第4章 第61話

「そしたらね」

 夕食後、自室に戻り、水筒に入れて持って帰ってきたコーヒーとチョコレートショカコーラでお茶をしながら、ユモは雪風に指導する。

「あんたの指を載せて、こう言うの。『汝、たった今生まれし神秘の秘石に我は命ずる。我は汝の主なり。汝、その秘められしまじないをもって、我の求めにこたえるべし、汝、我の源始力マナを覚え、これによりてのみ、秘術を現すべし』」

「汝、たった今生まれし……」

 ユモの言ったとおりに、雪風は薄桃色の小さな水晶に指を載せ、言葉を繰り返す。『我の源始力マナを覚え』のくだりで、雪風は、自分の指から何かが水晶に流れ込んだのを感じ取り、軽く目を見開く。

「いいわよ。で、最後に『始動呪文コマンドワード』を焼き込むの。考えてきた?」

「もちろん。一択よ」

 ユモに問われた雪風は言い切って、そのコマンドワードとやらの案を――呪文的に同じ意味になる単語の組み合わせを事前に教えられ、組み合わせてみていた――ユモに耳打ちする。

「……良いわね。音感がこっちの呪文、載せやすいわ……『我まとうは輝煌きこうなり』ってとこかしら?じゃあ、それでいい?」

「うん」

「じゃあ、続けて。『汝、我の言葉によってそのまじないをおこすべし。我の……』」

「汝、我の……」

 ユモの教える言葉を食い気味に繰り返し、雪風がそのコマンドワードを発した瞬間、薄桃色の、ハート型に成形された水晶は一瞬きらめき、すうっと、濃い桃色に変色する。

「……上手くいったみたいね」

「これで、完成?」

「そうよ」

 ふんすと鼻息荒く胸を張って、ユモはふんぞり返る。

「この魔女ユモ・タンカ・ツマンスカヤ様の傑作よ。使い魔一号フェアトラート・アインス、有り難く頂戴しなさい」

「魔女見習いでしょ?」

「うさい」

 言いながら、雪風はその桃色の水晶をつまみあげ、水晶に繋がる黒いリボン――ユモのワンピースの端切れ――を首に巻く。

「……どう?」

「……なんだろ、妙に似合うわね……」

 元々、言っては何だが女子中学生としては老け顔で、タッパもあり出るとこ出ている雪風のこと、黒いリボンに濃いピンクのチョーカーを首に巻くと、漆黒のセーラー服とあいまって一種独特の色気が出てくる。

「よし、ちょっくら試してみるか」

 言うが早いか、雪風はそのチョーカーの水晶に指を当てて、先刻のコマンドワードを呟く。

 瞬時、部屋の中に光が溢れ、最前までセーラー服を着た雪風の立って居たそこには、かなり狼寄りのプロポーションの人狼が立っていた。

「んもう。そうなるかなって思ってたけど、思ったより眩しいじゃないの!」

 自分で作った魔法具であっても、初めて作ったそれの作動確認は意図しないことが起こる事を身をもって知ったユモは、その軽い憤りを誰にともなくぶちまける。

「……へえ。上手くいったじゃん。どれ……」

 もう一度、同じ手順でチョーカーを作動させ、雪風は元の姿に戻る。

「……光るのはどうにもならないの?」

「ごく短時間で無理矢理物質変換させてるからね」

 雪風に問われて、ユモが説明する。

「時間かけてやればそうでもないんだけど。一瞬で物質を胞衣エナ本質イデアに分解、変換して、そのチョーカーの向こうの空間に格納してるんだけど、どうしても変換時の源始力マナのロスが光として認知されちゃうのよね……」

 この世に存在するありとあらゆる物質、これらは胞衣エナ本質イデアが結びつくことで具現化する。故に、物質を胞衣エナ本質イデアに分解し、本質イデアの情報を書き換えれば鉛も金となる。これが錬金術の非常に乱暴な概容であるが、実際にそれを行う事の出来た魔術師、錬金術師は歴史上十指に満たないとされる。その理由の一つが……

