奇襲

 ――そもそも、共和国人はレソン人と人種的に同一であり、言語も同じである。


 ――ゆえに、我々はかの国に暮らす人々を解放し、独立させる義務がある。


 ――これは、共和国で不当な貧しさに苦しむ同胞を救うための戦いなのだ。


 この戦争が始まった際、偉大なる皇帝が行った演説の内容を要約すると、このような形になるだろう。

 しかし、開戦当初ならばいざ知らず、現在、そのお題目を頭から信じている者など存在すまい。


 何しろ、ここへ来るまで目にしてきた共和国の民家は、食料も家電も豊富に備わっており……。

 明らかに、故郷での自分たちより暮らしぶりは良さそうなのだ。


 そして、そんな事実を知ることができたのは、自軍の兵士たちにすら不意打ちで開戦した結果、物資の供給が遅れに遅れ、現地調達という名の略奪を働いたからなのである。


 正義も、大義もなき戦争……。

 自分たちが解放者ではなく、侵略者であることを、全ての帝国軍人が察していた。

 さりとて、皇帝の命は絶対であり……。

 今日もまた、共和国攻撃の任務を果たさねばならないのであった。

 例えば――この小さな平原に展開している、ロケット砲システムを用いた砲撃のような。


 周辺を森林に囲まれた中、多連装の地対地ミサイルを搭載した軍事車両がずらりと並んだ光景というのは、壮観の一言である。

 事実、その機動性と攻撃力は圧倒的であり……。

 この車両式砲撃システムが開発された二十世紀末から現在に至るまで、変わらず運用されていることが、信頼性と実績を雄弁に物語っていた。


「なあ、中将閣下の言っている通り、これで敵の地下基地を吹き飛ばせるのかな?」


 自分と共に、この陣地で防衛任務に就いているトミーガンの一機から、そのような通信が入る。


「無理じゃないかな。

 賭けたっていいぜ」


 しかし、それに対する自分の返答はそっけもないものであった。


「でも、ここだけじゃなく、三方向から同時に撃ち込むんだぜ?

 もし、首都の宮殿に発射したなら、更地になっちまうだろうよ」


「我が国の宮殿に撃ったならば、な。

 だが、あの街は最初からこっちの攻撃を想定して整備されている。

 地下深く潜ったモグラを叩き出すには、これだけじゃ発破が足りんだろうな」


 不敬とも取れる言葉は聞き流し、自分の考えを述べる。


 ――もし、あの見栄だけで造られた成金の城に、これだけのロケット弾を浴びせたなら。


 さぞかし、豪快に崩れ去るだろうと思いながら。


「なんだ、詳しいんだな?」


「実家が建築屋だからな。

 だから、耐震性や構造強度についても学んでいる。

 そこへいくと、ロベに造られた地下壕は相当なもんだ。

 そもそも、砲撃で破壊できるなら最初に実施した時点で壊せているさ。

 お前も見ただろう? あの砲撃の雨を」


 当時の光景を思い浮かべながら、話す。


 ――鉄の雨アイアンレイン


 あれは、その言葉こそがふさわしい光景であった。

 一斉に放たれた炎の矢が、次々とロベの街へ降り注いでいく……。

 当然ながら、発射地点から着弾地点であるロベの惨状を確認することはできなかったが、廃墟が並ぶ地表部を哨戒しただけでも当時の状況は想像できる。


 神は人に、創造の力を与えたもうた。

 しかし、それは破壊にも転用可能な力であり、一度ひとたび、その目的で行使したならば、あれだけのことができてしまうのだ。


 だが、目的をもって破壊するならばまだいい。

 自分たちを指揮するあの将軍は、仕事をしているというアピールのためだけに、この効果が見込めぬ砲撃を実施しようとしているのだ。

 ロケット弾一発がいくらするのかは知らないが、その金を使えば、国内で貧困にあえいでいる層もいくらか救えるだろうに……。


「やめだやめだ。

 考えてると、バカらしくなってきた。

 適当に仕事やって、給料もらって飯にありつければ、俺は満足だわ」


 最初に言っていた、戦果を期待するような言葉はなんだったのか……。

 急に関心をなくした戦友へ、苦笑いを浮かべる。


「ああ、そうだ。

 俺たちみたいな末端の兵士は、そのくらいでちょうどいい。

 まあ、死地に送り込まれないよう、気をつけるくらいはするがな」


「ちがいない」


 同意の言葉を返した戦友と、笑い合った。

 それが彼と交わした、最後の言葉だったのである。


 ――ドゥゥゥンンン!


