商品

 くたくたの野戦服は、清潔という言葉の対極に位置する有様であり……。

 ヒゲは伸び放題となっており、顔からも深い疲労が見て取れる。

 それでもなお、両の瞳がぎらぎらと輝いているのは、彼の戦意が衰えるどころか、ますます盛んに燃え上がっていることを示していた。


 ――ボリン中将。


 この第二〇三地下壕及び、内部に立て籠もる第七師団を預かる指揮官である。

 中将という階級に見合わないくたびれた装いは、この地下壕と共和国が置かれた窮状を端的に表しているといえた。


 それにしても、だ。

 実質の基地である地下壕内とはいえ、彼ほどの高級将校が部下も伴わず歩いているのは、少しばかり異常な光景である。

 しかし、訪れたのは整備ドックの一画……。

 部下たちが『小学校』と呼んでいる、ビニールシートで仕切りがされた区画であった。


 そのことを思えば、彼が部下を連れていないことにも納得がいく。

 この区画は、地下壕内における治外法権地帯――マスタービーグル社の領土と呼ぶべき場所であり、そこでの用事など、部下に知られたいはずもないからだ。


「………………」


 無言のままビニールシートをはねのけ、『小学校』内部に足を踏み入れる。

 まず目を引くのは、タイゴンというあの新型機のため特別に用意された整備用ハンガーであった。

 三基のハンガーは、ただ戦人センジンを直立保持するだけでなく、各部に収納されたマシンアームで整備をサポートしてくれる優れものである。


 次に目を奪われたのは、専用ラックに保持された戦人センジン用武器の数々であった。

 代表的な装備である、機兵用三八式突撃銃を始めとして……。

 ついに実戦テストまでこぎつけたというビーム兵器や、見るからに強力そうなロケットランチャーなど、今のボリンにとっては目の毒ともいえる品々である。


 これらは、実戦テストを兼ねた商品PRのため、マスタービーグル社が持ち込んだ試作品であり……。

 どれだけ望もうとも、ボリンでは……ひいては、共和国の財力では決して手に入れられない品々であった。


 ――たかが三機の試作機では、決して使い尽くせないであろう武器。


 ――もし、我が師団のトミーガンに回してくれたならば、どれだけ戦いが楽になるだろうか。


 詮無きことと知りつつも、ついついそんなことを考えてしまう。

 もちろん、戦人センジンの武装とは五本の指さえあれば扱えるというものではなく、真価を発揮するには相応のハードスペックが要求される。

 しかし、これだけの種類があるのだから、現行機であるトミーガンにアジャストする装備もあるはずなのだ。


 ――ないものねだり、か。


 首を振ってその場から立ち去る。

 商人が金のない者を相手にしないのは、人類が宇宙へ進出する前から続くことわりであり……。

 それを思えば、三機もの新型機を無償で投入してくれるというのは、望外の幸運なのだ。

 例え、投入してくれたその理由が、共和国軍人として屈辱的なものであったとしても……。


 整備ドック内にふさわしい光景へ別れを告げ、『小学校』内部へさらに踏み込む。

 すると、そこにはマスタービーグル社のスタッフが寝泊まりするための仮設住居が立ち並んでいた。

 貨物コンテナを改造することで作られたそれも、本来の定員数を大幅に越えた地下壕内の居住ブロックよりは、遥かに快適な生活ができるにちがいない。


 そんなコンテナ住居の一つ……。

 ワンを始めとするスタッフが仕事に使うそれへ向かい、インターホンを鳴らす。

 自分の姿をカメラで確認したか、すぐにドアは開かれた。


「これはこれは、中将殿。

 アポイントもなしに、どのようなご用向きですかな?」


 ワンを名乗る正体不明のチーフが、分かりきっていることを尋ねてくる。


「例の件、進行状況がどのようなものか、どうにも気になってな」


「こちらへ」


 例の件――敵の砲撃阻止について聞くと、彼は内部へと誘ってくれた。


「気にせず、仕事を続けてくれ」


 内部で仕事をしていたスタッフたちへ、ワンが告げる。

 しかし、そもそもここで働いているのは根っからの技術屋と呼ぶべき顔をした者たちであり、そう告げるまでもなく、自分という訪問客の存在へ顔を上げることすらしていなかった。


