第4章 第50話

「失礼、お話しを中座してしまい申し訳……おや?」

 ドルマと分かれた後、ペーター少尉はユモと雪風の部屋に戻り、ノックの後に扉を開け、そこでラモチュンがユモと雪風とオーガスト・モーリーに、何らかの説明をしているところに出くわす。

「ああ、いいところに来ましたね。具合は大丈夫ですか?」

 オーガストに聞かれ、ペーター少尉は頭を掻く。

「はい、ご心配をお掛けしたようで、申し訳がありません」

「いえいえ、慣れない食事・・・・・・を胃腸が受け付けないのはよくあることです。お気になさる必要はありませんよ」

 そう言って、オーガストは自分の隣のクッションを勧め、一礼してペーター少尉はそこに腰を下ろす。

「いずれにせよ、失礼をいたしました。それで、なんのお話しの最中でしたか?」

「ラモチュン女史から、この『都』でのしきたりなどを伺っていたところです」

「はい、お客様ゲストにお守りいただきたいいくつかの事柄について、ご説明申し上げていたところです。ペーター・メークヴーディヒリーベ様には、ドルマが既にご説明申し上げたと聞いています」

「ええ、伺っています」

「要するに、あたし達はここでは基本的に自由行動が許されている、一部を除いて。そして、基本的にここでは身分の差は存在しない。そこまでは分かったわ」

 ペーター少尉とオーガスト、そしてラモチュンの会話に、しびれを切らしたユモが割り込む。

「食事は日に二回、一般の昼食と夕食の時間に食堂で。水場とトイレは廊下の先だけ。一部を除いて『都』の中の移動も自由、『庭園』も『図書館』も出入り自由だけど、『寺院』と『宮殿』は許可が必要。外出も特に制限無し、こんな所かしら?」

「ご理解いただけているようで、結構です」

 やや飽きが来た感じのユモの確認を、ラモチュンが頷いて肯定する。

「付け加えるならば、この都では大声を出されたり、大笑いされたりなどは控えていただけますよう、お願いします。他の皆様も『食堂』や『図書室』でよく話し合われていますが、声を荒げることは滅多にありません。また、私を含め少ないとは言えここには女性もおりますが、くれぐれもふしだらな行いなどは控えていただけますよう、お願いいたします」

