秩序の守護人

大石 陽太

第1話 転校生

 二〇XX年、十数年前から人間たちは信じられない進化を始め、一部の人間は身体機能が大幅に上昇。もはや同じ人間とは呼べず、新人類、旧人類と区切りをつけるものまで現れ始めた。

 中でも未成年に対しての教育は困難を極め、進化した人間たちに進化前の教師では対応できず、辞職率も毎年跳ね上がり、教師不足は深刻な問題となっていた。

 そんな中、政府は急造の策として極秘であるプロジェクトを立ち上げる。

 それが、手に負えない新人類生徒を同世代の新人類で更生させる『秩序の守護人』プロジェクトだった。

 これはまだ人類の進化に対して、世が対応する前の不安定な狭間の話である。



『XX年 ○○月✖️✖️日、△△県立川島高校への潜入と事態の把握、必要に応じた対処を要請。尚、今回は予想能力値が非常に高く、苦戦が予想される。周到な準備をするように』



 ○



 少年は電信柱の上にいた。敬礼のようなポーズで遠くを見ている。

「あれか! 川島高校!」

 目当てのものを見つけて、機嫌良く笑う。目的を達して降りようとした時、下に人がいることに気がついた。

「ん、何してんだ?」

 少年は軽くジャンプするとコンクリートの上に何事もなく着地する。下にいたのは警察官だった。

「ダメだよー君、電柱の上登っちゃ」

 警察官の注意に少年はあのままどこかに飛んで行けばよかったと後悔した。

「その制服、川島高校の子? 見ない顔だけど」

 少年はその場で元気よく敬礼すると、ハキハキと自己紹介を始めた。

「はいっ! 大門唯我だいもんゆいがです! 今日、川島高校に転校してきました! 身長一八七センチ、体重八十六キロ、誕生日は……」

「ああ、そこまで聞いてないから! 今回は多めに見るから早く行きなさい。遅刻するよ」

 警察官の優しさに唯我は元気よく返事をすると目にも留まらぬ速さで川島高校の方角へ走っていった。

「まったく、自由で困るね。新人類ってやつは」

 警察官は自転車を漕ぎ出した。



文楽町こっちにはいつ?」

 眼鏡をかけた穏やかそうな男性教師が尋ねてくる。唯我は考えることなく即答する。

「昨日ですね。まだ、町のこととか何も分かってません!」

 唯我の元気な様子に教師は微笑む。

「君は新人類だから利口にしてれば大丈夫だろうけど……まぁ、気をつけてね……」

 含みのある言葉に疑問を抱いた。しかし、特に気にした様子のない教師は「ここが君のクラスだ」と教室の前で止まった。教室のクラス札には『2-2』と書かれていた。

 教師が先に入って軽く話をした後、教室に入る。唯我から見たクラスの第一印象は『大人しそう』だった。

「どうも! 大門唯我です! 親の転勤で文楽町に来ました! 転勤多くて友達少ないので仲良くしてください!」

 上部だけの薄っぺらい拍手の後、一番後ろの窓際から二列目、空いている席に座る。軽いホームルームの後、唯我はすぐに隣の生徒に話しかけた。

「やぁやぁ、キミ名前は? 俺の名前は大門唯我」

 隣は黒縁の眼鏡をかけた陰気そうな男子生徒だった。前髪の隙間から暗い瞳が覗いている。

「さっき聞いたよ。井堂音也いどうおとや……よろしく」

 音也は名乗るとすぐに視線を手元に戻してしまう。

「音也ね、覚えた。音也、今日お前んち遊びに行ってもいい?」

「……距離の詰め方おかしいよ、君」

 二人が話していると間に割って入る人間がいた。

「よう、唯我って言ったか。俺は高田たかだ哲夫てつおってんだ。親交を深めにジュースでも買いに行かねぇか?」

 哲夫は身長二メートル、それでいて細身に見えず、鋭い目つきで制服もかなりラフに着ており、威圧感のある見た目だった。

 唯我は哲夫が喋った瞬間、クラス全体が緊張に包まれたのが分かった。もちろん、それは音也も例外ではない。

「んー、行こう! 早くしないと授業始まっちまう!」

 唯我は哲夫について教室を出た。

「お前らも行くの?」

 唯我の後ろについてきた二人に尋ねるとニヤニヤして頷いた。

 黙って哲夫についていくと、人気のない校舎裏に着いた。唯我はそこで自販機らしきものを探すがどこにも見当たらない。

「おい、自販機ねぇじゃん〜」

 唯我が不思議がっていると、哲夫が邪悪な笑みを浮かべて唯我の胸ぐらを掴み上げた。

「おい、転校生。選ばせてやる。俺たちの仲間になるか、ぶちのめされた後、三年間下向いて歩くか」

 意味がわからず状況を整理していると、哲夫が唯我の頭を殴りつけた。しかし、唯我は全く痛がる様子を見せない。

「てめえが新人類だってことはわかってんだよ! 早くしろ! 新人類側おれたちについて楽しい学校生活送るか、旧人類側あっちについてヒーロー気取りのボロ雑巾になるか、選べ!」

 ようやく状況を理解した唯我は取り巻きたちを横目で確認する。相変わらず、楽しそうにニヤニヤしている。

 唯我は哲夫の手首を掴むと、そのまま握り潰した。

「あがっ……ウガャィァァァァァァァッ!」

 解放された唯我はわざとらしく制服を払うと三人を睨みつけて言った。

「くだらねぇことで時間使わせんな」

 次はこれくらいじゃ済まさねぇ、と吐き捨てると唯我は教室に戻っていった。

「殺す殺す殺す殺す……ッ!」

 マグマのような表情を浮かべる哲夫に取り巻きが怯えている。そんな一連の様子を影から見ている者がいた。

 なんでもない普通の高校に波乱が起きようとしていた。

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