第10話 魔王、見届ける


「「魔王様!!!!」」

「ん?」

「わたくしとっ!!!!」

「このキュリーをっ!!!!」


「「戦わせてくださいませっっっっ!!!!」」



———————



 なんとなく、こうなるかもしれないとは思っていた。


 だけど、それと同時に俺の意見もきっと尊重してくれると、そう思っていた。


 だって、俺は一応魔王なのだから。 


 だけど、現実はそう甘くなかった……。


 セイリンはいつの間にか狂戦士バーサーカーモードになってるし。


 キュリーもキュリーで余計な質問しちゃうし。


 だけど、魔族は好戦的な生き物。ここで水を差せば、魔王としてどうかと言う話になってくる。


 もう。まじで魔王難しい。無理。


 とりあえず俺は魔王城の外に魔力で構築した闘技場を作った。俺が審判を務める。


「ルールは簡単。どちらかが負けを認めるか、戦闘不能状態になるまで戦い続けろ。それと、真剣の使用は不可とする。ダメージが深刻になってしまうのを防ぐためだ。最後に、無理は禁物だ。こんなところで戦力を削りたいわけじゃない。二人ともわかったか?」

「「はい」」

「それでは始めよう」


 キュリーはその身体能力と、出し入れが可能な足の爪を使い戦う。また、羽根を使っての目くらませなんかもできたり、多彩な攻撃が可能だ。


 だが、なんと言っても一番強力なのはやはり空中を素早く自由に動ける事だろう。空中という3次元の動きを取り入れられると、俺すら戦いずらい。


 それに対してセイレンは素手。


 さすがに木刀でも大剣を使わせるわけにはいかない。


 つい数時間前に大剣を持った何者かに攻められたという情報が流れている時に、新しく出来た側近が大剣を使っていたらあまりにも怪しすぎる。


 場内の声援は当たり前、と言うべきか、キュリーの方へ傾いている。というか、キュリーへの声援しかない。


 それもそうだろう。たまたまキュリーが質問したというだけで、同じような気持ちの奴らなんていくらでもいただろうから。


 ただ、圧倒的なアウェーのこの状況でどれほどまでにセイリンは力を発揮できるのか。すこしだけ、興味があった。


 俺は二人から距離を取り、上空で試合の始まりを告げる爆発を魔力で起こす。


 ドンッ、という鈍い音が鳴り響き、その瞬間に張りつめていた空気がさらにギチギチと音を立て始めた。


 初手、両者はにらみ合う。ピリピリとした緊張感が全身をつつく。


 一瞬の瞬きすら許されない、1秒が10秒にも10分にも感じられる空間。


 時間の密度が『濃い』。


 そんな緊張感の漂う中、その一瞬。弛緩しかけた空気を察知したキュリーが地面を蹴り、羽根を使って一気に距離を詰める。


 キュリーが飛び立った後ろは砂嵐に見舞われ、視界が極端に悪くなっていた。


 それに対し、セイリンは静。


 仮面を被っているためにその表情は見えないが、落ち着きが体のいたるところから漏れ出している。


 キュリーは羽根を使いさらに加速、さらに距離を詰める。


 気づけばその距離は僅かに二歩分に迫まった。


 そのタイミングでさらにキュリーは羽根を羽ばたかせ、加速。


 その加速によって二人を周りの視界から遮るように、大きな砂埃が舞った。


 そして、一瞬の時が流れる。


 少し経つと、砂埃は地面へと還り、キュリーも地面へと倒れ込んでいた。


 決着は……言うでもない。


「そっ、そんなっ」

「アノ、キュリーサマ、マデ」

「と、とんでもない奴だな……」


 一瞬の結末のどっと場内は沸く。それぞれ感じた物は違うだろう。


 だが、全員が確かに一つだけ感じた物がある。


『あいつは強い』


 ただそれだけ。だが、魔族として生きるためには最も必要な物であり、もっとも大きな指標になるもの。


 おそらくこの一線でセイリン……いや、イリンの立場は確固たるものになっただろう。上手いこと身バレも回避してるみたいだし。


 まぁ、兎も角、勝敗は決した。


 この状況をまとめるためにも、俺は観客席にいる魔物たちに聞こえるように声を張った。


「皆の者。こいつの力はよく理解できたことだろう。これから俺の側近として、動いてもらうイレンだ。いいなっ!!」

「「「「「「はっ」」」」」」

「よし」

 

 俺がそう言うと、観客席に居た魔族たちは興味を失ったようにぞろぞろと闘技場を出て行った。


 これにて一件落着、と言うべきか。まさか本当にセイリンがキュリーと戦うとは思いもしなかったが、何とかうまくまとまってくれてよかった。


 ……上手くまとまったんだよな?


「ボル様っっ!!」

「おめでとうイリン。これできっと他の魔族にも認められたことだろう」


 一応外なので偽名である『イリン』呼びだ。


 俺の言葉で笑みを深くさせ、元気よくセイレンはこちらへと駆けてきた。最初はパタパタと、そして、残りの距離が二歩分ほどになったところでセイレンは地面を蹴り上げ――蹴り上げ!?


「あっ、ちょっ――ぐふっっ!?」

「ボル様ぁっ! 勝てましたわ! 勝ちましたわよ!!」


 とんでも無いスピードと勢いで俺に飛び掛かってきたセイリン。


 その勢いに、抱きついたセイリンごと俺の体は吹っ飛び、闘技場の地面に倒れ込んだ。


 そして俺が下、彼女が上と言う形で馬乗りになる。


 仮面同士が触れ合いそうなほど近い。お互いの吐息の漏れる音が聞こえてくる。

 

 そのままセイリンは退いてくれる……かと思いきや。


「わたくし、勝ちましたわ!」

「あ、うん。そうだな」

「ですから! わたくし、ご褒美が欲しいんですの!」

「……ん?」

「だから、ご褒美いただきますわねっ!」

「あっ、えっ、いやぁっ、ちょっ!?!?」


 セイリンは馬乗り状態のまま、ちょうど俺の頭が胸元にぎゅっと押し付けられる状態でがっちりと抱擁をしてきやがった。


 しかも情けないことに、力が強すぎて俺の力では解けなかった……。


「むぅん~~!?!?!?」


 息が出来ない。


 それと同時に確かに感じる『柔らかさ』。


 少し大きめな二つの果実が、マント越しではあるが、確かに俺の顔を覆っている。

 

 快楽と息が出来ない苦しさで新しい扉が開けてきそう。


「ぼぁっ、ふぉあ―…………」


 最後の力を振り絞り、声を出したが、途端に意識は深い闇の中に落ちていった。


 最後に感じたのは、なんというか……すごく良い匂いだった……てことだろうか。

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