第七話 女騎士に会いに来た
Chapter.32 空から降ってきた
流石に気になって月曜日は大学を欠席。
一日中セシリアと気を張って待ち続けたがその後変化は訪れることがなく、間の悪いことに軽度の地震が発生し、ささやかながらに家の物が揺れると「敵襲ですか?」と身構えるセシリアがいたりした。
時々血の気が騒ぐのはなんなのお前?
「これ、多分トーキマスの仕業だよな」
「おそらくはきっとそうでしょうね……」
とすると王国側は動いていないということになる。約一週間という短期間で、実験段階と言えどもこんな芸当を成せるような天才は俺はトーキマスしか知らない。
――もしかしたら。なんて他力本願で考えていた一つの可能性ではあったが、いざ現実味を帯びはじめると俺たちの気持ちも強張る。
「ここでの暮らしも終わりになってしまうのでしょうか」
「……まあ、帰れるに越したことはないだろ」
ちゃんと笑えているか自信はないが、セシリアに対してそう繕って俺は言った。
とにかくセシリアは昨日から不安そうで、俺はなだめるような立ち回りについている。
別れが近いのかも知れない、と胸のざわつきを感じるようになると、ルカに言われた話はあったが、下手に名残惜しくするようなことはもう出来ないような気がしてしまった。
何より、こんな状況では、俺だけでも余裕を持ち続けるべきだ。
「タクヤ殿は……。いえ……」
寂しそうな顔で俺のことを見るセシリアが、言葉を呑み込む。その仕草に俺の心はちくりと痛む。
……俺だってどうしたらいいのか分からないのだ。
セシリアに意思確認をしようかとも思った。だけど、もしそれでここに残りたいと言ってくれたとしても、あちらから救助として行ってくれるアクションを拒む方法がないことに気付いた。全てはなすがままで、俺に出来ることは何一つない。
だから、聞くだけ残酷なような気もして、掛ける言葉を見失っていた。
「まあ、そんな悪いように考えるなよ」
「はい……」
絞り出せたのはそんな気休めだけだ。
♢
火曜日は外せない講義があるので大学に行った。
あの出来事があってからセシリアと離れたのは今日が初めてで、すると、気付くことがあった。
思ったより俺のほうがメンタルの具合が悪い。
もともと覚悟していたものでもあったが、いつの間にかセシリアが消えているかもしれない、という不安感が俺のなかで強まり過ぎていた。
そりゃそうだ。俺には実体験がある。
俺が召喚された当時は、それはもう突然の出来事だったので、同じように、ふいに目を外したときには消えてしまっているんじゃないかと、もう家はもぬけの殻になってしまっているんじゃないかと――思うと、思ったよりも具合が悪くなった。
これは、きっと良くない傾向だろうと思う。俺の未練たらしいところが出ている。
本来は、俺は元の生活を再開していくべきなのだ。
現実に向き合わなきゃ行けない。
そうは思うけど、なかなか難しいことだった。
息を吸うのが苦しくなるような緊張感を抱えて帰宅して、セシリアがいることにホッとする。
俺が感じている不安や憔悴はセシリアに見せちゃいけないような気がして、俺のことを尊敬してくれるセシリアには見栄を張らなきゃいけないような気がして、俺は平然を振る舞って言葉を掛ける。
「ただいま」
「おっ、おかえりなさい……!」
「……………。何隠してんの?」
「いえいえいえいえ!」
リビングに入ると挙動不審なセシリアが目に映る。思わずジト目を送ってしまう。セシリアの顔はどこか赤くて、口はあわあわと動き続けていて、その姿には騎士らしさも感じないしあんな出来事があっての彼女には思えない。
後ろ手に隠したものが気になって、俺は強引に覗き込む。
「え」
「待っ」
……サァーっと血の気が引いた。
思ったよりも引いた顔でセシリアのことを見る。
「お前……」
「ち、ちち違うんです! 違います! 本当に! 待ってください!」
弁明のしようがないだろうこれは。
なんでこいつ人のパンツ握り締めてんだ……?
(とうとう血迷ったか)とか(落ちぶれたもんだな女騎士が……)とかわりと本気でどん引いてしまう。否定するセシリアはとにかく必死で、両手をぶんぶんと振って無実を表現するわけだけど、手に持ったままなので信用ならない。放せよ。やめろよ。人のパンツ振るなよ。
奪い取る。「ああっ」じゃない。なんだお前。
わりかし本気で百年のなんたらも冷める勢いでちょっと距離感考え直そうかとまで思考する俺を前に、セシリアが迫真の表情で言う。
「空から降ってきたんです!」
「言いたいことはそれだけか」
「いや、本当ですって! これ! 証拠!」
と、セシリアが紙を突き付けてくる。
これは異世界語で書かれているものだが、前回のものとは文面がやや違うようだ。とするとこのパンツは前回と同じように異世界からここに送られたものになるわけで、(なんで上着の次がズボンじゃなくて下着なんだよ!)とか(嫌がらせかトーキマス……)とか怒りの矛先が徐々に移っていくわけだが、それはそれとして。
「握り締める理由にはならんだろ」
「いったぁ……ッ!」
いつもより数倍強めにチョップを落とした。
セシリアがどたばたどたばたと痛みに悶える。
その姿を見ていると、やっぱりこいつは面白いなとか、また色んな感情がぶり返しそうになってくるんだけど。
トーキマスお前絶対許さんからな。
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