誰とも付き合わない美少女に一途に告白を続けていれば好かれていた件
ときたま@黒聖女様3巻まで発売中
第1話 ラブレター書いてきた! 読んで!
「今日はラブレター書いてきた! 読んでくれ!」
「分かった」
放課後の図書室には
窓からは夕日が差し込み、どこかからは部活中の掛け声が聞こえてくる。ロマンチックな雰囲気だ。
一心は朝まで思いを綴りまくったラブレターを夜鶴に渡した。
ラブレターを受け取った夜鶴は静かに読み始める。
因みに、夜鶴は図書委員だが一心は違う。ただの客だ。いや、本を借りたり読んだりはしないから客ですらない。好きな女の子の尻を追い掛けて毎日通っているただの追っかけだ。
受け付けとして席に座る夜鶴を一心は机を挟んだ向かいからじっと見つめた。
初雪のように白い肌に整った目鼻立ち。少し気の強そうな目付きが威圧感も出しているが透き通る紅色の瞳は吸い込まれるように美しい。桃色の唇には潤いがあって艶々している。長い黒髪は電光を浴びてキラキラと輝きまるで宝石のように綺麗だ。
――ああ、可愛い。めちゃくちゃ可愛い。好きっ!
一心は夜鶴にメロメロだった。
女子にすれば大きい方の身長も手足が細くて長いのも全てが夜鶴を可愛いと思わせる要素だ。
しかし、そういう部分を見て周りは可愛いよりも美人の方が正確だと言っている。読者モデルをやっていると嘘を言われても信じてしまいそうなほど夜鶴の容姿は整っていて、一心もその意見に大いに賛同できる。
でも、一心は知っているのだ。
そんな夜鶴が意外と少年向けアニメや漫画が好きだったり、映画にはコーラとポップコーンを用意したりと見た目からは想像できないようなギャップが多いことを。
だから、一心は夜鶴を美人だとも思うけれどとても可愛い女の子だと脳に印象付けている。
「ん、今思えば見た目美人で中身可愛いって反則じゃない? 女の子として完成しすぎでしょ。こんなの惚れない方がおかしい」
つい心の声を漏らしてしまったが夜鶴は聞いていない。集中してラブレターを読んでくれている。下を向いているために垂れてきた髪を鬱陶しそうに耳に掛けながら。
大した動作もない、些細な仕草。であるにも関わらず、一心の胸は打たれてきゅんとしてしまう。
――ああ、早く付き合いたい……って、だめだだめだ。付き合ってからのことを想像してニヤニヤするのは家ですることだ。せっかく作戦を企ててきたのに実行しないまま終わらせてなるものか。
一心は夜鶴の隣で残っていた椅子に座り、夜鶴との距離を詰める。夜鶴は一瞬だけ視線を向けたがすぐにラブレターへと視線を戻した。
ラブレターを熟読する夜鶴の露になっている形のいい耳に一心はそっと口元を近付けていく。
これからすることは夜鶴からも身体的接触じゃないならある程度のことまでは許してあげる、と許可を得ていることだ。
だから、一心は容赦なく囁いた。
「好きだ」
「読んでるから黙って」
「あ、はい」
せっかく作ったイケボでの愛の囁きは呆気なく一蹴されてしまった。
――い、いや、こんなことでめげるような俺じゃない。そうだろう、日野一心。
一心は自分を奮い立たせもう一度、愛を囁く。
「好きだ」
「しつこい」
またも愛の囁きは一蹴されただけだった。
視線すら動かさない夜鶴に一心も姿勢を正して前を向く。腕を組んで目を閉じた。
――ううん、全然響いてないし効いてもない!
せめて、頬を赤らめたり耳を紅潮させたりは夜鶴にしてほしいところだったが残念ながらそんな照れた様子は一切見られない。
これ以上、続けたところで夜鶴をドキドキさせることは難しいと判断し、逆に嫌われてしまっても意味がないので一心は大人しくしておく。
作戦は失敗に終わったが潮時は見極めなければならない。ただでさえ、夜鶴には一心の猛烈な一方的片思いに付き合ってもらっているのだ。無茶も無理もするけど、夜鶴に無理強いだけはさせないと決めている。
夜鶴がラブレターの最後の一行を読み終わるまで一心は横顔を眺めながら過ごした。
「どうだった?」
半分にラブレターを折り畳んだ夜鶴に聞く。
「私の容姿に凄く惹かれてるんだって伝わってきた」
「ドキドキした?」
一心からの問い掛けに夜鶴は高校生にしては発育がよい二つの膨らみの中心に手を当てて、鼓動を確認する。
「これっぽっちもしてない」
「そっか」
手を離した夜鶴は真顔のまま、首を横に振った。顔色も声音も何一つとして普段と変わらない。夜鶴の言うことは本当なのだろう。
一心の気持ちが夜鶴の鼓動を加速させられなかったことはこれが初めてではない。
だから、悲しいよりも悔しい気持ちの方が大きくて、一心は伸ばした腕を机に乗せて深い息を吐く。
「あー、今日もダメだったかー。くそお、視覚から伝わる好きと同時に聴覚から好きを伝えればダブル好き好きにドキドキしてくれると思ったんだけどなあ~」
「騒がしくて煩わしいだけだった」
「せっかくイケボ作ったのに!?」
「あの声、日野のイケボだったの?」
「そうだよ。ネットで女の子をドキドキさせる方法って調べたら出てきたんだ。耳元でイケボに囁かれたらドキドキするって」
「それで、あのイケボ……日野、ボイストレーニングしなかったでしょ」
