未来の戦争ではJSが機動兵器を駆っている

英 慈尊

第一話 ジャストソルジャー

プロローグ

 惑星タラントといえば、数多く存在する入植惑星でも有数の穀物生産地として有名な星であり、初夏を迎えようというこの季節、本来ならば小麦畑は金色こんじき絨毯じゅうたんと呼ぶべき景色を見せているはずである。


 しかし、広大な小麦畑は実りがないどころか、手入れすらされていない。

 ばかりか、まるでハチの巣のようにそこら中がえぐれていて、もはや畑としての用を成さないことは明らかであった。


 この星のみならず、周辺の植民惑星へ豊かな実りを届けるはずだった小麦畑に穿うがたれた無惨な穴の数々……。

 その正体は――砲弾こんである。

 遥か遠方から撃ち放たれた無数の砲弾が、トラクターの代わりに土を巻き上げ、二度と使い物にならぬよう破壊し尽くしたのだ。


 だが、破壊されたのが畑だけであったのならば、まだ幸いであったと言えるだろう。

 破壊の手は、穀倉地帯近くの大都市――ロベにまで及んでいた。


 宇宙港を有し、かつては星間交易の重要拠点として栄えたロベ……。

 今、この街を見てかつての繁栄を思い出せる者は存在しないだろう。


 都市の象徴ともいえる宇宙港は滑走路からターミナルに至るまで、軒並み爆破されており、もはや瓦礫がれきの集積地と呼ぶべき姿を晒している。

 都市部の建築物も多くが損壊して内部を露出させており、道路には無数のコンクリート片や粉々のガラスが散らばっていた。


 物流拠点から一転、廃墟と化したロベの街……。

 今、ここを闊歩するのはビジネスマンでもハイソサエティーでも、ましてやホームレスのたぐいでもない。


 ――巨人だ。


 全長四メートルはあろうかという鋼鉄の巨人が、関節部のモーターから駆動音を鳴り響かせ、元は集合住宅やオフィスビルだった残骸を踏み荒らしているのだ。


 その巨人を一見したならば、もしかしたならば玩具めいた印象を受けるかもしれない。

 何しろ、全体的なシルエットこそ人型ではあるものの、どうにもずんぐりむっくりとしたデザインはいささかデフォルメが効きすぎてしまっており、見ようによっては愛嬌のようなものすら感じられてしまうのである。


 しかし、物知らぬ子供であるならばともかく、ある程度以上の年齢に達した人間が彼らを見てそのような感想を抱くことはあるまい。


 なぜならば……この機械人形こそは現代戦の主役であり、死と破壊を振りまく兵器であるのだから。


 ――戦人センジン


 ……これなる兵器の通称である。

 有人式人型戦車として開発された本兵器の装甲材は、あらゆる電波を遮断することが可能であり、加えて人型由来の踏破とうは性と火器選択の幅広さを持つことから、今や銀河系全域に普及していた。


 その戦人センジンが、三機……。

 背後を僚機に委ねながら、廃墟と化した街のメインストリートを歩んでいる。

 三機とも、頭部が大昔のブラウン管テレビのような形状をしているのが特徴であり、マスタービーグル社のベストセラー機――トミーガンであると知れた。

 それぞれが手にしているのは同型のアサルトライフルであり、30mm口径のこれを撃ち放ったなら、周囲の廃ビルはますます細かな瓦礫がれきへと変じるにちがいない。


 戦人センジンたちの歩き方は、ひどく慎重なもので、油断なくテレビじみた頭部を周囲に向けていることから、これは敵の攻撃を警戒しているのだと知れる。

 それもそのはずだろう。

 確かに、このトミーガンたちが所属している国家――帝政レソンの猛烈な砲撃により、ここロベは廃墟の街と化した。

 しかし、だからといって、ここがレソンの勢力圏となったわけではないのである。


 いや、むしろその逆だ。

 故人は言った。窮鼠きゅうそ猫を噛むと。

 手負いの獣こそ最も恐ろしい存在であり、ロベは占領されるどころか、ここを廃墟としたレソン軍すら思いもよらなかった激戦地に成り果てていたのである。


 都市占領に必要不可欠な歩兵が見当たらぬのがその証左で、レソン軍は戦人センジンを投入することにより、少しずつこの地へ浸透することを余儀なくされていたのであった。

 もっとも、それが上手くいっていないのは、三機のトミーガンが見せる怯えの挙動を見れば明らかであったが……。


 何しろこの三機、手にしたライフルの銃口はせわしなく向きを変えており、ブラウン管テレビのような頭部も右を見たり左を見たりと、忙しいことこの上ないのだ。

 全方位警戒といえば聞こえはいいが、その姿は捕食者の影に怯える草食動物そのものなのである。


 では、三機もの戦人センジンを怯えすくませている存在とは、何か?

