モノクロの男

バラック

第1話 金貸しの責任

 一つ下の後輩である彩藤が銀行を辞めるらしい。新卒から4年、まぁ続いた方だ。どうやら小学校の先生になるらしい。


 今、銀行業界で会社の生き残りが厳しい。そもそも、金を仕入れて金を売る商売だ。担保の有無、期間の長短以外では、ほぼ金利差しか提案内容はない。


 それでもオレが業界下位行で仕事を続けているのは、必要な資金を中小企業に流すことや本当にキャッシュフローが厳しい会社の返済を「どうにかこうにか」して待ててやっていることにやりがいを感じているからだ。


 業績が悪い会社から融資の申し込みがあった場合でも、鉛筆で「飾り」をつけて金を出す。でなければ、都銀に比べて対した給料を貰っているわけでもない5年も続けられるはずがないだろう。


*****


「黒川さん、今までありがとうございました」

 翌日の閉店後、彩藤がオレのデスクにやってきた。

「学校の先生になるんだってな、頑張れよ。あとコレ、使えるようだったら使えよ」

「あ、ありがとうございます。すごい、72色の色鉛筆ですかぁ。先生になったら使いますねぇ。」


 彩藤はいつものように語尾を伸ばしながら受け取り、代わりにボールペンを差し出してきた。


「先輩もよかったら使ってください」

「あぁ、ありがと。早速使うよ」


 彩藤は慇懃に礼をしてまた別の行員の所に行った。


 挨拶は行員一人ずつ。丁寧さはやりすぎなくらいに。支店長や副店長に渡すものは傾斜をつけて。お坊ちゃんだった彩藤にオレが教えてやったことだ。まぁ、あまり覚えが良い訳ではなかったが、素直さと愛嬌でどうにかこうにかやってきたタイプだった。


 そういや、なんでこいつは辞めるんだっけ。


 まぁ、いいか。来週には引継ぎもやって送別会があるはずだ。そこで聞けばいいか。


 目線を彩藤からデスクに移すと、武田工業のリスケ書類が広がっている。高齢の社長とその奥さんだけでやってる小さな板金屋だ。


 10年も前に出した融資が、返済の見通しが未だ立たないとのこと。しかたない、期間は伸ばさずテールヘビーにして(返済が必要な元金部分を最終回にまわすこと)、元金返済は1万円。いつも通りの稟議。例の感染症が収まれば業況回復の見通しがあることを添えれば、まぁ稟議としてまとまるだろう。


 最終的に返済ができるかは分からない。ただ、当時融資を実行したこちらにも幾分の責任はあると思う。ぶっちゃけていえば、この会社は将来的には助からない。


 将来は不確定だが、少なくとも、現在を生きていかなければならないのだから、返済猶予をしてあげることは致し方ないじゃないか。、


 それに今なら会社を清算しても、資産と負債のバランスを比べれば、プラスで終われる。まだ余力があるうちは、グレーゾーンの「生き残り」に賭けてもいいじゃないか。


*****


 しんどい住宅ローンがまとまった。30代派遣社員の単身女性が住宅ローンを借りようと思うと、審査は通りづらい。それは女性を低い位置にみているのではない。過去の「貸出事故」の統計から、単身女性は返済に窮したり、結婚して旦那と新居を構えたまま住宅ローンとして別荘のように使うことが多い、ということがあるだけだ。


 その分、オレは色々な理由をつけた。子どものころからの生活圏だから転居の可能性が低いこと、両親が近くにいること、派遣元に永く勤務していること。


 当然ネガティブな要素は稟議に書かない。この超低金利で返済を計算しているため、少しでも金利が上がれば返済が厳しくなること、両親は高齢で間もなく介護が必要になること、派遣元だって継続勤務があるか分からないこと。


 でも、家が必要だって言うんだから、金を出した。そんな怪しさだって、審査する方も分かっているはずだ。限りなくグレーだけど、オレは変な色はつけてない。関係者皆が、「グレーだけど白だね」って言ったんだ。


 その売買契約が行われた日、彩藤の送別会が行われた。わざわざ融資先の「ホークバス」からバスを借りて、これまた融資先の料亭「鳥瞰荘」にみんなで向かった。


「大体、送別会なんて、その辺の居酒屋でいいんじゃないっすかね」


 今日の主役の彩藤がそういうと、隣の座席の新人の男も頷いた。何を言っても頷くこの男を見ると、オレはキツツキを思い浮かべる。


「そうもいかないんだよ。「鳥瞰荘」も「ホークバス」もオレの担当だがな、皆、破綻懸念先、つまり不良債権先なんだよ。主要行として、お金を使わないわけにいかないじゃないか。」


