Chapter.37 女騎士の所在
トーキマスは再度、両手の人差し指を立てる。
「王国式の転移魔法陣は一の世界と同時並行する二の世界に対して、現在進行形ではなく、ある一定の時間軸を点に変えてそれを座標にしたものだった」
話が見えない。何が言いたい。
トーキマスは片手を握り拳に変えて、時間経過がなくなった『点』としての世界を表現している。
「多元並行世界を発生される禁断の術式だった」
「……たげん、へいこうせかい?」
頭ではその文字を理解出来なくて、俺は鸚鵡返しをする。そんな俺の姿を見かねて、トーキマスは核心に迫ることを言う。
「王国、ちゃんと連れ戻したんだよ」
他人事のようにあっけらかんとした台詞だった。
「いやいや……」
半笑いを浮かべながら、思わず手元のセシリアを見る。強制的に昏睡状態にさせられたわりにだらしない寝顔を浮かべる。セシリアは、俺がお前のためにこんなにも頭をフル回転にさせてお前のことを考えているなんて、夢にも思わないだろう。
「冷静になって考えてみて」
そう言われ、グッと押し黙る。
トーキマスの声は氷のように温もりがない。淡々とした口調だからこそ、身につまされるものがある。
「頭領は三年前の『ここ』にいるんだ。私たちの世界での時間経過を考慮せずに」
寸分違わず、三年前の現代。俺は異世界で三年もの長い時を過ごしても、帰ってきた俺は浦島太郎のようにはならず、むしろナルニア王国の子どもたちのように、ある日クローゼットに入り込んだ当時のままこの世界に帰ってこれている。
それを、しっかりと踏まえるのであれば。
「王国式の転移魔法陣なら、送還に彼女が巻き込まれた時点から文字通り一瞬の時も許さずに私たちの世界へ連れ戻すことが可能だった。それは私たちの世界でどれほどの時間が経とうとも、いつでもね」
実際のところ、それは違和感として、この世界に帰ってきた初日から感じていた部分だったかもしれない。
『明日にはセシリアが帰っているかもしれない』じゃない。本当にセシリアが忽然と消えると言うなら、こっちの世界に転がり込んで、全ての始まり、あの言い合いをする前の時点から、セシリアは連れ戻されていたはずだった。
それは俺が異世界に行った時と異世界から帰ってきた時で、一ミリも時間的な誤差が発生していないことのように。
……………。
きちんと理解出来ているかというとそうでもない。
わけの分からない怪談を耳にして肝を冷やしているのと同じような感覚がある。
俺はただ必死になって、明確に頭のなかに発生している一つの疑問を投げかける。
「じゃあ、なんでここにセシリアがいる……?」
トーキマスは閉じていた片手を、一気にパーのように広げた。
「それこそ多元並行世界。そもそも、頭領が一の世界に来てから、二の世界の時間は凍りついたままだったと思う? 『ここ』は頭領が異世界に召喚されて、一秒も経たずに頭領が帰ってきたようなそんな世界になっているけど、頭領があの日いなくなったまま三年が経過した世界もどこかに存在しているんだ」
……いわゆるパラレルワールドのことを言っているのは俺にも分かる。もしもの世界というやつだ。
あの時こうしていたら、こうだったら。人生は選択の連続であり、別の選択を選んだ世界が存在してもおかしくないという、哲学というかSF話の一つとしてあるものだ。
「もし仮に三年後のこの世界に、頭領が失踪したまま時が過ぎた世界に、頭領が帰還していたのなら。多元並行世界なんていう膨大な風呂敷を広げる必要はなかったんだけどね」
俺が異世界に行って三年過ごし、異世界に行った頃の当時に戻る。それがどれほどの問題であったかを、トーキマスは説明してくれているのだと思う。
「つまりだね。セシリアが連れ戻される世界もあれば、『ここ』のように残っている世界もあった。私たちの世界では、王国がセシリアを連れ戻したのは頭領の送還から五時間後。帰ってきたセシリアは頭領と一言も交わせずに連れ戻された形だった」
……向こうにはそんなセシリアが、既にいるってことなのか?