 トミーガンの音響センサーが、聞き慣れた機兵用三八式突撃銃の砲声をキャッチした。


「うあ――」


 同時に響いたのは、たった今まで会話していた戦友の悲鳴。


「どうした!?」


 すぐさま警戒体制に入りつつ、僚機の姿を確認する。

 この砲撃陣地では二個の戦人センジン小隊――合計六機のトミーガンが防衛任務に就いていた。

 少々安直な陣形であるものの、各トミーガンは、展開したミサイル車両を等間隔で囲うように布陣していたのである。


 悲鳴を上げた戦友が担当していたのは、砲撃陣地の南西方面であり……。

 トミーガンのカメラは、そこで擱座かくざしている僚機の姿を捉えた。

 仰向けに倒れた機体は、コックピットブロックを横合いから撃ち抜かれており、パイロットが即死したことは疑う余地もない。


 断末魔としては、あまりに短く、あっけないものであった。

 しかし、戦場での死というものは、おおよそ、そのようなものなのである。

 そして、一瞬でも次の行動が遅れれば、今度はそれが自分に降りかかるのだ。


「――攻撃を受けている!」


 他の仲間に通信を飛ばしたのと、自機をしゃがませたのは同時のことであった。


 ――ガ!


 ――ガガン!


 次いで、衝撃がコックピットを揺さぶる。

 トミーガンのダメージコントロールシステムは、左腕が根本から吹き飛んだことを知らせていた。

 上等である。

 死ななかったのならば……!

 そして、トミーガンのパワーならば、片手でもライフルを使用可能なのだ。


 ――ドゥゥゥンンン!


 今度は、自機の保持する機兵用三八式突撃銃から砲声が鳴り響く。


 標的を捉えての射撃ではない。

 牽制を兼ねた、めくら撃ちである。

 撃ち放たれた成形炸薬弾は、奇襲者が潜んでいると思わしき森の中へ吸い込まれていった。


「ちっ……」


 舌打ちしたのは、手応えを感じなかったからである。

 例えマシーンを介した攻撃であろうとも、人を殺した瞬間には、奪った魂の重みが感じられるものなのだ。

 そして、その勘働きは正しいものであった。


 ――ザウッ!


 と、鋭い足音を響かせながら、襲撃者が森から飛び出してきたのだ。


戦人センジン!? 新型か!?」


 思わずそう叫んでしまったのは、襲撃してきた機体が既存のあらゆる機種とかけ離れたシルエットをしていたからである。

 トップクラスのアスリートを思わせる均整の取れたボディに、四つ目の頭部を備えた戦人センジン……。

 細身な見かけ通り、その動きは俊敏なものであり、瞬く間に自機との距離を詰めてきた。


「くっ……」


 息を吐き出しながら、トミーガンに全力で行動させる。

 三点射で放たれた敵の砲弾は、回避行動した自機の脇腹をかすめ飛んでいった。


 相手の攻勢は、それだけに留まらない。

 滑るような動きでこちらに接近すると、手にしたライフルの銃床じゅうしょうで殴りつけてきたのだ。


 ――ゴガンッ!


 その一撃はトミーガンの頭部に直撃し、機体そのものすらも激しく揺さぶった。

 スマートな体型をしていながら、運動性能のみならず、単純な馬力でもこちらを上回っているのが伝わってくる。


「――カメラが!」


 今の衝撃で、メインカメラが損傷したのだろう……。

 モニターの映像が乱れ、視界のほとんどを奪われた。

 ただ、乱れた映像の中で、敵機が左腰の銃剣を引き抜く姿は見える。


 その刃は分子レベルで高速振動しており、突き立てられたならば装甲をたやすく貫通し、自分にまで届くだろう。

 死を覚悟したその瞬間、しかし、正体不明の敵機は素早く横に飛び、こちらと距離を取った。


 ――ドゥゥゥンンン!


