Chapter.13 就寝

 その後、就寝の準備になったのだが。


「私がソファで寝ます!」

「気にしないでいいから。大丈夫だから。お前お客さんだから。遠慮されると困るから」


 まあまあまあ、と渋るセシリアを宥めて各々の寝る場所を決める。一応、建前上はお客さんなので、セシリアには布団を譲り俺はソファで寝ることにした。


 男の布団を譲られるのも複雑だろうとは思っているので、セシリアが風呂に入っている間に出来ることはしておいた。主に、シーツを予備のものに代えたり、その上で消臭剤を掛けたり。

 枕は、俺が嫌なので俺が確保する。

 代わりに適当なクッションを使ってもらう。


 ちなみに、我が家ではベッドではなく、三つ折りにした敷き布団を普段部屋の片隅に置いていた。


「でもタクヤ殿のほうがお疲れでは……」

「別に寝れないことはない」


 ソファで寝るのは正直初めてだが、決まった場所でしか眠れない人間でもない。異世界と比べたらよっぽどマシで、むしろ、不慣れな環境に置かされているせシリアにソファで寝ろと言うほうが可哀想に思える。

 まあ、本音を言うと俺も布団でぐっすり眠りたいけど。


「そ、うですか……」


 あまり納得出来ていない様子のセシリアがぎこちなく、座り込んで足元の敷き布団を撫でる。気まずそうな態度だったが、とは言え、俺から出せる提案はこれ以上ない。彼女の様子を静かに見守る。


 ――彼女は、すぐそばの毛布を手に取ると、何やら考え事をするような顔をした。

 しばらくして、


「では半分こしましょう」


 とか言ってきた。

 なかに招き入れるようなポーズで。


「……バカ言うなよ」


 とりあえず一蹴した。


 ♢


 かくして、激動の一日は終わりを迎える。セシリアは窓際の布団、俺は部屋の中央にあるソファで、一定の距離が保たれて寝に就くことになった。


 部屋の電気を消し、背もたれる。暗闇のなかでスマホをいじる習性が昔の俺にはあった気がしたが、セシリアに余計な戸惑いを与えそうだったし、今日は素直に眠れてしまいそうだった。


 そんなわけで、目を閉じる。

 やっと安寧とした時間である。


「……タクヤ殿」


 そうでもなさそうだな。


 少し離れた距離から、しっとりとしたセシリアの声が聞こえる。ぱちりと目を開いても暗闇の世界で、俺は虚空へ向かって返事をする。


「なに?」

「今日、一日の、ことなのですが」


 改まったようにそう話しかけられると、事の発端のあの事件から思い出す。


『お前俺のこと好きだったろ』


 あの一言でいまこうなってしまったようなものだ。申し訳ないと思っているし、上手く言語化出来ない感情も確かにある。


「タクヤ殿は女性のお知り合いが多いのですか?」


 ……首がかくんと落ちそうになった。

 なんだその質問。思わず姿勢を直す。予想していなかった角度からのボールだ。


 というか、水瀬のことはともかく、お前が出会った俺の知り合いの女ってもう一人は妹のことだろう。

 さすがにそれはノーカンだろ。


「そもそも友人が少ないよ俺は。電話の相手は男だし、それを除いたら他にいなくなる」

「電話?」

「……俺が席を外したときのやつ」

「なるほど……」


 なるほどではないと思うけど。伝わっているのか伝わってないのか、イマイチ分からないやつだ。そこへの興味はないんだろう。


「……で、では!」


 上擦った声でセシリアが切り出した。その顔は別に見えていないし、憶測で言うには自意識過剰みたいな言葉だけど、まるで恋する乙女のような声で。


「タクヤ殿は誰ともお付き合いしていないのですか……!?」


 核心に迫る問い掛けで、やましいことは何もないけど、ついつい気圧されて押し黙った。

 軽率に答えるのも真摯じゃない気がしたのだ。

 だけど、それほど待たずして答える。沈黙はお互いにとって良くない。


「俺は、誰とも付き合ってないよ」

「……! そうなんですね!」


 めちゃくちゃ嬉しそうに言うじゃん。

 電気が消えてて良かったとつくづく思う。


 でもそうなると、次にセシリアは事の発端を考えるはずだ。恋人のいない俺がお前に振り向いていない理由。当人がここまで振り返るのもおかしな話だけど、俺は客観的にこの場を判断する。


 それは俺がおもんぱかることではないのかもしれないけれど、でも、セシリアが分かりやすいのが悪い。

 そして、分かりやすいのだから、俺としても見過ごしてやることは難しいのだ。


「何回か言ったことあると思うけど」

「はい……」

「俺は立派な人間じゃないから」


 沈黙が訪れる。


「……私は、そうは思ってないです」


 ……………だから、それが問題なのである。


 セシリアの真っ直ぐな感情は、時として俺の複雑な人間性を浮き彫りにする。

 この時間からどうも逃れたくて、助けを求めるように手元のスマホを開いた。ぼんやりと光源が発生し、薄暗い夜中、俺は時刻を読む。



「……――セシリア、明日は早いから、そろそろ寝ておいたほうがいいぞ」

「……何かあるんですか?」

「明日のお楽しみ。今日よりもっと楽しいことがある」


 得意げになってそう言うと、先ほどの空気とは一転、単純にもセシリアは煽られる。俺もふーっと息を吐いて目を閉じる。体をソファと一体にするよう、沈ませる。


「ではお話はこれくらい、ですね」

「ああ」

「タクヤ殿」

「……なに?」

「ありがとうございます」


 ……………。

 セシリアが何に対して感謝の念を持ってくれているのか、俺にはそれを断定することが出来ないが。


「はいはい。おやすみ」

「おやすみなさい、タクヤ殿」


 二度目だから軽く受け止めてみる。

 そうすると、セシリアは満足げな様子で、改めて今日を終わらせてくれるのだった。

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