Chapter.18 海を眺めて
「嘘つきもなかは……こう食べます」
「だいぶ頭から行ったな?」
よほど実物のシーラカンスが化け物みたいな見た目でショックだったか、恨みがましくももなかに対して勢いよくかぶりつくセシリアがいた。
どうか許してあげてほしい。
俺はシーラカンスのあのロマン大好きだぞ。
♢
車に乗り込み沼津港を後にする。が、夕食まで時間が少し余ったので、セシリアのリクエストにより海岸を目指すことになった。行き先は近場の千本浜公園を選択。ここは俺も初めていく場所だった。
それほど時間は掛からずに到着し、駐車場に車を停め、堤防の階段を上がる。この海岸は相当広いらしく、堤防もそれ相応にどこまでも長く続いていた。
ここは潮風に当たりながら過ごすのが一番気持ち良さそうだ。
一方で、松林にある遊歩道はジョギングコースとしても最適で、碑による昔からの資料も学ぶことが出来るらしい。近くには児童公園もあって、子どもが遊びやすい遊具もある。
砂利浜はテトラポッドもなく、遊泳も一応は可能。人がいない場所では釣りをするようなお客もおり、日課のように堤防の上を散歩している人や、砂利浜で遊んでいる親子連れなど、様々な人の形があった。
そのなかで。
「わあ―――」
間近で海を見たセシリアが、改めて感動したように口を大きく開いている。風になびく横髪を耳に掛けながら、キラキラとした目で海を見つめ続けている。
堤防を上がった瞬間にこうだから、俺も足を止めてそんな彼女の横顔を見ていた。
「……私、人生で一度だけ海を見たことがあったんです」
「そうなのか?」
「はい。シュビサリへの外交のときに」
シュビサリとはアベリア王国の友好国で、アベリアの前に魔王と戦争していた一番初めの被災国となる。
「そのときは私もまだ未熟で、人手として連れて行ってもらえただけなんですけど、ずっと、ずっと海への憧れがあったのに、そこで見た海は汚かったんです」
それは俺が召喚される前の話だ。俺はシュビサリのことは話にしか知らず、異世界での海を見ることはついぞなかった。
だからセシリアの言う『汚い』が、どれほどの意味合いを含んでいるかは分からない。
ただ、俺の知る限りで言うと、シュビサリの復興には向こう三十年掛かると言われる。
「悲しかった」
初めて見るセシリアの横顔だった。不誠実ながら、見惚れてしまいたくもなった。憂いを帯びる彼女の横顔は、それだけに印象深いものだった。
そんなセシリアが俺のほうを振り向く。
「だから、本当の海が見られて嬉しいんです」
「……………」
その感想に、俺が掛けられる言葉はない。
もう一度海を見渡したセシリアが、両手を広げて全身で潮風を浴びる。
「この世界の海は本当に綺麗です! 本当に、美しいと思います」
セシリアが嬉しそうに言う。その言葉には、割り切りが感じられる。そりゃそうだ、いまさら魔王という厄災について、この平和な世界を見て比較してどうこう、なんていう奴では当然ないのだから。
だからこの言葉は純粋に、セシリアの主観から見て抱いた感想なのは分かる。
「そんなに海が好きだったのか?」
「はい! 大好きです! 憧れがありました。気軽に見に行けるものではなかったので」
「……ここならいくらでも海に行けるよ」
「それって本当にすごいですよね! くるま、すごく、はやい。怖いです」
「うん。それにここは島国だから」
「島だったんですか!?」
「そんなに意外か」
苦笑する。セシリアの食いつきは面白い。
「海が好きなら、これから夏本番になるし、楽しいことはいっぱいあるぜセシリア。ビーチが海開きして水着があれば、海で泳ぐことだって出来る」
「へぇっ、み、水着ですか……!?」
赤面して自分の体を抱きしめるんじゃない。
やましいつもりで言ってないから。
「別に着ろとは言ってないから。それか、すぐには予定は組めないけど、遊覧船に乗るのも海を楽しめていいだろうし、伊豆なら今日行ったのとはまた違う水族館があってそっちだとイルカのショーが見られたりもする。熱海なら海を見ながら温泉に浸かれるし」
「よし、全部やりましょう」
「全部はさすがに経済的にきつくなってくるかな……」
昨日今日は特別羽振りが良いだけだ。
……………。
ついつい、ありもしないかも知れない今後のことを深々と話してしまって、バツが悪くなってきた俺は誤魔化すように話を切り替える。
「下に降りるか?」
「そうですね! 行きましょう!」
堤防から二人揃って砂利浜へと向かう。
ここには流木など流れ着いたものが多い。誰かの手によって作られた謎のサークルや奇跡的なバランスで積み上げられたロック・バランシングを見かけると、「ええ!? なんですかこれ! こうなります!?」とはしゃいだ様子で振り返ってくるセシリアの姿があった。
足元を見つめて歩いていると、時折きらりとした綺麗なものも見かける。
これはシーグラスと呼ばれるもので、波にさらされて角の丸くなったガラスが宝石やおはじきのような輝きを持つ天然の加工物だ。
それから、綺麗な貝殻などもある。
セシリアはそれらを拾ってみては「はじめて見ました!」と感動したように伝えてくれていた。
子どもか。
波際まで行くと、細かな飛沫が肌に掛かる。セシリアはおもむろにサンダルを脱ぐと、波の揺れ間を行ったり来たり。ギリギリを攻めて楽しんだところで、ついに海に浸かってしまってからは、くるぶし辺りまでが浸かる浅瀬でジャバジャバと水を蹴って遊んでいた。
俺はそれを少し離れたところから見守る。
「保護者の気分」
楽しそうなセシリアを見るのは好きだ。それは旅の頃から変わらない。こいつがとりあえずはしゃいでいてくれるだけで俺は元気になってしまうし、悩み事が多いなかで救われるものがある。
これは彼女の持つ最大の長所だと思う。
「……既に丸一日は経っているんだよな」
連絡手段があるわけじゃないからこう表現するのもおかしな話だが、音沙汰はなし。何事もなく時間が経っている。きっとあっちもてんてこ舞いだろうから、そんなすぐに状況が変わるとも思ってないけど、気が気じゃない部分はもちろんある。
はてさて、これからどうなるか。
明日からは日常を再開する。不安は尽きない。その不安感を俺が見せるわけにもいかない。
「タクヤ殿ー! こっちに来てくださいよ!」
「やだよお前男女が水の掛け合いっこする意味分かってんのか」
「え……? なんですか?」
「んん、いや、言わないけど」
墓穴を掘った。純粋に問い返してくるな。
はあ、と首を落として項垂れる。
「気が済んだらそろそろ飯食いに行こう。俺はお腹が減ったよわりと」
「ちなみに今日は何を食べるので?」
「んー……ハンバーグ」
静岡名物のレストランで食べようかなと。
俺がハンバーグというと、セシリアは一段と瞳を輝かせて飼い主のもとにすり寄ってくる大型犬みたいに合流した。
「実は私もお腹が空きました!」
「うい」
うーん。あほっぽい。
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