「大したものだな。

 元が貨物コンテナだったとは思えん」


 内部を見渡し、そのような感想を告げる。

 限られた空間を効率よく使うべく、コンテナ内部は無数のモニターや計器類で埋め尽くされており……。

 しかも、それら一つ一つが最新鋭の機器であるらしいことが、ボリンにもうかがい知れた。


「これでも、まだ不足しているくらいです。

 最高の仕事をするには、最高のスタッフと最高の環境が必要不可欠ですから」


 ワンが自分のものらしい椅子を差し出すが、それは片手を上げて固辞する。

 モニターとにらめっこするスタッフたちに囲まれながら、立ち話をする格好になった。


「それで、どうかな?

 作戦の進捗状況は?」


「想定外のことが発生し、当初の計画が破綻したと知れたところです」


「なんだと!?」


 さらりと吐き出されたその言葉に、驚きの声を上げる。

 司令官としてその存在を面白くは思っていないものの、これまで上げてきた戦果は評価していたし、また、今度もなんの問題もなく果たしてくれると信じきっていたのだ。


「どういうことかね?」


「端的に述べますと、タイゴンの出撃を読まれていたのです。

 これまで、いささか派手に暴れさせ過ぎましたな」


 ワンの方はといえば、肩をすくめて涼しげな表情である。

 それは、あのいたいけな少女たちを戦場へ……しかも、不測の事態が起きたというそこへ向かわせた者の態度とは思えず、ボリンを苛立たせた。


「読まれて、どうなったのだ?」


「本社から送られた情報によれば……」


 ワンが、傍らのデスクに置かれていた端末をいじる。

 すると、手近なモニターにここロベを中心とした地域の地図が表示された。

 表示された内容の意味が分からぬ、ボリンではない。


「かつてここを砲撃した平野部は使わず、部隊を分け複数箇所からの砲撃に打ってでたか」


「そういうことです。

 相手方も、うちから武器を購入することで作戦がバレるのを読んでいたわけですな」


 これまで、三機のタイゴンは相当数のレソン機を撃墜してきた。

 撃破された機体の残骸から、共和国側がマスタービーグル社の支援を受けていることは筒抜けであろう。

 その状況で、マスタービーグル社から大規模に兵器を買い付ければ、作戦内容が推測されてしまう……。

 あの無能なヴィーターでも、そのくらいは思いついたらしい。


「それで、タイゴンは……。

 例のお嬢さん方は、どうしている?」


「さて……。

 何しろ、無線は封鎖しておりますので」


 またも肩をすくめながら、なんでもないという風に告げるワンの姿を見れば、さすがに眉をひそめたくもなる。


「君、心配ではないのかね?」


「心配せずにすむよう、日頃から訓練をしてきています」


「だとしても、だ。

 人工的に造られた存在とはいえ、彼女らは年端もいかぬ娘なのだぞ」


「もし、ヒューマニズム的な観点からおっしゃっているのであれば、心外であると申し上げましょう。

 その年端もいかぬ少女らの働きによって、敵軍を大いに押し留められていることをお忘れなく」


「ぐぬっ……」


 そう言われてしまえば、返す言葉もないのがボリンの立場だ。

 無論、師団の戦人センジンとてそれなりの戦果は上げている。

 しかし、彼女らのそれと比べ物になるかと問われれば、首を横に振るしかなかった。


「よいですか?

