夜夏の夢
雨宮悠理
夜夏の夢(前半)
「あ、ごめんね!急に呼んじゃって」
「いえ、むしろ先輩に迷惑掛けてるみたいで申し訳ないです」
どうも雄也は、どういう経緯か知らないが先輩の家で宅飲みをしていた。
が、気がつけば自分だけではどうにも帰れないほど酔い潰れてしまったらしかった。
先輩は彼をどうしようかと考えた末、頭にパッと知っている顔が浮かんだらしい。
「家も知らないしさ。流石に泊めるのは色々とまずいじゃん、ね」
そういって先輩は悪戯っぽく笑った。
先輩には同い年の彼氏がいた。
少しチャラい感じだが、顔が広く、そして自分にとってはその彼氏もまた、同じサークルの先輩だった。
そして杏樹先輩はアメリカ人の祖父を持つクォーターで、少し日本人離れした美しさ、みたいなものがあり、人気のある人だった。
かくいう自分も大学の入学当初は杏樹先輩を美人だなと思っていた。
だからといって特に何かあった訳ではないけれど。
酔い潰れた友人を先輩から受け取ると、担いで彼をしばらく歩いた先の家まで送り届ける。
先輩にはついて来なくてもいいと言ったが「流石にそれは悪いよ」とのことで、蒸し暑い夏の夜を三人で暫く歩くことになった。
知り合いも何人か住んでいる雄也の家がある学生アパートに着き、彼をベッドに寝かせた。少し水を飲ませるとキツそうに軽くお礼の言葉だけ残して夢の世界へと旅立っていった。
「本当に助かったぁ。……ありがとね」
んー、と先輩が伸びをしながら言った。
先輩の決して小さくない胸の膨らみがTシャツ越しに強調されて見えてしまい、とにかく急いで理性を呼び起こすハメになった。
こういう無防備なところが、きっと彼女の男ウケの良い部分なんだろう。
「……今日はバイトも休みだったんで全然いいですよ。あとまあ夜も遅いんで。先輩、送って帰ります」
それを聞いた先輩は首をふるふると振って「大丈夫」のアピールをしていた。
が、いくら歳上とはいえ流石に女の子一人で夜道を帰らせる訳にはいかない。
それも杏樹先輩のような人なら尚更だ。
「いや、ここで先輩を一人で帰らせたら、このなけなしの甲斐性がいよいよゴミ屑になっちゃいますよ」
先輩はふふっと笑って「じゃあごめんだけどお願いしちゃおうかな」と承諾した。
そうして結果的に半ば強引ではあるが、先輩をまた自宅まで送り届けることになった。
「何から何まで申し訳ないね。……呼んでおいてなんだけど、こんな夜更けに女の子と二人で歩いてたら彼女に怒られるんじゃない?」
「あー。……言ってなかったんですけど、自分こないだ別れたんですよ」
高校時代から遠距離していた彼女。
ずっと続くと思っていたその関係は、思いのほかあっさりとした幕切れとなってしまった。
恋に距離なんて関係ない、ことは断じて無いんだと改めて理解した。
『遠くの親類より近くの他人』とはよく言ったものだと思う。
「あ、ごめんね。それは知らなかった……」
「全然気にしなくていいっすよ。そもそもあんまり人に話してないことなんで」
「……そっか」
————どきっとした。
先輩がおもむろに自分の左袖を小さく指で掴んでいた。
殆ど人のいない夜道。先輩と二人きりなんだという意識が今になって波のように襲い掛かってきた。
「あのさ。ちょっとだけ時間ある?二人でちょっと話さない?」
杏樹先輩の声からはどこか甘美な匂いがした。
ただ彼女は世間話をしたいだけ、なのだろうに、理性のすり減った脳みそは、変な期待でパンクしそうになっていた。
確か明日の講義は二限からだったはず。
つまりは多少夜更かしをしても、ある程度の睡眠を取れる見込みはある。
色々考えたけれど、先輩の誘いを断る理由は、なかった。
承諾の意を込めて頷くと、先輩は満足そうに笑みを浮かべた。
「大学にね。私のオススメのスポットがあるの。そこでよければ行ってみない?」
先輩に手を引かれた蒸し暑い夜。
二人は人気のないキャンパス内に歩を進めていた。
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