第2話 変な奴と始業式

「……何を言っているの? 君は」


「え、駄目? 私、多分入試の成績二位だしさ。代わってもらえないかなぁ……?」


 残念ながら、聞き直しても何を言っているか分からなかった。常識というものをどこかに落としてきてしまったのだろうか。自己採点では満点なので、おそらく入試成績一位の面真としては、こんな奴が自分の次などと信じたくなかった。


「私、本番のとき体調不良で、一点だけ落としちゃってさ……。だから実質君と同じ! 同点! ってことで、私がやってもよくない?」


「――いや、駄目でしょ。体調不良だとしても一点は一点なんだし。入試成績一の人が挨拶をするのが伝統だって言ってたし」


「いつまでも古臭い伝統に囚われているの、馬鹿らしいと思いませんか?」


 キリっとした顔で問う詞詠だが、残念ながら僕はその手には乗らない。


「よく言われるブラック校則とかなら思うかもしれないけれど、新入生挨拶ごときでそうは思わないなぁ」


「頼むよ。そこを何とかぁ……」


 初対面のクラスメート相手に、ここまで懇願されたことのある高校生はいるだろうか、いや、いない(反語)。


 古典の授業の予習で覚えた反語が脳内で出てくるくらいには、面真の頭は混乱していた。


「そもそも……なんでそこまで新入生挨拶にこだわるんだい? 見に来る親御さんにいい姿を見せたいとか?」


 そういうことならばまだ話が分かる。そう一人で結論付け、先んじてうなずこうとする面真。


だが――。


「別に? 新入生挨拶の中で、個人的に言いたいことがあるだけだよ。……それに、私の両親は海外にいるから見に来ないよ?」


 オーマイジーザス。世の中にはどうやら、本当に理解できない奴というのがいるらしい。僕は諦めの意味を込めて天を仰ぎ、目を閉じる。


「顔を上に向けたってことは……」


 やっとわかってくれたのだろうか。かすかな期待を込めて、顔をもとの位置に戻し――。


「いいよってうなずくためだね! 分かった、ありがとう!!」


「そんなわけないよ?! 入試二位なら、もう少し状況から人の感情を推測できると思うんだけどなぁ!」


僕の精いっぱいの皮肉にも、詞詠はあっけらかんとした顔で聞いている。それどころか「え、ダメなの? なんで? 別に私がダメとは限らないんじゃないかなぁ?」などと意味不明なことを言ってくる。


「高校生なんだし、もう少し真面目に大人らしくならない? それに、誰かが見に来るわけでもないなら、なおさら僕のままの方がいいと思うんだけど」


「いや、私にも――」


「――失礼。そろそろ時間だから、全員廊下に並んでくれ。並んだら体育館に移動だ」


 慌てて時計を見ると、もう少しで式が始まる時間だ。席についていた生徒たちも、それを見てか少し慌てて行動し始める。


 詞詠はというと……話をさえぎられてしまったためか、とても悔しそうにしている。 しかし、指示にはしぶしぶといった様子で従っていた。


すれ違いざまに「まだあきらめてないからね」と一言。しばらくはこのクラスメートが隣だなんて、想像しただけで恐ろしい。僕は詞詠のせいで練習ができなかったというのに。


 とはいえ、移動さえ済ませてしまえば、あとはもうこちらのものだろう。いくら詞詠でも式中にまで手出しはしてこないはずだ。


 そう思いながら僕は、小声で新入生挨拶の練習をしながら、体育館への道を進んだのだった。


     ◇◇◇


 入学式が始まって、約一時間が経過した頃。在校生の歓迎のあいさつも終わり、いよいよ僕の出番というところだ。


 それまでの流れは素晴らしいものだった。学校の風格を感じさせる厳格な式。昨今の学生たちの「校長先生の話は長いくせに面白くない」というイメージの払拭のためか、新入生としての自覚を芽生えさせながらも楽しく聞ける校長先生の話。手短にまとめながらも未来への期待を膨らませてくれた在校生挨拶と、文句なしの内容だ。


 さすがはこの地域で一番と言われる県立宮代山学園。そう思わせるのに余計な前情報は必要なかった。


 僕もこの式にふさわしい、完璧な新入生挨拶にしなくては。そう思うと少し体が震えるが、武者震いだと思い込ませて気勢を保つ。


『それでは次は新入生挨拶。新入生代表、生目面真』


「はい!」


 返事をし、こけることのないよう一歩一歩を踏みしめながら登壇する。このころにはもう、いかに完璧にこなすか以外、頭から抜け落ちていた。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは宮代山学園に入学いたします。本日は――」


 よし、淀みがない。言い間違えもない。姿勢は正しく、制服も規則通り。


 横目でちらりと教員席を見る。教員たちは全員満足そうにうなずいており、好感触であることがうかがえる。


「高校生になるということに、正直まだ実感がありません。――」


 今度は反対の、PTA役員の人たちが並ぶ席を見る。こちらもおおむね好反応だ。

 これは僕の、素晴らしい高校生活の幕開けにふさわしいかもしれない。


「伝統ある宮代山学園の一員として、真面目に、勤勉にされど柔軟に、日々邁進していきたいと思います。校長先生をはじめ、先生方、先輩方、どうか温かいご指導をよろしくお願いいたします。以上をもちまして――」 


「ちょっと待ったぁーーッ!!」


「え?」


 おそらくこの場にいた全員が、『どこの婚活番組だよ』と突っ込みたくなったと思う。僕も同じだ。


 慌てて後ろを振り返ると、シュタッ、タタタッと走り回るような音がどこからか聞こえてくる。やがて近くなったその音のする方を見ると――。


「詞詠?!」


 かの問題児、木南豪詞詠がいた。


「以上をもちまして」終わろうとしていたところ申し訳ないですが、入試次席の私からも一言発言をさせていただきます!」


 こいつは何も考えていないのか?! あとから指導をされるかもしれないとか、周りに迷惑がかかるだろうとか……そういったことを、一切考えないのか?!


 僕は呆れて何も言えなかった。力のままに彼女にマイクを奪われ、発言を許してしまう。


「今うつむいてるそこのお前らぁ! 笑ってるお前らも、うざがってるお前らも……全員! みんな! エブリワン! 私と――いや、私たちと――」


 そこでいったん言葉を区切り、強引に肩を組まされる。勢いで少し引っ張られて、そのままよろけた。


「――――友達になろう!! 特に変な奴!!」


 お前が一番変な奴だよ。とは、だれも言わなかった。


 しかし、僕にはそんなことはどうでもよかった。


 まぶしすぎるくらいの笑顔から発された、あまりに突拍子のない発言、それに大荒れになった式の様相を見て――。


「…………」


「ちょっと! 面真くん?! 重いよ?!」


 気絶することしか、できはしなかった。

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