第354話『仁十郎の偽装策と、頼廉・大膳の一騎打ち(カケルのターン)』

 カケルたちの考えた作戦はこうだ。


 原田直政、松永久秀に高屋城を落城された三好康長、遊佐信教の残兵に化けた嶋左近カケルの叔父・東樋口仁十郎が、カケル(嶋左近)たちに追撃されながら、新堀城に逃れ来る策だ。


 下間頼廉は、高潔な漢である。決して、味方を見捨てるようなことはしないだろう。と言うのが仁十郎の策の要だ。


 カケルは、一つ間違えば、仁十郎を捨て駒に使うことに危険な賭けだと思ったが、当の仁十郎が下間頼廉をここで何とかしなければ、織田家の遺恨になると頑なに自己おのれを捨て駒にすることを買ってでるのだ。


 カケルは、わずか500人で、同じ500人ほどの僧兵が鉄砲を350挺も所有し籠城する新堀城を攻略する代案があるわけでもなく、不本意ながら仁十郎の策を受け入れた。



 夜更け、「助けてくれー」新堀城内に聞こえるような大声が闇を切り裂いた。「南無阿弥陀仏」と書かれた旗を掲げ、竹槍と野良着に姿を変え、顔を泥だらけにし、一向宗に化けた仁十郎とその兵100人が、松明たいまつも焚かず、2丁(約200m)の距離を置いて、カケルたち嶋左近隊に追い立てられる芝居を打った。


 およそ、2丁この距離が、追撃隊の弓も届かず、まして、実際は味方である仁十郎たちを傷つけない絶妙な距離なのである。馬を使えば、簡単に追いつくが、筒井家の北面は、大和川を越えて徒士かち(歩兵のこと)による渡航で、馬はないことは、頼廉も知っている。しかも、筒井家が囲む新堀城で、一番手薄なのが北面、高屋城からの残兵ざんぺいも同じく大河大和川を下って来てもおかしくないのだ。大河の流れを封鎖することは500人の兵では不可能なのだ。


 カケルは、一向宗に扮した仁十郎を追い立てながら、手違いでもしものことがあれば、おしどり夫婦の叔母おりょうに合わせる顔がなくなる。心中で、一抹の不安を抱えつつも、芝居を現実的に見せるため、夜の暗がりで、新堀城の頼廉からの視界が悪いのを利用して、追撃部隊として、仁十郎の兵を打ち取ってゆく。と、言っても、芝居である。逃げ遅れた残兵を手傷を負わせぬように、槍の穂先ではなく逆手にもって棒のように使い、命に差しさわりなく、まるで、槍の穂先で突いたかのような芝居をするだけだ。




「やや! 頼廉様、アレに見えるは、南無阿弥陀仏の旗印、おそらく高屋城の兵がこちらへ逃れて来ますぞ」


 と、物見意櫓で見張りをする夜警の僧兵が、頼廉に急報を知らせた。本願寺と三好家の残党、現在でこそ織田信長憎しで協力しているが、決して、顔見知りではない。信長憎しの利害関係が一致して協力しているにすぎない。あちらとこちらで、連携して反信長で戦ってはいるが、味方の大将の顔は知っていてもその重臣おとなの顔までは知らない。


 頼廉は、味方を見捨てることが信念に反するため、確かめずにはいられなかった。しかし、物見も首を捻るばかりだ。「まことに高屋城の味方の兵か?」と物見に尋ねたが、物見も首を捻るばかりだ。坊官にスグに命令を飛ばした。


「アレは味方だ、僧兵100の精鋭を集めよ、ここへ逃れ来る味方を救援するぞ!」そう言って、100人の僧兵を率いて、虎口から打って出た。



 打って出た頼廉は、仁十郎とすれ違いざまに言葉を交わした。


「お主たちは、高屋城の誰の配下か?」と尋ねた。


「某は、遊佐信教が家臣、田中たなか兵左衛門へいざえもんと申しまする。救援いたみ入り申す」


 一瞬、仁十郎を見た頼廉は、目を細めたが、すぐさま「先に兵を新堀城へ入れよ。「我らは、お主たちを護りつつ殿軍しんがりを務める」と、言って、追撃してくるカケルの兵と戦端を開いた。



 戦場に出た頼廉は強かった。およそ8尺(約2m強)のこん棒を奮って、嶋家の兵を叩き、突き、次々に転がしてゆく。カケルの隊の先陣を預かる菅沼大膳が、頼廉の武勇を一目見て、「あれぞ、下間頼廉!」と、目星をつけ、およそ8尺の金棒を振り回しながら、詰め寄る。


「そこに、居るは、新堀城城主、下間頼廉と見た。ワシの名は、三河田峯城城主、青鬼・菅沼すがぬま定忠さだただが嫡子、大膳。ワシと一騎打ちせよ!」と金棒を小枝のように振り回して挑みかかった。


 およそ8尺の巨漢の大膳よりも、少し、背の低い頼廉ではあるが負けてはいないおよそ6尺強(約180cm)はあるこの当時の成人男性の平均身長が150cmぐらいだったことを考えれば、大膳は異常で、頼廉もデカい。



 二人の大男が戦場でこん棒と、金棒で火花を散らす。



 菅沼大膳の金棒の一撃を浴びれば、ほとんどの敵は一撃の元に、槍が折れたり、兜を砕かれ、鎧が破損する。対する、頼廉のこん棒は硬さと柔軟さを合わせたクヌギを柱に、鉄を張り付けた特注のこん棒である。


 バチン!


 金棒と鉄のこん棒が火花を散らした。


 力比べは、双方譲らずだ。しかし、軽さに置いて小回りの利く頼廉の方に、一部の利がある。大膳が振り回す間隙に、頼廉の蛇が飛び掛かるような伸びる突きが大膳の鎧の鳩尾みぞおちばかりに入った。


 大膳は、突きの勢いで、後ろへぶっ飛んで、悶えた。頼廉につづく僧兵が、大膳の首を獲ろうと組みかかろうとすると、新手の山県お虎が駆け付けた。


 それを、見ると、頼廉は、手を挙げて、大音声に言った。


「高屋城の残兵は城へ入った。我らも引き揚げるぞ!」


 と、号令して、新堀城へ一目散に撤収していった。



 頼廉の首を獲ろうと、追いかけたお虎であったが、頼廉たちが新堀城の塀が、鉄砲の射程圏に入ると、城から射撃がはじまり、まるで、ココから先への侵入を阻むように斉射された。


 お虎は、兵を止めて、「追撃はここまで、一旦、兵を引くぞ!」


 と、号令をかけ下がって行った。



 つづく

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