「……私ですか?」

 なんとなく自分に視線が向いているのを感じ、その湿度の高い視線の主が二人の少女である事に気付いたペーター少尉は、思わず声が高まる。

「大声出しちゃダメだって」

 含み笑いだけでなく、色々と含みのありそうな顔と視線で、ユモが突っ込む。

「少尉に限って、そのようなことはなさそうですが……まあ、こちらにも淑女レディが二人いらっしゃいますし、心得ましょう」

 オーガストが、助けを求めるような視線を送るペーター少尉に頷きつつそう言って、場を締めた。


「それで思い出したんだけど」

 雪風が、誰にともなく聞く。

「ケシュカル君、食堂に居たっけ?」

「ケシュカル少年、ですか?私は見ていませんが……」

「ああ、それなら」

 オーガストが、話を引き取る。

「お二人と入れ違いになったのでしょう。我々が食堂に入った時、グース氏でしたか、彼とともに食卓を囲まれていましたが、ほどなく二人とも席を立たれましたから」

「……抜け駆けされた?」

「さっきの今で、あからさまにそこまではしないと思うけど」

 疑ってかかるユモに、一応は先ほどのモーセス・グースの言葉を信じようと雪風が言う。

「でしたら、『図書室』に向かわれたのではないでしょうか?」

 ラモチュンが、小首を傾げて頬に人差し指を当て、思案げに答える。

「ケシュカル少年には色々と知ってもらわなければならないと、モーセス師範ロードがおっしゃっていましたから」

「……行ってみる?」

 雪風が、ユモに確認する。

「……今はまだいいかな。夕飯過ぎても戻ってこなかったら考えるけど」

 ちょっと考え込んでから、ユモは答える。

「あんたの言うとおり、速攻で約束を反故にするってのも、ない話よね。あれだけ大見得切ったんだから」

「私は、少しその『図書室』とやらに行ってみようと思います。ですから、そこに居るのなら、ケシュカル少年の様子も見てきましょう」

「であれば、中佐、私もご一緒させてください。正直、ここの蔵書には大変興味があります」

 ユモに向けて、オーガストが提案し、ペーター少尉がそこに乗っかる。

「では、私がご案内しましょう。お二方はいかがしますか?」

 ラモチュンが、男性士官二人に頷いて言った後に、ユモと雪風に聞く。

「遠慮しておくわ。午前中歩きづめでさすがにくたびれてるの」

「八割方あたしがおんぶしてたけどね」

「うさい」

「では、夕飯までゆっくりお休みください。用意が出来ましたら、私か、あるいは他の者が呼びに参りますので」

 ユモの一言に対する雪風の突っ込みには全く触れずに、ラモチュンはさらりと言って、士官二人に向き直る。

「では、よろしければご案内いたします」

 ラモチュンが腰を上げ、士官二人は後に続いた。


「部屋の空調に感謝ね」

「ん?」

 三人が出ていった扉を閉めながら呟いた雪風に、ユモが怪訝な顔をする。

「いやさ、さっき食べたお昼の匂い、バレなかったなって」

「ああ……」

 ユモは、天井付近の通気口を見上げる。

「……これって、どこに繋がってるのかしらね?」

「さあて……吸気にフィルタはあるだろうし、温度と湿度もコントロールしてるっぽいし……でも、排気も引いてるっぽいんだよね、ここの空調」

「出入り口両方に機械があるってこと?」

「だとしたら、相当手の込んだ施設だって事だと思う。それが、戦前どころじゃない昔っから運用されてるってことでしょ?」

 雪風は、肩をすくめる。

「シャンバラかどうかはともかく、マジモンのオーパーツには違いないわよね、ここ。この下にも相当な階層がありそうだし」

「そのようですな。階段とシャフトが、私の関知可能範囲を超えて、数本下に向かってます」

「その割には、ここ、放射閃オドが薄いのよね……」

 雪風とニーマントの分析に対し、ユモは首をひねる。

「これくらい怪しいところだと、大体もう少しは放射閃オド源始力マナも強く感じるものなんだけどな……」

「確かに、これまでの時空跳躍タイムリープで何度かそういうところがありましたが、そうでないところもいくつかあったかと記憶しています」

「……そうだったわね」

 ニーマントに指摘され、ユモも思い出す。

「最初のあそこなんか、まさにそれだったわね」

「あそこって、あそこ?」

「あそこ」

 確信犯的に聞き返した雪風に、頷いてユモも答える。

 二人が、最初に放り出された、異世界にも等しい極寒の地。北米、ウィスコンシン州ミシガン湖畔の森林地帯。

 あの時の『イタクァの洞窟』も、『リック湖畔の要石』も、その成り立ちから言えばもっと源始力マナ放射閃オドも激しく放射していても良いと思えるし、もしそうであればあの時、探し当てるのにあれほどの苦労はしなかったとも思える。

 しかし、現実はそうではなかった。

「あくまで仮説だけど。あたしやあんたが感じ取れる源始力マナ放射閃オドは、あくまでこの地球の自然、生態系、なんなら神話体系に沿ったモノだ、って事なんじゃないかって、あたしは思ってるの」

 そう言ってから、ユモはため息をつく。

「で。あそことかにあったのは、『蕃神ばんしん』に関係する何か。それはつまり、この星、地球の外から来た何者かに関係するものであって、地球本来の源始力マナ放射閃オドとは系統が違うんじゃないかって」

「だから、系統が違うから、感じられない、ってより感覚が鈍いってこと?」

「可聴域を外れた音って言うか、紫外線赤外線みたいに可視光領域外してるから『影響するけど見えない』って言うか。そんな感じ?」

「ああ、うん。わかる」

 ユモのたとえで、雪風もストンと腑に落ちる。

「……ってーことはつまり、ここもそうである可能性がある、って事?」

「考えたくないけどね……ニーマント、あんたも何も感じないんでしょ?」

「そうですな。御存知の通り、むしろ私は放射閃オドについてはお二人より敏感かつ正確に感じ取れると自負してますが、特にこれと言って今のところ、普通に洞窟の中にいる以上の何かを感じているわけではありません」

 いわゆる五感を持たない代わりに、ニーマントは放射閃オドと、その根源たる源始力マナを見極めることで周囲の環境を把握している、らしい。

「うーん……よし!」

 ちょっとの間、天井――つまりガラスの天窓――を見上げて唸っていた雪風は、一声気合いを入れると、勢いよく立ち上がった。

「考えても分からん!そう言う時は、体動かすに限る!」

 言って、雪風はガンベルトを巻き直し、慣れた手つきで左右のホルスター――どっちも右用――にM1911とM1917をぶち込み、巾着袋ダンプポーチもベルトに縛りつけ、雑嚢ブロートボイテルをたすき掛けに背負う。

「ちょっと散歩して来る。ついでに、この施設の外をひととおり観察してみる」

 ハーフムーンクリップを二つずつスカートの左右のポケットに、マガジン二つをガンベルトのポーチに入れながら、雪風はユモに宣言する。

「……OKオーケイ。じゃあ、あたしは、一息ついたらアレ・・の仕上げ、しとくわ」

 それを受けて、ユモもやるべき事を思い出す。

「よろしく!んじゃ!」

 言うが早いか、雪風は早足で部屋を出る。

「ほんっとに、じっとしてられないんだから……さて!」

 苦笑しながらその雪風の背中を見送って、ユモも気合いを入れる。

「がんばって、完成させますか!」

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