狙われたベルゼ夫妻
「……」
「……」
天候の変わりやすいこの時期。
私たちはフレッツェル伯爵家から一度タウンハウスに戻ることなく領地への帰路に着く。
雨雲が見えていない今のうちに、少しでも移動しておかねば、いつ何が起こるか分からないからだ。
荷物を乗せた馬車はすでに途中の宿泊施設に向けて出発させているので、もう到着して宿に荷物を運び込んでいる頃だろう。
私は無言のまま、膝に置いた自身の手を見下ろしていた。
その時──ガクンッ!!
「きゃっ!?」
「っ!! 大丈夫か!?」
大きな音とともに衝撃が馬車を襲い、バランスを崩した私の方を旦那様が支えた。
「あ、ありがとうございます……」
「旦那様大変です!! 賊が……賊が現れました!! すぐにお逃げください!!」
外から御者の焦ったような声が響く。
「賊だと!?」
旦那様と窓の外を見てみると、夜闇に無数の炎が私たちを取り囲んでいるではないか。
松明を持って顔を布で覆った、背丈からはおそらく男性だろう賊達が、布の隙間からぎろりと私たちを見つけた。
「ロイド・ベルゼだな? 大人しく来てもらおう!!」
「俺が狙い?」
なぜ?
……まさか……さっきの腹いせにお父様が……?
「……良いだろう。だが、妻と御者は屋敷へ無事帰してやりたい」
「旦那様!!」
旦那様は馬車の扉を開け一人降りると、目元を三日月型に緩ませながら、賊のリーダー格であろう男が一歩前へと出る。
「ふん、よかろう。武器を捨てろ!!」
帯剣していることは把握済みらしい。
旦那様は苦々しい表情を浮かべながら、帯剣ベルトから愛剣を取り外し、男のあしもとへと投げた。
「よし、良いだろう。無事に屋敷へ帰そう。ただし、御者のみだ。メレディア・ベルゼは一緒に連れて行く」
「っ……!! 卑怯だぞ!!」
私まで拉致するつもり、ということは、やっぱりさっきの腹いせにお父様が私たちを攫うように命じたんだわ!!
こういうことにだけは仕事が早いのね。
旦那様の剣は取られてしまったけど、まだ武器ならある。
私はふと馬車の座席下に置いてある旦那様に渡された予備の剣へと視線を落とした。
これを旦那様に──私は急いでドレスをたくりあげ右腿に沿わせるように剣を入れ込むと、上からそれを手で押さえつけながら馬車を降りた。
「旦那様!!」
「メレディア!! バカ!! 降りるな!!」
私は旦那様に口元を緩ませ「私も投降します」と言葉ではそう言いながら、必死に手を動かした。
そう──手話だ。
『予備の剣は私が持っています。隙を見てお渡しします』
レイ達の授業風景を見ていた旦那様になら、簡単な手話は伝わるはず。
馬車から降りて旦那様の隣に並び立った私を確認してから、リーダー格の男が右手をスッとあげ、仲間達に合図を送った。
すると馬車の進路を遮っていた賊達は道を開け、それを見た旦那様が御者に向かって命令を出した。
「すぐに山を抜け、宿泊先へと向かえ!! テオドールがいるはずだ!!」
「しかし……!!」
「大丈夫だ。メレディアは、俺が守る……!!」
その言葉に従者は断腸の思いで頷くと、まっすぐに前を向いてから勢いよく馬車を走らせた。
テオドールなら旦那様の指示がなくても適切な判断をするだとろうということなのだろう。
旦那様がそこまで信頼するテオドールならば、きっと大丈夫だろう。
私は小さくなって行く馬車を見送ると、再び目の前の男達へと視線を向けた。
私も、旦那様を信じてやってやるわ……!!
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