 おそらく彩藤はそんなことは分かり切ってはいるが、このキツツキ君のためにこっそり説明を続けた。


「もっと言えば、「鳥瞰荘」や「ホークバス」のオーナーは地元の名士とされていてな。昔は羽振りも良かったんだろう、細かい実務はオレがやってるが、今も窓口は支店長なんだよ。今日のバスの運転手はホークバスの専務だ。要はウチの支店と「良好」な関係なんだ。今バス業界の景気も良くないだろうけど、返済も僅かながらしているからこそ、こうやって付き合ってるんだよ。」


 キツツキ君は頷きを続けた。銀行員ってのは説明が大好きなんだ、オレも含めて。


*****


 店の一番大きな部屋に通されると、役席と呼ばれる管理職は奥の上座へ、今日の主役は一番下座へ、他の席はくじ形式となっていた。こういった手配も新人の仕事だ。頑張ったじゃないか、キツツキ君。


 オレの席はすぐに見つかった。彩藤のすぐ横だった。


 会が始まってしまえば、彩藤はあちこち挨拶に行くんだろう。


「そういえばお前、なんで辞めるんだっけ。パワハラ的な?」

「いやいや、最近の銀行じゃそういうの無いじゃないっすか。まぁ、そうっすねぇ。まぁ。もっと人助けがしたいなぁ、って。」

「ん?今もそうなんじゃないの?」

「いや、なんか、融資出しても結局その人の為になってないっていうかぁ、リスケ(返済猶予)繰り返しても状況悪くしてるだけっていうかぁ」

「ん?」


 オレのムッとした声に気づいて彩藤は続けた。


「いや、銀行業務の良し悪しについてはここでは言いませんけどぉ。僕も先輩みたいに白と黒の間で頑張って、出来るだけ白に近づけるやり方もカッコいいとは思うんですけどね、ちょっと僕には向かないかなぁ、って。」

「そうか、ま、いいけどな。」

 会話の旗色が悪くなるのを察してか、彩藤は違う人と話を始めた。


 融資を出しても、ちゃんと返せるか分からない。返済猶予を繰り返しても、ただの延命。街を見渡せば、そんな会社ばっかりだ。それでも街は回ってる。出来る限りのことをするのが、オレたちの役目だろう。


 その夜、彩藤は課長を初めとした管理職に連れられて夜の街に消えてった。その光景だけ見れば立派なパワハラに見えるが、まぁ今日くらいはいいのだろうか。


*****


 彩藤が会社を去って一週間後、支店が喧騒に包まれた。

 

 ホークバスが運航する観光バスが事故を起こしたのだ。


 運転手を含む死者4名。負傷者12名。亡くなった方には大学生も含まれていたようだ。


 大学生がグループで旅行に出かけるはずだったようだ。テレビにはその友人たちが泣きじゃくる様子が映っていた。


 が、問題はそれじゃない。法律を逸脱して、ドライバーに運転をさせていたのだ。人員を出来るだけ削って運行をさせていたことがこの事故の原因だと報道はあった。だから、この前も専務がドライバーをしていたのか……


「黒川、支店長が呼んでる。行ってこい」


 きついストライプのスーツを着た任侠映画に出てもおかしくな風貌の営業課長が、低い声でオレに出勤直後の指示をした。


「黒川、お前、ホークバスの件は知ってんな」


 支店長室に入ると、いきなり切り出された。


「まぁ、はい。大体ですが……」

「最近いつ行った?」

「先月の終わりですかね……。返済金を回収に行きましたが……」


 オレの言葉を聞くと、支店長は腕を組み、前傾姿勢になりながら、「そうか」と呟いた。


 ややあって、支店長は体を起こしてオレに言った。


「お前、もうあそこには毎月の返済金を回収にいかなくてもいい。今月も行くな。電話だけして、今月から訪問できないことを伝えとけ」


 支店長はそのまま続けた。


「あと、もし、マスコミが何か聞きに来ても何も言うな。当然顧客情報だから何も教えられないが。何を聞かれても『答えられない』で通せ」

「わかりました。ですが、私が何か聞かれるようなことが……?」

「さぁ、分からんがな」


 支店長は部屋を出ながら答えた。


「既に報道では、資金繰りが厳しかったことが伝わっている。この意味、分かるな?」


 支店長は去り、オレは一人残された支店長室で自分の手帳を開いた。

 ホークバスに行ったのは先月の25日。当初から緩和された返済金2万円を回収していることと、1年後には通常返済が再開され、毎月20万円の返済になる、と伝えていることが書いてある。


 苦しい資金繰り。返済に窮して、人を減らし、過労のドライバーが事故を起こした。金が無かった、用立て出来なかったことが原因だ。


 とすれば今回の事故の責任の一端は、オレにもある……?

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