてくれなければ、自分で椅子を引いて座っていたかも知れない。危なかった。


「本当に良かったわ、レティーが何ともなくて。」


 夫人がニッコリと笑って言った。じっと俺を見つめるその瞳が、笑っているのに、子供の頃俺が苦手だった夫人の眼差しを思い起こさせ、ふと目を逸らした。




「で、レティーの身体はどう? アランくん。」




 あまりに唐突な言葉に、俺は呼吸をする事も出来ず、心臓が止まったかと思った。


「な、な、な、なんて事を言うんです? お、お母様。」


 俺は動揺して上手く答えられなかった。


「え? うそ。やっぱり? アランくんなの? じゃあ、レティシアはアランくんの身体の中にいるの?」


「え、え? 何の事ですか? お母様。」


 脂汗が出る。どうにか誤魔化しを続けてみるも、どうやら夫人はもう確信してしまったらしい。じっと黙ったまま、俺を見つめ、俺はまたその視線に耐えられずに目を逸らした。


「あ~。 やっぱりアランくんね、その目の逸らしかた。アランくんは昔から私に見つめられて困るとキョドキョドして左の上の方を見るのよね。何で左の上なのかな~って、ずっと思っていたのよ。多分、当たりね。」


 夫人は笑って優雅にお茶を飲み始めた。


 リリアーヌをチラッと見ると、青い顔をして俺の側に仕えている。対してエマは意味が分からず、きょとんとした表情だ。


 音もなく、静かにティーカップをテーブルに置くと、一息ついてから夫人は胸の前で両手をパチンと叩いて言った。


「はい! じゃあ、エマ、リリアーヌ。これからここで見聞きした事は他言無用よ! 念の為、防音結界を引くわ。状況から察するに、リリアーヌ、あなたは知っていたわね。エマ、あなたはまだ知らないみたいだから、選択肢を上げる。聞いたらもう引き返せないわ。どうする?」


「私は奥様とお嬢様に仕える身です。奥様とお嬢様に関わる事なら、変わらず仕えさせて下さいませ。」


 エマはまだ何が起きているのか分からない様子だったが、それでも何か特別な事が起きていると察したのだろう。真剣な顔で即答した。


「分かったわ。では、エマもリリアーヌもこの場にいる事を許可します。ただし、今言ったように他言無用よ。

 さて、アランくん。やっぱり原因は二人で階段から落ちた事?」


 もうすっかり夫人の中では入れ替わりは確定しているようて、俺はすっかり観念した。


「・・・はぁ。さすがはレティーの母親ですね、降参です。そうですね、原因かどうかは分かりませんが、階段から落ちて気を失った俺が、ベッドで気がついた時には、もうレティシアでした。レティーの方は気を失ってなかったようですが、階段から落ちたら俺だったそうですよ。

 もう少し誤魔化せるかと思ったんだがなぁ・・・どこで気がついたんですか?」


 夫人はニコニコしながら、それでも真剣な目で聞いていた。


「そうね。やっぱり違和感かな。最初に感じたのはあなたに抱き付いた時、レティーの反応じゃなかった。混乱してたとは言え、胸が当たった位で動揺するなんて、男の子みたいじゃない? あとは、やっぱり目の逸らし方かな。まぁ、ちょっとした違和感なんて、母親ならすぐに気がつくものなのよ。

 フォルジュ先生が言ってた小説の話しも、レティーが読むような小説ではないわ。そんな所ね。」


 俺は大きなため息をついた。


「レティーとは、二人で互いになりきろうと話しをしました。と言うか、言い出したのはレティーですけどね。頭のおかしい王子と公爵令嬢と思われたら、それこそ隠居・幽閉コースになるんじゃないかってね。」


 俺は、入れ替わりに気がつき、お互いが話した事を、夫人にも話した。協力者はロズリーヌ嬢とリリアーヌだという事も話した。リリアーヌについては俺を助けてもくれたと話し、事実を話さなかった事で罰する事はやめてあげて欲しいとも話した。


「そうね。幽閉は無いかと思うけど、確かに頭がおかしくても旗頭に担ごうとする人達が出てきてもおかしくないわね。きっと、そういう方が与し易いと思うのね。まぁ、私もお互いになりきるのが良いと思うわ。こんなに面白い事、滅多にないし!」


 お、おい! 面白い事って言ったぞ!


「レティーは将来王妃になって、未来の国王である貴方を支えるために、本当に色々な事を努力して勉強していたわ。何でも出来るんじゃないかって思っていた位だもの。例え戻れなくても、あの子なら立派な国王になるわよ、きっと。

 レティーがレティーで無くなって、アランくんになってしまって、やっぱり寂しい気持ちはあるけど、いつかは子供は巣立っていくものだもの。元気ならそれで良いわ。」


 うわ! 恐ろしい事を言った! レティシアが未来の国王になるだと? じゃぁ、俺は何だ? 未来の王妃か? やめてくれ・・・


「もし戻れなかったら、アランくんは未来の王妃としてレティシアを支えてあげてね。大丈夫よ、アランくん。お世継ぎの事だけ心配だけど、まぁ、その時はその時ね。レティーとアランくんなら、きっと何とかなると思う。それに、二人の子供が産まれたら、私が面倒見てあげるわ。」


 俺は真っ白になり、固まった。


 優雅にティーカップとソーサーを持ち、口に運ぶ夫人を見て、子供の頃から、そしてこれからも、この人には絶対かなわないと改めて思った。

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