Chapter.12 ドライヤーの使い方
その後、四十分ほどして、肌着のセシリアが出てきた。湯上がりなので体は熱っており、相当体を癒してきたのだろう。精神も肉体も栄典後の時空のままのセシリアは、心ゆくまで疲れを取ってくれたようだ。
肌着。スタイルがいいから、店内で見かけたようなモデルの広告に負けず劣らずの着こなしをしていやがる。
問題は。
「お前ドライヤー使ってないだろ」
「どらいやあ?」
「なんでそんなあほっぽく返した……」
「失礼な……」
ぽかーんを体現していたお前に言われたくはないよ。
濡れた髪のままでいるセシリアを見かねて、手招きで洗面所まで連れていく。台の手前にあるフックにぶら下げたドライヤーを手に取ると、
「これがドライヤー」
「なるほど!」
……これと全く同じようなくだり、実は風呂入る前に教えたつもりだったんだけどな……。
いや、テキパキと伝えてしまったので、全てを一から覚えるセシリアにとっては抜けても仕方のない部分ではあったかと情状酌量の余地を認めつつ。
セシリアにドライヤーを手渡し、その絶対に異世界では見かけなかったような外見のそれをまじまじと眺める彼女に解説する。
「これをここに挿して」
コンセントを挿し口に入れる。
指示語なのは覚えやすいからである。
隣でふむふむ、と頷くセシリアから、俺と同じ香りがして説明が止まる。
「どうしました?」
「いや……」
振り向かないでくれ。ふんわりとするから。匂いが。これはあまりよくない。
「スイッチを入れて」
「ここですか?」
「そう」
カチッ、とセシリアがスイッチを押し上げると、ブォオオオ、と一番強い状態でドライヤーが起動してセシリアの髪が一気に浮き上がった。濡れた髪のうちの一房がべちんと俺の顔に当たる。やめろ。
「ぬ、お、おお」
「そんな暴れ狂わないだろドライヤー」
「へ? ……あ、確かに」
大丈夫かなこいつ……。勢いの強いドライヤーに戸惑いながらセシリアが持ち手を握る。も、風を自分のほうに向けるのは慣れない体験のようでぎこちない。
乱れる髪を空いている手で抑えるとそこに熱風が触れ「あつっ」と呻くし、距離を離すと前髪が目に入って嫌そうに頭を振るっている。
洗面台の鏡を見ながら乾かそうとすると、手首の捻り方がトンチンカンになっているから、頭がこんがらがったようなことをしてるし。
……………。
本当に手間の掛かるやつである。
「ちょっと貸してくれ」
苦戦するセシリアからドライヤーを受け取り、適当な椅子を取り出して洗面台の前に座らせる。「な、なんでしょう?」と戸惑うセシリアに「やってやるから」と肩を二度叩き、俺は背後に回り込む。
セシリアのつむじ、初めて見た。
「……!」
「動くなよ」
肩身が狭そうにもじもじと、内股でぎこちなく過ごすセシリアを見て見ぬ振りする。しっとりとした髪の毛に手を乗せて、ドライヤーを当てて代わりに乾かしてやった。
心境は娘の髪を乾かすパパ。
「う、うぅ……」
「そんなに嫌なら無理することはないんだけど」
「あ、嫌というわけでは!」
「ああ、そう……」
食い気味に言われて落としたスイッチをもう一度押し上げた。
前髪越しに、鏡越しに、バレてないと思ってかチラチラと見てくるセシリアがいる。顔が赤い。よほど恥ずかしいんだろう。俺としてもセシリアの髪に触れるようなことはなかったのでいまさらながら後悔が及んでいる。
嫌じゃないと言われてしまったので既に退路がなくなったが。
だいたい俺は五分掛からずで終わるが、セシリアはまだまだ掛かりそうだった。
「髪が長いとこんなに乾かないもんか」
「あ、あの、そのくらいでぜんぜんいいです」
「風邪引くからちゃんとやったほうがいいぞ」
というか風邪は引いてほしくない。健康的にも、予定的にも、セシリアを病院に連れて行けない点に関しても。体が強いのは知っているが、何せ環境が違うので、なるべく健康でいてほしいものだ。
「自分で出来そうならやってみて」
「……いえ、タクヤ殿にしてほしいです」
……………。
鏡越しに上目遣いしてくるなよ。普段とは違う態度で甘えられると俺も調子が崩されてしまう。
はいはい、と了承代わりにセシリアの頭をぽんぽんと二度叩くと、俺は再度ドライヤーのスイッチを入れ、彼女の髪を乾かしてやった。
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