実況!4割打者の新井さん!6
ぎん
これも運命の出会い?
翌朝。
朝食のメニューはひつまぶし。
脂の乗ったうなぎを朝から贅沢に頂いて、お昼まで近くの牧場で乗馬をしたり、アルパカと触れあったりとそんな1日。
2日目の夜は肉祭り。
分厚い和牛ステーキに、しゃぶしゃぶやお鍋など。
そして食後はまた露天風呂に行って、また夜遅くまで燃え上がった。
3日目の朝、旅館をチェックアウトした俺達は、予定通りにその日は東京観光。
背油ギトギトのラーメンを食べて、浅草寺にお参りして、スカイツリーの展望台に行って、銀座で少しばかりお買い物。極めてベタだがそんな遊び方。
事件はその夕方、宇都宮駅に着いた後だった。
「あっ、ちょっとあそこのお店寄りたいかも!」
「ああ、駅前の橋を渡ったあそこね」
みのりん行きつけのお店に向かおうと、駅からテクテクと橋の上を歩いていた時。
「わー!」
「誰かー!」
「時くん。子供の声が聞こえる気が……」
「ん? ほんとだ! ………下か!?」
もしかして、川で子供も流されているのかと、慌てて橋の下を覗き込むと、木の枝のようなものを持った小学3年生くらいの男の子2人が川辺ギリギリのところを走っていた。
その男の子の視線の先。川の真ん中を小さな段ボールに入った子犬がどんぶらこどんぶらことそんな状況。
このままではまずい!子犬が入っている段ボールは今にも沈んでしまいそうで、少し先から川の勢いが強くなるポイントがあるのだ。
気づけば俺は、キャリーバックを手放し、3万円のダウンと、1万8000円のジーンズと、6000円のカーディガンを脱ぐ。
「時くん、行くの? 大丈夫!?」
「大丈夫だ!泳ぎはバッティングより得意だからね」
俺はそう言い残して、橋からダイブ。真冬の川に飛び込んでいった。
まるでマーメイドのように。
水面へ潜り込んだ俺は軽やかな動きで川の中を自由自在。
たっぷりと水を吸い込んだ段ボールの縁に手を掛けて、辺りを見渡しながら慌てる様子の子犬だが周りは逃げ場のない水。
どうすることも出来ない。
ふわふわしたその子犬が、いよいよ冷たい水に浸かり、キャン!!と、甲高い鳴き声があげた瞬間、俺はがっしりとその小さな体を掴んだ。
本能的に俺の右手にしがみつき、震える子犬。
俺は九死に一生を得た小さな冒険者を自慢のイケメンフェイスに乗せて、余裕の背泳ぎ。
「時くん、ナイス!こっち、こっち!!」
みのりんの声がする。昨日、今日は激しいプロレスごっこで1勝1敗でしたけど。
普段は運動不足のその体をぐっと伸ばすみのりんがコンクリートの階段状になっている足掛けから、足を広げて踏ん張りながら手を伸ばす。
膜が破れる心配もありませんからね。高級旅館のシーツは若干汚してしまいましたけど。
そんな、押すなよ!?押すなよ!?の体勢になっている彼女に子犬をパスして、俺もコンクリートの上によじ登る。
「「うおおおっ!!」」
「いいぞ、お兄ちゃん!ヒーローだ!」
「今日の宇都宮のMVPだ!」
などと、橋の上や川岸には野次馬が出来ていて、俺にありったけの声援と拍手を送る。
俺はそんな中、川から上がったわけですから、1人で口からピュー、ピュー!と水を吐き出す、押すなよ!?からの流れであるお約束パフォーマンスをして………。
「USA!USA!USA!」
と、突然激しく連呼した。全員ドン引きである。
「もしかして、ビクトリーズの新井さんじゃないのかい!?」
と、現れたのは割烹着姿のやかましそうなおば様。
胸には、真心和菓子細矢と文字が入っている。
「あなた、立派だけど風邪引いちゃうよ!うちでお風呂入って行きな!」
そう言ってもらえたので、これ以上なくずぶ濡れですので、お言葉に甘えることにした。
川縁を上がると、俺とみのりんのキャリーバッグをコロコロする2人の男の子の姿が。
「大丈夫でしたか?」
と、心配そうな表情。無事ゲットした子犬を男の子達に見せる。
「なんかねー、ちょっと上の橋で遊んでたら流れてきた」
という、そんな証言。
誰かに捨てられてしまったのか、可哀想に。
どこかで段ボールに入れられて置かれていたまま、何かの拍子で川に落ちてしまったということみたいだ。
「この姿はきっと、ゴールデンレトリバーだね」
みのりんが子犬の顔を覗き込むと、片割れの男の子も真似をする。
「そうそう!親戚の家で飼ってるおじさんがいる!ゴールデンレトリバー」
「デカい?」
「めっちゃデカい!立ったら僕の肩に手が届くし」
「この子もそのくらいデカくなるのかな?……そういえば君たち、荷物持ってきてくれてありがとな!甘いもん食いたいだろ?お礼に和菓子をプレゼントしてやらあ!」
「ほんと!?」
「やったあ!」
「女将!この子達に、何か家族みんなで食べられるようなもの見繕ってやってくれんかね?」
「はいよ!あなたは裏口から早くお風呂に行きな!」
「はいよ!」
俺は和菓子屋の女将に急かされるようにして、その裏手にある住宅にお邪魔する。すると、そのお店の大将も心配そうに声を掛けてきた。
「あんたはいいから。表から男の子2人来るから、あのお饅頭の詰め合わせ出してあげて!」
せっかく来たのにと、ちょっと不満そうな顔を浮かべながら、大将はお店に戻っていった。
「脱いだら全部洗濯機に入れちゃって。すぐ洗って乾燥機にもかけてあげるから」
女将はそう言って忙しなく、洗濯機のスイッチを押し、おいそぎモードに設定したのだった。
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