 あえて、圧倒的劣勢にある貴国を支援することで、弊社は新兵器の有用性を証明しつつ、小うるさい人道主義者に対しカウンターとなる実績を得られる。

 そして、貴国は戦況を好転させるためのきっかけを得られる。

 これは、互いに利のある取り引きなのです」


「……分かっている」


 拳を握りしめながら、絞り出すようにそう答える。

 ボリンは、ワンが言うところの小うるさい人道主義者に属する人間だ。

 しかし、あの少女らが駆る新兵器により、自国の民と兵の犠牲が激減するというのであれば、道徳を売り払う他になかった。

 自分は、共和国の……しかも、中将という立場にある軍人なのだ。


「それに、そもそもどうでもいいではありませんか?」


「どうでもいい、だと?」


「そうですとも」


 ワンが、再び端末を操作する。

 今度、画面に表示されたのは、帝政レソンへ販売したと思しきロケット砲システムのスペックであった。


「これは今回、あちら方にご購入頂いたロケット弾のスペックですが……。

 製造元として、保証しましょう。

 向こうが仕入れた倍の数を撃ち込んできたとしても、この第二〇三地下壕を破壊することはできませんよ」


 サングラスの裏に隠れた瞳を、うかがい知ることはできない。

 しかし、ワンが本心からそう思ってはいないことを、ボリンは見抜いた。

 中将とは二万人以上もの兵を従える階級であり、伊達や酔狂でなれるものではないのだ。

 もっとも、帝政レソンのように世襲がまかり通っていなければ、という注釈はつくが……。

 だから、ワンも思っているであろうことを言葉にしてやる。


「この地下壕へ避難してきた民間人のことを考えれば、放置することはできん。

 ヴィーターが提案したであろう税金の無駄遣いともとれる攻撃は、戦果そのものは上げずとも、全くの無意味ではないということだ。

 奴の思惑とは反するだろうが、な」


「とにかく結果を残したいあちらの中将が聞けば、きっと喜ぶでしょうな。

 もっとも、仮に砲撃が成立したとして、向こうが目にするにはより細かくなった街の瓦礫がれきだけでしょうが」


 ――仮に砲撃が成立したとして。


 その言葉に何やら含みを感じ、ワンの顔を見やった。

 すると、彼はサングラスのふちをなぞりながら、思い出したように口を開いたのである。


「いえね。来ないんですよ」


「来ない、とは何がかね」


「彼女たちが、です」


 そこまで言うと、視線も出自もサングラスの奥に隠した男は、デスクの端に腰かけた。


「想定通りに作戦が進行していた場合、タイゴンの足ならばとうに現地との往復を果たせています。

 にも関わらず、いまだ彼女たちは帰投していない。

 ここから考えられる結論は、一つです」


 そう言ったワンは、またも端末を操作し、先ほどの地図を表示させる。


「彼女らは事前のニュースやロケット砲システムのスペックを照らし合わせ、独自に変更された砲撃実施地点を推測。

 そのまま、奇襲を続行したのではないでしょうか。

 もっとも、確認する方法はありませんが。

 こちらから通信を入れてキャッチされたりすれば、彼女らの現場判断を無駄にしてしまいますから」


「あんな小さな娘たちが、自分で判断したというのか?」


「より正確に述べるならば、おそらくレコが判断したのでしょうがね。

 現場で判断できるだけの教育は施していますし、いざという時に自分たちで判断し行動できるだけの裁量権も与えています。

 彼女らは、あれでなかなかしっかりしているのですよ」


「それで、どう見る?

 現場判断での奇襲……成功する見込みはあるのかね?」


 サングラスに隠れた瞳をうかがい知ることはできない。

 しかし、ワンは自信ありげな笑みを浮かべてみせた。


「時間から考えても、三機別れての行動になるでしょうが……。

 まあ、まずもって問題はないことでしょう」


「……大したものだ」


 先ほどは固辞した椅子に座りつつ、うなる。


「あのように幼き少女たちが、しかし、我が軍の誰もかなわぬ優秀な兵士というわけだな」


「ああ、中将殿。

 それに関しては、ひとつ訂正させて頂きたい」


「何かね?」


 尋ねると、ワンはこう言ったのだ。


「彼女らは、兵士ではありません。

 弊社が自信を持ってオススメする、優秀な商品です」

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