 その答えを告げたのが、廃墟と化したシアター内部から放たれた一条の光であった。

 ただの光ではない。

 重金属粒子を収束及び加速させることで生まれた、破壊の光なのだ。


 それがどれほどの威力を誇るか、語る必要はあるまい。

 なぜならば、人間でいうところの脇腹にこれを受けたトミーガンの装甲がたちまち溶解し、そのまま光の貫通を許したからである。

 光が通り抜けた中にはコックピットブロックも存在しており、この機体を操縦していたパイロットの末路を想像することができた。


 直撃を受けた一機が擱座かくざするのと、生き残った僚機が銃口をシアターに向けたのは同時のことである。

 だが、襲撃者の動きはそれよりも遥かに速かった。


 ――ザウッ!


 かろうじて現存していたシアターの外壁を内から突き破った何かは、トミーガンらのライフルが向けられるよりも早くその懐へ潜り込み、凶刃を振るっていたのだ。

 しかも、振るわれた刃は一つではない。

 左右に、一本ずつ。

 二刀流で振るわれたその刃は、サムライが用いたというカタナによく似ていた。


 しかし、その切れ味は比較にならない。

 分子振動する刃を備えたそれは、縦横無尽に振るわれると、眼前の一機を文字通り八つ裂きにしてしまったのである。

 バラバラとなったトミーガンからこぼれ落ちる液体には、オイル類とは明らかに異なる赤いものが混ざっていた。


 これで、残るトミーガンは――一機。

 ただ一人の生き残りとなったその機体は、戦友を惨殺した何者かに手にしたライフルを向けようとしたが……。


 ――ズガガッ!


 それがかなうことは、なかった。

 シアターに開いた穴から放たれた数発の銃弾が、横合いから直撃したからである。

 その攻撃は、トミーガンの稼働能力を奪うに十分なものであり……。

 三機からなるレソンの戦人センジン小隊は、ここに全滅したのであった。


 両手にカタナを握った襲撃者が、撃破されたトミーガンらをゆっくりと見下ろす。

 その全長は、やはり四メートルほどであり……。

 鋼鉄の装甲で全身を固めていることから、戦人センジンであることがうかがい知れる。

 しかし、スクラップと化し転がる三機とその機体とを見比べて、同一カテゴリーの兵器であると断じるのは困難であろう。


 まず、シルエットからしてちがう。

 四メートル級の人型内部へ重要機関やパイロットを収めねばならぬ都合上、トミーガンはずんぐりむっくりとした、どこかデフォルメの効いた体型をしている。

 ひるがえって、襲撃してきた戦人センジンを見やると、そのフォルムは、プロの陸上選手と比べてもそん色ないスマートなものであり……。

 果たして、どこにパイロットを収納しているのか、戦人センジン乗りであるならば首をかしげるにちがいない造りなのだ。


 さらには、頭部の形状もまるでちがう。

 トミーガンのそれが生産性を重視した、いかにも簡易なデザインであるのに対し……。

 こちらの機体は、四つものカメラアイに本来不要なはずの口部クラッシャーまで備えた、凶悪極まりない面構えをしていた。

 全身は漆黒に染め上げられており、独特なデザインの頭部と合わさって、どこか趣味的な格好良さの感じられる仕上がりとなっている。


 総じて、トミーガンなどとは次元が――ちがう。

 両者の間には、プロペラ機とジェット機ほどに完成度の差があるのだ。

 もはや、兵器としての世代そのものが異なるといって過言ではないだろう。


 そんな、次世代の戦人センジンは単独で襲撃をしかけたわけではない。

 トミーガンと同じように、三機からなる小隊を組んでいた。

 では、残る二機がどこに潜んでいたかといえば、一機は廃墟と化したシアターの内部から……。

 そして、最後の一機は数百メートルは離れた廃ビルの屋上から疾走して合流を果たしたのである。


 それにしても、その運動性能ときたら……。

 駆動部の電磁筋肉はほぼ無音で稼働しておきながら、圧倒的な馬力を誇っているようであり、数百メートルの距離を短距離走じみたタイムで駆け抜けてみせた。

 鋼鉄の塊でありながら、カモシカじみた軽やかな動きで合流した機体はいかにも狙撃へ適した長大なライフルを携えており……。

 シアター内部から二刀流の僚機を援護したとおもしき機体は、トミーガンと同型のアサルトライフルを手にし、腰には銃剣として使用可能なナイフを装着している。


 してみると、カラーリング含め本体そのものにちがいの見られない三機は、近・中・長の各距離に特化した武装をしているようだ。

 合流した三機は、向かい合うように立っていたが……。


 ――バクン!


 ……と、いう音と共に全機の胸部装甲が開かれた。

 そこから、這い出すようにして出てきたのは、これを操縦していたパイロットたちであったが……。

 その姿を見れば、誰もが驚愕きょうがくすることであろう。

 上下に開かれたコックピットハッチの下方を足場にして立ち上がったパイロットは、あまりにも背丈が小さい。

 いや、それどころか、体にピタリとフィットするパイロットスーツに包まれた体つきは、あまりに未成熟であり、しかも、女性的な柔らかさが感じられるのだ。


 ハッチ上で向かい合った三人のパイロットが、一斉にヘルメットを脱ぐ。


「やったあ! 三機撃墜!