「なんで俺たちは免れている?」
「さっきも言ったけど、五時間後から五時間前の二の世界に座標を用意するってことは、現行の世界とはまた別の世界、時間軸を生み出して選ぶわけだ。罪深いよね」
同意を求められても分かんねえよ。
時間をかけて咀嚼する。
……ようは、
俺が異世界に飛んだ世界。これがαとする。
次に、俺が帰ってきた世界。いわゆる『ここ』、これをβとする。
そしてセシリアが連れ戻された世界。これがγとする。
俺の視点からするとαもβも一連のもののように見えているが、実は時間を遡っていたりするから、大きな目で見ると別の世界、別の時間軸として存在するようになってしまった。
それと同じように、β世界とは異なる、セシリアがいないγ世界も存在する。
それらは全て王国の転移魔法陣が、特定の時間軸に干渉する度に発生している。
……と、いう認識でいいはず。
「お前はどうやってここに来れたんだよ」
「それもさっき言った話になるけど、私がした転移は王国式のものとは違って、並列した時間軸に二つの世界を置いたまま行き来可能にする試みだった。それは、頭領の衣服があったから繋ぐことの出来たもの」
「……ざっくり言うとお前のは通り抜けフープで、王国のはタイムマシンってことか」
「それが何かは分からないけど、違いの説明をするなら、私のものは過去に干渉することは出来ないね」
やっと、ちゃんと理解が追いついてきた。まだ細かなところで(※『ここ』が三年前の時空ならどうしたってお前の世界とは並列した時間の流れにはならないのでは?等)首を傾げたくなる部分もあるにはあるのだが、好奇心で時間を無駄にすることも出来ない。
前提条件として、この世界のセシリアには帰る場所がない、ということが理解出来ていれば、なんとか話は続けられる。
「……で、そこまでしてお前自身が来てくれた理由はなんなんだ? そっちにはセシリアもいて問題はないんだろ?」
トーキマスはこくりと頷くと、
「いくつか理由があるよ。まずは立ち会いで転移魔法陣の作りがどういうものか分かったから、再現出来ると考えた。次に、帰ってきたこちらのセシリアがショックで塞ぎ込んでしまったのを憐れんだ。だから、この形式の転移魔法陣を編み出したわけだけど、どうもこちらにいるセシリアは異なる時間軸から連れてきた並行世界のセシリアのようで、繋がったのはまた別のセシリアがいる『ここ』だった。私は、もともとこちらのセシリアと頭領を会わせる橋渡しになってあげるつもりだった」
「そっちのセシリアがいたほうの世界にお前が繋げる方法はないのか?」
「ないだろうね。こちらにあった頭領の衣服は『ここ』にいる頭領に紐付いたものだから、あちらは時間軸が異なる。王国式の転移魔法陣を使えば可能かも知れないけど、いくつ並行世界を作るんだって話になる」
「……どうするんだ?」
「どうもこうもないよ。王国の転移魔法陣は罪深いっていう話だ。おかげでそちらにいるセシリアは宙ぶらりんな状態にあって、どちらの世界から見てもいまや完全なる異分子となった。居場所がない。見たところ、ここでは幸せそうに暮らせているみたいだけど」
トーキマスの物言いがやや癪に障る。
押し黙る俺を見て、言葉を重ねる。
「可能なら受け入れるべきじゃないか」
「……正直セシリアには都合が悪いぞ。こっちは所在不明の人に優しくない」
「こちらの世界に戻るほうが都合が悪いだろう。どうする」
「どうするってお前……」
沈黙が流れる。
これは確かにセシリア本人には聞かせられない話だ。
俺にまず伝える、という選択をしてくれただけ、トーキマスには感謝がある。
トーキマスは、ふいに告げる。
「一つの世界に同一個体が二人以上いた場合。統合か消滅か同居になる可能性がある」
「どういう意味だ?」
「意識が統合され一人の人物になるか、二人目が完全に消滅するか、同時に存在出来るのか。どれになるのかは分からないけど、そちらのセシリアを連れて帰ることも一応は出来る」
「それは、セシリアが良いとは思わんだろ」
「どうかな。人の価値観による。自己の同一性の重きをどこに置くかだ」
「……いずれにしても、ちゃんと話さなきゃいけないことだ」
セシリアにちゃんと説明して、今後どうするかを話し合って……。
予想以上にとんでもないことになった。単純な、帰る方法があるかないかどころの話じゃない。セシリアの居場所がどこにあるのか、それを考えないといけない。
「……とりあえず、時間がないんだよな」
「残念ながら」
都合が良い。
セシリアとは向き合いたいとは思っていたんだ。
全てを話し合って決めよう。
……まあ、これは、強がりでしかないが。
「覚悟は出来た?」
「……ああ、起こしてやってくれ」
セシリアの気持ちを、再確認する。
そして、俺の気持ちを伝えよう。
(最終話 女騎士へ、英雄から へ)
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