「そういや、空間維持する分も含めて、源始力マナはあんた自身からの持ち出しだけど、大丈夫?」

「そうね……確かに一瞬ふわっとしたけど、別に変わったところないし、一瞬でってのはあたしの注文だし。光るのも、使い方次第で何とかなるか。おっけ、有り難く受領いたしますわ」

 言って、雪風はスカートをつまみ、軽く膝を折って挨拶し、気にいったのか、そのままくるっと回ってみたりしている。

「一瞬ふわっとって……あたし、作ってる最中の作動確認の時に源始力マナ吸われて倒れかけたんだけど……」

 物質変換には、複雑で難解な術式と、莫大な源始力マナが必要とされる。それは、価値になおせば、鉛を金に変えてもまかなえない、割が合わないと、まことしやかに噂されている。

「基礎体力の違い、ですかな?」

「『あっちは肉体労働』は伊達じゃないわね……」

「そこ、何か言った?」

 ユモとニーマントのひそひそ話に気付いた雪風は、それでも上機嫌のまま、笑顔をユモに向け、ユモに聞く。

「てかさ、これ、つまり常にどっか別の空間に繋がってるって事?」

「そういう事。容積は投入する源始力マナ次第だけど、そのチョーカーはあくまで扉、言うなれば『異空間ゲート固定装置』、その水晶の中に格納しているわけじゃないし、その水晶自体、別な使い方も出来るわよ。まあ、慣れてきたらおいおい教えてあげるわ」

「ふうん……じゃあさ、こんな使い方も出来る?」

 こしょこしょと、雪風はユモに耳打ちする。

「お。気付いたか。さすがはあたしの使い魔一号フェアトラート・アインスね」

 ニヤリと笑うユモに、雪風も片頬を歪める。

「いやはやなんとも、魔法とは奥深いものですな」

 その二人などどこ吹く風、ニーマントが、飄々と呟いた。

「本当に、興味深い……興味が、好奇心が、尽きません」


「皆さんが、夕食に来ない?」

「はい」

 賓客ゲストや『聖同胞団グレートブラザーフッド』の下位団員が居住するエリアから下る事百メートル程、宮殿の深層の謁見の間で、貴き宝珠マニ・リンポチェは目の前にかしずく中位の団員の言葉に、首を傾げた。

「本日の客人、全員が?」

「それだけではございません」

 並んで傅く別の中位の団員が、答える。

「昨日来訪されました、白人の客人も、夕食は不要とのことでした」

「そうですか……」

 頬杖をついて、貴き宝珠マニ・リンポチェはしばし、考え込む。

「……昼食は、客人はられたのですか?」

「はい、いえ」

 即答してから、最初の団員は言葉を翻す。

「男性お二人は残さず召し上がられましたが、お子様お二人は体調が優れないとおっしゃられて、手を付けられませんでした……そういえば」

「何か?」

「昨日いらっしゃった、メークヴーディヒリーベ氏ですが、食後に戻されていたようです」

「おやおや……お口に合わなかったのでしょうか?」

「それはわかりませんが、ドルマに命じられて、召使いが清掃したとの事です」

「なるほど……そう言えば」

 何かを思い出して、頬杖をついていた貴き宝珠マニ・リンポチェは体を起こすと、笑顔で、目の前に傅く数名の団員に言う。

「少し前にこの聖なる都を訪れた異邦人エイリアン、チェディ、と言いましたか。彼も最後は食事を摂られませんでしたね。そして、メークヴーディヒリーベ氏はそのチェディ、本名は」

 貴き宝珠マニ・リンポチェは、目の前のテーブルに置かれていた紙束をぱらぱらとめくりつつ、言葉を続ける。

「テオドール・イリオンだそうですが、そのイリオンの手記をメークヴーディヒリーベ氏はお持ちであった……どのみち、メークヴーディヒリーベ氏とはこの後会談の予定でしたね?詳しい事は、後ほど、御本人からうかがいましょう。予定を調整してください。メークヴーディヒリーベ氏との会談の後の予定を、全てキャンセルにするように」

 

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