 一瞬前まで敵機がいた場所を通過したのは、味方機の放った砲弾……。

 間一髪のところで、自分は救われたのだ。

 獣のような俊敏さで距離を取った敵機が、引き抜いた銃剣をライフルに装着する。

 こちらに飛び込んでの、白兵戦を狙っているのだ。


「大丈夫か!?」


「後は任せろ!」


 駆けつけた味方機が、次々とライフルを撃ちながら自機の周囲を囲う。

 だが、発射された砲弾は――当たらない。

 敵は、地を這う狩猟動物のような動きで右に左にと激しく動き回り、こちらに狙いをつけさせなかった。


「俺も――」


 助けられてばかりでは、いられない。

 モニターの乱れに負けず、果敢な射撃を繰り出そうとしたが……。


「動かんのか!?」


 言うことを聞かない機体に、苛立ちの声を上げる。

 脇腹をかすめた砲撃が原因か、それとも、頭部に受けた打撃がまずかったか……。

 トミーガンの駆動系は致命的な損傷を受けていたらしく、右腕を持ち上げることすらかなわなくなっていたのだ。

 がくりと力の抜けた機体が、ただ立ち尽くす。


「は、早すぎる!」


「化け物か!?」


 メインカメラは、かろうじて映像を映し出しており……。

 複雑な回避運動を織り混ぜながら接近した敵機が、僚機へ銃剣を突き立て、あるいはそれを振るい、切り裂いていく姿が確認できた。

 そして、四機のトミーガンは、敵機に傷一つ与えられないまま撃破されていったのである。


「うっ……」


 数的不利をものともせず、最初の一機以外は全て白兵戦で仕留めた敵機が、こちらに頭部を向けた。

 四つものカメラアイに加え、マシーンには不要な口部クラッシャーまで備えたその顔立ちは、凶悪な魔獣そのものである。

 戦友たちと同様、自分も名も知れぬ鋼鉄の獣に殺されると思い、奥歯を噛み締めたが……。


「なにっ……!?」


 謎の戦人センジンは、あっさりとこちらから視線を外し、ミサイル車両の方へと跳躍したのであった。

 その跳躍力も、到底トミーガンの及ぶものではなく……。


「だ、駄目だ!」


「助けてくれ!」


「本部へ! こちらは攻撃を受けている!

 護衛の戦人センジン二個小隊は全滅!

 繰り返す――」


 通信機に、砲兵たちの悲鳴や本部へ助けを求める声が響き渡る。

 しかし、動けない機体へ乗ったパイロットに、何ができるものではなく……。

 ただ、震えながら戦友たちの断末魔を聞くしかなかった。


 もっとも、震えていた理由は恐怖を覚えたからではない。

 怒りと、屈辱によって震えていたのである。


 確かに、稼働不能となった戦人センジンなど、なんの驚異でもない。

 また、奇襲をかけた敵パイロットからすれば、一分一秒を争う状況であり、動けなくなった機体に構っている余裕などないだろう。


 しかし、そんなものは理屈だ。

 いかなる理由があったにせよ、戦うにもあたいしない相手と見なされることは、戦士としてこの上ない屈辱なのである。

 命が助かったらしい安堵感に勝る感情を、人間は持ち得るものなのだ。


 そうやって怒りに打ち震えていると、不意に静寂が訪れた。


「……終わったのか」


 コックピットハッチを開こうとしたが、装甲が歪んだのだろう……半開きに留まる。

 それでも、どうにか人一人通り抜けるくらいの隙間はあったので、苦労しながらも狭苦しいコックピットを脱出することに成功した。


「……ひどい」


 役に立たないと理解しつつも、本能的な武器への依存心から拳銃は手にしつつ、現状を確認する。

 動けないトミーガンでは、メインカメラを向けることすらできず、ただ、通信機越しの悲鳴や断末魔から状況を推し量るしかなかった。

 そして、実際目にしたその光景は……。


 ――全滅。


 ……の、一言で表すしかないだろう。

 防衛に就いていたトミーガンは、自分の機体を除き全てがコックピット部に致命的な攻撃を受けており……。

 防衛対象であるミサイル車両も、全てが破壊され、鉄屑と化している。

 撃破された車両から立ち上る炎は、同胞の無念さが具現化したかのようであった。


 生き残りは、自分を含めてわずか。

 皆が皆、呆然と立ち尽くしていた。

 何をするべきかは分かっている。

 しかし、それを実行に移す気力がないのだ。


「――くそっ!」


 戦人センジン小隊の生き残り――カルナ・ルーベンス少尉は、怒りのまま、手にした拳銃を地面に叩きつけるのであった。

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