泉
「ほら、ここにあったの知ってた!?」
彼女はニッコニコで言う。確かにそこに足湯がある。こんな近くにあるとは思ってなかった。ここでお話したほうがなんかいいかな?誰もいないし!なんて言って笑ってる彼女に、僕は何も言えなかった。真反対に生まれて生きてる僕たちが、どうして今、こんな形で関係を持てているのかがどうも不思議だった。類は友を呼ぶ、とかっていう言葉があるけど、類じゃなくても友は来るものだった。きっとこの言葉は、僕みたいに自分の周りに盾を作って孤立した奴が逃げ道のように生み出した言葉なんだ。類でなければ友などいらない。そういうことだ。
「入ろ!……あっ熱いな…!あっつ!」
「…そんな?」
「あはは、私あんまり熱いの得意じゃなくてぇ…熱いものが食べられないのを猫舌って言うから、熱いお湯とかが苦手なのは猫肌って言うのかな??」
その言葉に、何それ、と笑った。こうやって馬鹿していられるのもあと何日だろう、なんて考えると、無性にさみしくなって、僕は俯いた。彼女は静かにお湯に足を浸け、時折ぱしゃ、と水音を立てた。
「……ねーぇ。何かしたいことある?」
呑気な声が飛んできた。僕は考える。彼女と見てきた、色々な景色を思い出す。輝いていた。どれも、綺麗に。でも、したいこと?それは、なんだ?僕は固まってしまった。わからなかった。結局、僕は何になりたいんだろう。僕の夢って、何だったんだろう。
「正直ねえ、私もわかんないんだ。色んなところに連れて行っちゃったのに申し訳ないんだけどね。なんなんだろう、どれもが、素敵に思えてさ」
彼女は笑っている。この足湯には僕らしかいない。彼女がお湯を飛ばす音だけが響く。それと、彼女の声。僕は何も言えなかった。怖かったんだ。昔、僕は学校の先生になりたいと言った。親はそれを否定した。昔、僕はマスコミ関係の仕事をしたいと言った。先生はそれを否定した。昔、僕は何もしたくなくなった。親も先生も、それは否定しなかった。だから僕はそれが正解だと思った。だから、彼女に返事をしてしまえば、間違ったことをしているんじゃないかと思ってしまうのだ。
「……明日さ、最後に行きたいところがあって。そこでも色んな話したいんだけどさ。君はきっと話すのがしんどいと思うんだ。………」
「…明日ね。明日なら、きっと話せるよ」
それを言うので精一杯だった。彼女の表情は柔らかくって、それこそ本当に花が咲いているみたいだった。そんな華やかな彼女が、僕の言動で笑うなら、僕はそれでいいと思うようになった。馬鹿だな、それは嘲笑だぞ。そんなことを思っている僕自身ですら、僕は嘲笑ってやった。
「よーうし!じゃあ、明日。海に行こう」
「海?」
「そう、海!」
珍しいと思った。前日にどこに行くかを教えてくれるのは、これが初めてだったから。なんとなくだけど、この旅の終わりが近づいてきているんだろうというのを感じた。寂しさはある。だけどそれ以上に、新しい希望やら迷いやらが生まれていて、心がモヤモヤしていた。
「じゃあまた明日ね」
彼女はそう言って笑った。足湯から出て、走り去る彼女。まるで何かを隠したがっているかのような。僕はそんなことを考えても、何一つわからない。だから、ただ何も考えずに事実として受け止めるだけにした。
空を見上げる。青かった。雲は白い。綿あめみたいに浮いている。そういえば小腹がすいたな。僕は彼女の後を追うように足湯から出て、何か美味しいものを食べようと街をふらつくことにした。
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