幸せの音に包まれて(最終話)


「メレディア」

 低く深い、少しばかり硬い声で私の名を呼ぶロイド様。

「ロイド様、これはいったい……。あの、決闘は?」

 やっぱり番長はいないし、ロイド様はなんだか無事だし、いったいどうなっているのか……。


「決闘? なんのことだ?」

 違うの!?

「え、だ、だって、カードが……。ロイド様、番長に誘拐されたんじゃ?」

「誰だバンチョウって」

 どういうこと!?


 私が混乱していると、ロイド様ははぁ、と呆れたように息をついてじとっと私を見下ろした。

「また何か早とちりして妙な勘違いをしたのか……」

「うぐっ……」

 前科(愛人疑惑騒動)がある分何も言い返せない。


「このカードは、まぁ、時間稼ぎと余興みたいなものだ」

「時間稼ぎと余興?」

「あぁ。……メレディア。俺は、お前と結婚するつもりはなかった」

「!!」

 突然繰り出された言葉に返す言葉が出てこない。

 これはまさか盛大な別れ話……!?


「うん、また早とちりするなよ? 最後まで聞け」

「うっ、はい……」

 危なかった。またやらかすところだった……。


「よし。……結婚するつもりはないから、あんなに厳しい条件をつけたんだ。まさかあの条件が通るとも思っていなかったが、予想外にも承諾されて、俺とお前は結婚してしまった。結婚しても翌日には家を開け、しばらく仕事に出て……。それでもお前は、俺を厭うことなくそばに居続けた。何を求めるでもなく、俺の悩んでいるものを無意識に解決してくれた。俺にとってお前は──庭に咲く花になった」

「花、ですか?」

 私の問いかけにゆっくりと頷くロイド様。


「あぁ。いつもそばにいて、俺の心に安らぎをくれる。いつの間にかお前は、俺にとって、なくてはならない存在になった」

「ロイド様……」


 その言葉だけでもう、胸がいっぱいだ。

 私はここに居ていいのだと、私の居場所はここなのだと分かったのだから。


 私がロイド様からの思っても見なかった言葉を噛み締めていると、ロイド様は徐に私の前へと跪いた。


「ろ、ロイド様!?」

 驚く私の右手を取ると、ロイド様はそれにそっと口付けた。

「俺は、妻メレディアを愛している。何よりも、誰よりも。これからも俺と共に生きてほしい」

 鋭い翡翠色の瞳が真っ直ぐに私に向かう。


 誰かに必要とされたかった。

 ううん。

 ロイド様に必要とされたかった私が望んだ、彼の言葉。


 服は二人とも真っ白。

 首にはキラキラ光るネックレス。

 お化粧とヘアアレンジで綺麗にしてもらって、花で飾られた私。

 そして手には可愛いブーケ。

 片方の手に剣なんて物騒なものは持っているけれど、まるで結婚式のようなシーンに胸が熱くなる。


「ロイド様、私も……私もロイド様のことを愛しています。私をもらってくれて、そばに居させてくれて、ありがとうございます。これからもずっと、よろしくお願いしますね」


 溢れそうになる涙を堪えて、私が笑顔でロイド様に答えると、その瞬間、中央広場は大きな拍手と祝福の声に溢れた。

 さっきまでの静寂が嘘のように、音で溢れかえる。


「っ、おい、メレディアは大きな音が苦手だと──」

「大丈夫です、ロイド様」


 ロイド様はあらかじめ皆に私が音が苦手なことを教えていたのだろう。

 だからずっと、彼らは静かに見守るだけだったんだ。


 でも、もう大丈夫。

 この音は、この声は、怖くないわ。


 世界は不協和音で溢れた怖いものなのだと思っていた。

 それは音に慣れていなかったというのもあるけれど、きっと悪意に満ちた言葉が蔓延していたから。

 この声は、私が今まで接してきた貴族たちが放つような不快な音なんかじゃない。


 私を認めてくれる、私たちを見守ってくれる、祝福してくれる、愛おしい音だ。


「ロイド様、私……ベルゼに嫁げてよかった」

「っ……」

 一粒こぼれた涙を見て大きく目を見開いたロイド様は、そっと私の頬にその大きな手を添え、そして──。


「んっ!?」


 私の唇に、ロイド様の少しカサついたそれがピッタリと重なった。

 瞬間、周りの声が遠く聞こえるような錯覚に陥る。


「っ……はっ……」

 酸欠になりそうになった頃、それはゆっくりと離され、見上げればしたり顔のロイド様のお顔。

「なっ……なっ……い、いま……」

「どうした? 結婚式の時はお前が強引に口付けたくせに、顔が真っ赤だぞ?」

「〜〜〜〜〜〜っ」


 ニヤリと笑ったロイド様に、静かに暮らしたかったはずの私の心臓がうるさく音を奏で始める。


 それはどこか心地の良い、幸せの音のように聴こえた──……。



END

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