あだ名が進化しました


 ガランとした王都の中心──中央広場に、ヴォルフガン騎士団長率いるベルゼ公爵家の紋章付きの荷馬車が到着すると、それまで家の中で静かに身を潜めていた街の人々が、何事かと顔を出してきた。


「私はヴォルフガン騎士団・騎士団長、アーガスト・トレイルだ!! この度ベルゼ公爵家が、王都、そして王都周辺の街のために、水や食料を分け与えに来て下さった!! これより物資を配布する!!」


 しん……。


 一瞬の静寂が広場を包み、そして──……。


「食料だ……水だ……!!」

「助かるぞ!!」


 ぽつりぽつりと声が上がり、それは大きなねりとなって私たちに押し寄せてきた。


「俺が先だ!!」

「どけ!! こっちが先だぞ!!」

「こっちには小さい子もいるんだ!!」


 目の前で人々が押し合いへし合い、混乱状態になる。

 だめだ。

 皆不安からパニックになってる。

 なんとか収めないと、怪我人が──。

 それにこの不協和音……。

 流石にこの量の音を一気に聴き続けると……。


 私が口元を抑えたその時、目の前を、まるで音の暴力から守るように、黒く大きな背が音と視界を遮った。


「聞け」

 低く深く通る声が、広場へと響き渡る。

 とともに、(本人はその気はないのだろうが)鋭い瞳が群衆を睨みつける。

 すると騒がしかった音は止み、さっきまで押し合っていた人々の動きが止まった。


 さすが、ちまたで噂の強面冷酷公爵だ。


「俺はベルゼ領、ロイド・ベルゼだ。先の災害により王都周辺の水や食料が不足していると聞き、我が領の糧を分けにきた。一人分が一箱になる」


「一箱!?」

「そんな、一箱じゃ足りるわけが……」


「足りますよ」

 いつまでも音に怯えて隠れていてはいけない。

 私は、ロイド様の隣へと並び出る。


「!! あれは、ベルゼに嫁いだっていう──」

「ゲロ仮面令嬢!!」


 【ゲロ吐き令嬢】と【鉄仮面令嬢】。

 二つが合体してとんでもないインパクトのあだ名になってる!?


 繰り出される蔑称に、ロイド様がひと睨みすると、声の主は肩を跳ね上がらせ縮こまってしまった。(今のはきっと本気のやつだろう)


「メレディアは、遠く辺境の地の、しかもこんな無愛想な男の元へと嫁いで、それでもベルゼの領民のために、一緒に汗を流しながら働いてくれた。心優しい、聡明な女性だ。噂に翻弄されるな。自分の目で見たものを信じろ」


「旦那様……」


 染み渡っていく旦那様の声を噛み締めながら、私は意を決して、もう一歩前へと進み出た。


「メレディア・ベルゼです。この箱の中には──このように、パック状の凍った食材が一人分の約二月ふたつき分入っています」


 私は一つ箱を開けると、中からパックして保存された冷凍食品をとだし、群衆に向けて掲げた。


「あれは何?」

「え、食べ物?」

「あんなに小さいのか!?」


 初めて見る形の保存食に驚きの声が上がる。


「これは下処理をして下味もつけてから凍らせているので、湯煎したり炒めたりしてすぐに食べられますし、冷凍庫での保管で長期保ちます。これを町ごとの戸籍名簿に沿って一家庭に必要な数を各家を回って、ベルゼ領の有志たち、そしてヴォルフガン騎士団の皆さんに配ってもらいます。その間、私はここでお手本として調理法を実演しますので、よければ見ていってください」


 そして私のそばに、魔石が組み込まれた簡易調理台が用意され、騎士達が一斉に荷馬車から押し車へと箱を数個ずつ積み、各家庭へと配りに動き始めた。

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