「うっ……そんなに変だった?」
「声優様舐めんなよにわかって殺意わいた」
「そ、そんなに!? ごめん、もう二度としないから嫌わないで!」
夜鶴をドキドキさせられないまま死んでたまるものか、と一心は両手を合わせて必死に許しを乞う。
腕を組みながら夜鶴はニヤニヤと迷う素振りをした。
「え~どうしようかな~」
演技だとは思うが一心はさらに懇願した。
すると、そんな姿が面白く見えたのか夜鶴は吹き出すように笑い始めた。
「うそうそ。冗談だから。日野、必死になり過ぎ」
お腹まで抱えながら、ケラケラと笑顔を浮かばせる夜鶴に一心は完全に遊ばれていることを理解した。
けども、好きな女の子からオモチャ扱いされることは別に嫌いじゃない。むしろ、喜ばしくて好きだ。もっと夜鶴だけのオモチャになりたい、とさえ一心は思う。
「そりゃ、必死にもなるよ。旭に嫌われたかもって思ったんだから」
「日野が好きになった女の子はイケボが気に入らなかったってだけで人を嫌いになるような女の子なの?」
肘をついた手のひらの上に顎を乗せて、随分と挑発的な笑みで夜鶴が「ん?」と口にする。
異様に様になっている姿に一心は背筋がゾクッとするのを感じた。
「いいえ、そんなことないです!」
「ん、よろしい」
すぐに否定した一心に夜鶴は頷いた。
「じゃあ、反省会しよっか」
「反省会?」
「そう。ラブレターのね。正直、この内容は酷いよ」
「え、嘘だろ?」
「ほんと。美しい見た目に惹かれたとか内容はほとんど私の容姿しか書いてない。これじゃあ、内面は好きじゃないのかな、って不安になるよ」
夜鶴の言う通り、ラブレターには一心が夜鶴の容姿に惹かれまくっていることを綴っている。
何しろ、一心は夜鶴の容姿に惹かれて好きになった。一目惚れだ。夜鶴にも告白した時にそう伝えているから理解されている。逆に言えば、クラスも違うし関わったこともほとんどないから容姿以外での夜鶴の好きな部分を書けなかった。
いや、適当なことでいいなら一心は書ける。なんだかんだ言いながら付き合ってくれる優しいところだとか対等な関係でいようとする真面目なところだとか。夜鶴はそんなありきたりな言葉通りの女の子だけど、一心は適当にしたくなくて書かなかった。
けど、そのことで夜鶴が少し拗ねているように一心には見えた。髪の毛を人差し指で巻きながら、つまらなさそうにしている。
「旭は凄く可愛いから思いが溢れてしまったんだ。内面についてはこれから沢山知っていきたいと思ってます。好きです」
「ほんと、私のこと好きだよね、日野」
「大好きだ」
一心は真っ直ぐ気持ちを伝えた。失敗はしたが告白はもう済ませてあるのだ。今更、隠すことでもなく、恥ずかしいと感じることすらない。
夜鶴の目を見れば、ほんの僅かだけ視線を逸らされた。
「もしかして、照れてる……?」
「……私だってね、そんなに真っ直ぐ好きって言われて何も感じない訳じゃないの」
「ドキドキした?」
「それはしてない」
夜鶴はあっさりと答えた。顔色を変えることないまま。
「けど、嬉しいのは嬉しいよ。日野みたいなの初めてだから」
「旭……」
一心は好きと伝え続けていることが決して無駄だった訳ではないことを知り、嬉しくなる。穏やかな夜鶴の笑みに感動すら覚えてしまい、また愛を伝えたくなった。
しかし、そんな夜鶴は一瞬だけですぐに真顔になる。
「だから、こんな誰でも書ける内容のラブレターを書くのは止めて」
「うっ」
「それと、綺麗な黒髪を毎日洗わせてほしいとか悪寒が走るような内容も」
「ううっ」
夜鶴によって行われるラブレターへの次々のダメ出しに一心は背中を丸めて縮こまっていく。
一応、人生で初めて書くラブレターに朝まで向き合った自信作だったのだ。なのに、夜鶴をドキドキさせるどころかダメ出しをされて、自信を失くしそうだ。
ダンゴムシのように体を丸める一心を見て、夜鶴は口にする。
「もう諦める?」
夜鶴の言葉に一心は立ち上がって叫んだ。
「いいや、諦めない!」
そして、夜鶴に体を向けて宣誓した。
「いつか、必ず。旭のことをドキドキさせてみせるから!」
一心の宣誓に夜鶴はため息を漏らす。
しかし、嬉しそうにほんの僅かにだけ口角を上げた。
「じゃあ、次のラブレターは日野にしか書けない私のこといっぱい書いてね」
「沢山、旭の内面を知っていくよ」
何も時間が限られている訳ではない。昨日も今日もダメでも、明日がどうかは誰にも分からない。
だから、一心は夜鶴に何度フラれたって諦めない。チャンスは夜鶴がくれているのだから。
一心と夜鶴はある勝負をしている。
内容は一心が夜鶴をドキドキさせることが出来れば恋人同士になるという、あまりにも争いのない戦いだ。
「私のこと好きにさせてね」
勝負することになった時にも夜鶴から言われた言葉に一心は堂々と答えてみせた。
「ああ、任せろ。必ず旭をドキドキさせる」
拳を作って誓う一心の姿に夜鶴は期待するように満面の笑みを浮かべた。
今はまだ、恋人ではない二人の関係。
全てが始まったのはクリスマス前まで時間を遡る――。
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