第5章 第71話
「その後の事は、ある程度御存知と思います」
オーガスト・モーリーは、モーセス・グースに目を移しながら、言う。
「私に気付いたユモさんとユキさんと共に、その『不定形の黒い塊』の後を追い、あばら屋で彼を発見、一晩そこで過ごしてからここに戻り、そして、ミスタ・グース、貴方のお力添えもあり、この『都』に立ち入る事を許されたという次第です」
「なるほど……」
オーガストの話に、モーセスは腕を組んでしばし考え込む。ユモと雪風は、オーガストが上手いこと『あばら屋でケシュカルを発見した際の経緯』をすっ飛ばして説明したことに、内心で安堵する。
「……オーガスト、あんたが見た、その、『不定形の黒い塊』?って、一体何なの?」
ユモが、モーセスが考え込んでいる隙を縫って、オーガストに聞く。
「さて……
「……『奉仕種族』、そう呼ばれています」
腕を組み、やや俯いたモーセス・グースが、呟くように言う。
「『奉仕種族』?」
オーガストが、聞き返す。モーセスは、目を開け、顔を上げて、重々しく頷く。
「
言外に、これから話す事はここだけに留めて欲しいという事だと、オーガストはモーセスの言葉を解釈する。
「軍人であると同時に、私は医者でもあります。患者の個人情報については守秘義務がある、ケシュカル少年は、広義においては私の患者と言えなくもありません」
猛烈な拡大解釈であり、屁理屈に等しいが、モーセス・グースが欲しいのはこの類いの言質であろうと、オーガストは判断する。
案の定、モーセス・グースの顔から険が落ちた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、拙僧も安心出来ます」
組んだ腕をほどき、改めて交互に指を組んだ両手をテーブルの上に置いて、モーセスは語り始める。
「これからお話しする事は、ケシュカル君の個人情報が含まれます。その事をご承知置き戴きたく、お願いします」
「ケシュカル君がこの『都』に運び込まれたのは、ずいぶん前の事になります。その時は、彼は既に御遺体、それも、相当に損壊の激しい状態でした」
「え?」
モーセス・グースの思わぬ一言に、ユモと雪風の疑問符がハモった。
「御遺体って、え?」
「ちょ、マジ?え?うそ?」
「……ケシュカル少年は、
ユモと雪風の疑問を引き取って、オーガストが、冷静に聞き返す。
「そうではありません」
手を振って、モーセスは否定の意を示す。
「今の彼は、死体ではありません。順を追って説明いたしましょう。ユモさんとユキさんは既に御存知のはずですが、『都』では、近隣の村落で亡くなった方の御遺体をお預かりすることがままあります」
「そうなのですか?」
モーセスの言葉を聞いて、オーガストはユモと雪風の顔を見る。
「らしいわね」
「実際、おとといも運んでましたし」
「何と……」
「もちろん、葬儀は済ませた後の、一時的な預かりという形です。それをふまえまして、大変残念なことですが、この周辺では、身元不明の御遺体が見つかることもままあります。昔に比べればずいぶんとましになったそうですが、今なおこのあたりの土地は人に厳しく、崖から落ちる者や、獣に襲われる者が後を絶たないのです。中には野盗に襲われて命を落とす者も……『都』には直接は関係ない御遺体ではありますが、出来れば
モーセスは、一度言葉を切って、ユモと雪風、オーガストの顔を順に見る。嫌悪や否定の表情が無いのを確認して、モーセスは話を続ける。
「『奉仕種族』は、この『都』の地下深くに住む、ある意味でこの『都』の中枢とも言える存在です。詳しい事は、拙僧もお話し出来るほど知っている訳ではありません。例えるならば、人は、自分の心臓が動いている事は知っていても、どうやって動いているかを語ることは難しい、そんな感じと思ってください。ただ、この『都』を作ったのも、今現在運用出来ているのも、『奉仕種族』あっての事というのは確かです。そしてまた、『奉仕種族』の細胞は、人の細胞によく馴染みます。なんとなれば、この地上の全ての生物は、『奉仕種族』の原形質を元に作られたのだという話すらありますから、親和性が高くよく馴染むのも
「待って下さい」
やや早口に、興奮気味に、身を乗り出したオーガストが話を割った。
「その、『奉仕種族』というのは、細胞を持つ生命体で、人の体に融合する、限りなく人に近い生物である、そうおっしゃっているのですか?」