 ワンさん、誉めてくれるかなあ?」


 そう言いながらヘルメットを脱いだのは、二刀流の機体に乗っているパイロットである。

 金色の髪はセミショートで整えられており、猫科の幼獣を思わせるかわいさと人懐っこさが同居した顔立ちをしていた。


「もう……。

 ナナは、いつもそれね」


 溜め息混じりにそう言ったのは、狙撃用のライフルを手にした機体のパイロットだ。

 こちらは、艶やかな黒髪をまっすぐに伸ばしたストレートヘアーであり、将来は、ヤマトナデシコという言葉がふさわしい美人になるであろうと思わせる。

 少しきつい印象を受けるのは、真面目さの表れであろうか。


「えー!?

 レコちゃんだって誉めてもらいたいでしょー?

 ねえねえ、ララはどう思う?」


 ナナと呼ばれた少女に尋ねられたのは、アサルトライフル装備の機体に搭乗しているパイロットである。


「う、うん。

 わたしも、ワンさんに誉めてもらえたら嬉しいかな」


 はにかみながら答えたララというパイロットは、三人の中では最も年齢相応の雰囲気をまとった少女だ。

 ブロンズの髪は、後頭部で二つ結びにされており……。

 わずかに頬を赤らめた顔つきの愛らしさときたら、つぼみを開いた花のようである。


 乗機が手にした武器と同様、三者三様の個性を持つ少女たち……。

 共通しているのは、その年若さであろう。

 いや、年若さ、などと表現するのは少々語弊ごへいがあろうか。

 ありていにいってしまえば、幼い。

 三人共、十を越えるか越えないかという年齢なのである。


 当然ながら、通常では考えられることではない。

 確かに、現在レソンに攻められているライラ共和国は圧倒的に寡兵かへいであったが、子供を戦人センジンに乗せるほどきゅうしてはいない。

 そもそも、戦人センジンの操縦というのは高度な教育が必要なものであり、このように幼い女児たちではそれを受ける時間も能力も不足しているはずであった。


 しかし……実際に、彼女らは見るからに最新鋭の乗機を見事に操り、同数の戦人センジン小隊相手に一切の損害を出さず勝利してみせたのである。

 その事実を、信じられぬ思いで受け止めている者がいた。


「それじゃ! 勝利の記念に皆で自撮りしちゃお!

 ほらほら! レコちゃんもララもこっち来て!」


 ナナと呼ばれていた少女が、自機のコックピットハッチに残る二人をいざなう。


「もう……そんなことしたって、ネットに上げられるわけでもないのよ?」


「スクールの子たちには送ってあげられるもーん!

 レコちゃんだって、あの子たちに活躍してるところ見せてあげたいでしょ?」


「そ、それは……そうだけど……」


「わ、わたしも後輩の子たちに送ってあげたいかな……」


 ナナに続き、ララまでもがもじもじしながらそう告げると、レコが盛大な溜め息を吐き出す。


「もう……しょうがないんだから」


 そして、しぶしぶといった様子でナナ機のハッチへ飛び移ったのである。

 続けてララも飛び移り、狭いハッチの上で三人身を寄せ合った状態でナナが自分の携帯端末を構えた。

 構えて、気づく。


「あれ? ララが撃墜した機体のパイロット、生きてるよ?

 ほら、這い出してる」


「わ、本当だ」


 携帯端末の画面端……。

 どうにか、撃墜された自機のコックピットから這い出したレソン軍パイロットが、そこに映し出されていたのである。

 その会話は、幸運にも生き残った彼に筒抜けであり……。

 哀れなレソン兵は、びくりと身を固めた。


「ど、どうしよう!? ワンさんに怒られちゃう!」


「仕方ないから、今トドメを刺しちゃえばいいんじゃない?」


 慌てふためくララであったが、そんな彼女にレコが落ち着いた声で告げる。


「レコちゃんにさんせーい!」


 続けてナナにもそう言われ、ララがこくりとうなずいた。


「う、うん……そうだね!」


 そこからの動きは、速い。


 ――パン!


 ――パン! パン!


 ララは素早く腰の拳銃を引き抜き、レソンのパイロットに向けそれを発砲したのである。

 頭に一発。

 胴に二発。

 戦人センジンのコックピットハッチへ三人身を寄せ合っているという射角の限られた状態であり、拳銃の有効射程外であるにも関わらず、その抜き撃ちはあまりに正確であった。


 這い出していたレソンのパイロットがびくりと身を震わせ、そのまま動かなくなる。

 今度こそ敵小隊が完全に全滅したのを確認して、ナナが大きな声でこう叫んだ。


「それじゃ、今度こそいくよ!

 ……チーズ!」

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