「医学的、あるいは生物学的にどう説明したものかは、拙僧は浅学にして語りようがございませんが、一般的な意味においては、是、という事になります」
「では……」
「わかります、モーリーさん、軍人にしてお医者でもある貴方が何を期待されているかは拙僧にもおおよその想像は出来ますが、どうか結論をお急ぎになりませんよう。最後まで拙僧の話を聞いていただきたいのです……よろしいか?」
ぐっと、モーセス・グースも身を乗り出す、笑顔のまま。
「……失礼いたしました、どうぞ、お続け戴きたく」
その無言の重圧に、オーガストは思わずたじろぎ、椅子に深く座り直した。
山ほど湧いてきた、具体的に聞きたいあれこれを、ぐっとこらえながら。
「さて、『奉仕種族』の細胞ですが、我々はこれを、原則として御遺体の記憶を読み出すためにのみ用いております。具体的には、脳の一部に細胞を侵食させ、特殊な通信装置を用いて記憶のコピーを
「侵食すると、どうなるの?」
ユモが、抑揚の無い声で聞く。
「『奉仕種族』そのものになります」
ユモに向けて、あっさりとモーセスは答える。
「御遺体の状態により、生前の意識や記憶を残している場合もありますが、拙僧の知る限り、ほとんどの場合で人としての意識を持たない『奉仕種族』となりました。そうなることは、御遺体の生前の意識も望んではいないでしょうから、そうなる前にそうなる原因を取り除くのです」
「つまり、そうなった事があった、って事よね?」
ユモが、重ねて聞く。
「残念ながら、初めのうちは。御遺体には申し訳ない事をしてしまいましたが、善意から行った事でもあり、最終的にはこちらで丁重に供養させていただきました。もちろん、だから良い、赦される、というわけではありません。その責任と罪は事を始めた拙僧にあります。故に、拙僧はこれからも懺悔と精進を続けるのです……まあ、拙僧の事はどうでもよいでしょう」
話ながら、一瞬だけ慙愧の表情を見せたモーセス・グースは、穏やかな顔に戻って一同を見まわし、話を続ける。
「『奉仕種族』になるとはどういう事か、詳しく聞きたいという皆様のお気持ちは良くわかりますが、もう少し辛抱いただきたい。物事には順序というものがありますれば、
「……どっかの不思議な地下都市に迷い込んだ冒険者の世迷い言を書き留めたメモ帳、だったかしら?」
あえて辛辣な言い方で、不機嫌そうなユモが言う。
「一体、何の事ですか?」
「誰だっけ、名前ちょっと出てこないんですが、つまるところ、この『都』をちょっと前に訪れた西洋人が、ナチスに語ったその旅行の一部始終のメモ、で、あってるかな?」
「この地ではチェディと名乗っていました」
ユモの言い方に苦笑を浮かべていたモーセスが、オーガストの問いに答えた雪風の言葉を引き取る。
「テオドール・イリオン。それが本名とのことですが、そうです。ケシュカル君が崖から転落し、ドルマが『井戸』に身を投げるまでの間、一月に満たないほどの間のさらにその数日間にこの『都』に滞在した旅行者。その彼が語った内容の要旨を書き抜いたもの、それがペーター少尉殿の書簡です」
「話の腰を折って申し訳ないんだけど、確認させて」
ユモが、話を割って口を挟む。
「その書簡はつまり、この『都』の事が詳しく書いてあって、あんた達にとって都合が悪いから奪取した、そういう事かしら?それともう一つ」
頬杖をついたユモの、厳しい、やや吊り気味の碧の瞳が、モーセスをひたと見据える。
「話の流れから言って、ドルマはもちろんケシュカルもそのイリオンって奴と関係があるって事よね?崖から落ちたって言ったかしら?それも、ただの事故じゃ無いって事?」
「最初の問いについては、イエスでもありノーでもあります。『都』の事が外国に明らかになるのはあまり感心出来ませんが、いずれ時間の問題であろうという意見は最近の
モーセスは、ユモの視線を真っ向から見返して、答える。
「二つ目の質問については、イエスです。さすがは福音の少女、その慧眼、このモーセス・グース、感服いたします……詳しくお話ししましょう」
椅子の上で軽く会釈したモーセスが、説明を続ける。
「ケシュカル君が如何にして死に至り、そして『奉仕種族』の細胞を得て復活するに至ったか、を」
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