第6話

 そこには眠るように倒れている彼女の姿があった。


「大丈夫か!?」


揺すっても、軽く叩いてもなんの反応もない。

まずいな。

何故こうなったのか原因は分からないが、いったん外に運ぶことにした。


 体を大体バスタオルでくるんで、お姫様抱っこの形で持ち上げる。

風呂場から廊下を通って、リビングに一旦寝かせた。


観察してみると、少し荒いものの息はあるにはあった。


それと風呂場では気づかなかったのだが、彼女の顔はゆでダコのようだったので、首元や手首足首に保冷剤を置いて体温を下げる。


熱中症だろうか。


彼女はお風呂を知らなかった。

入る前に水を一杯飲むように僕が言っていたら。

のぼせるからすぐにあがるよう僕が言っていたら。


いや、今は後より先を見よう。


 さて、ここからどうするべきか。

本心としたら、公立九頭竜病院に連れて行きたい。

しかしそれは、難易度の高いことだった。


戸籍が無い。


宇宙人なのだから、当然のことではあるのだが、戸籍が無いのだ。 すなわち保険証も無いし、診察してもらえたとしてもお金がかかる。

もしも入院するとなったら尚更だ。


僕が月に使えるお金は全部まとめて約10万円。

入院となったら、余裕で使い切る、いやそれ以上だ。

しかも保険が効かない、借金もできない。

そうなってしまえば彼女を救うどころか、共倒れだ。

それは最後の手段にしておきたい。


しかも万が一病院の人たちに、何か人間と構造が違うところを見つけられたら人体実験行きだ。

そうなって仕舞えば、天国へ一方通行の道を歩むことになるかもしれない。


 しかし、最後の手段とか言えるほど時間がないのも事実だ。

死ぬなんてなったら、最悪だ。


何か方法は……

早く思いつけ。


静かな部屋に、彼女の荒い息遣いだけが響いている。


考えろ考えろ。 

いやこの時間が勿体無い、もう救急車を呼んで九頭竜病院で診察してもらおうか。


車でも往復で四十分かかるが……


 あっ。

そういえば父の知り合いに医者がいたような気がする。

一応僕も小さい時に何度か会ったことがある。

診療所を兼ねた家が確か歩いて五分くらいのところにあっただろうか。


頼み込めば金はなんとかなるかもしれないし、宇宙人だとバレてもまだ一般病院の医者にバレるよりはマシだろう。

黙っていてくれるかもしれない。


 しかし時間は夜。

それも六時とかではなく九時だ。

救急病院ならともかく診療所レベルのものがそんな時間まで空いているのを僕は知らない。


ダメ元で行くか。

そこでダメならもう救急車を呼ぼう。


ここで、僕は彼女の姿を見る。

少し息は落ち着いて来たのだが、まだ全身は真っ赤で目を覚ます気配がない。


だから、病院に連れて行く準備を始めた。

僕は彼女のカバンから可愛いフリフリのついた上下ピンクの下着と、自分のタンスから白のtシャツとジャージを取る。


 と言うのも彼女の着替えはバックを全部ひっくり返しても、どう足掻いてもリラックスできないような着させにくい男物の正装ばかりだったので、下着以外のものは僕の服を使うことにしたのだ。


会って初日の女子の着替えをする(しかも意識のない)と言うツーアウトな状況だが、僕はなるべく彼女のプライバシーと僕の理性を守りながら下着を付けた。

女子の下着の付け方が正解かは分からないが。


あと、理性が守りきれなかったらスリーアウトチェンジだ。





 上下のTシャツとジャージはすぐに着させる履かせることが出来たので、いよいよ出発する。


僕は彼女を背負い上げた。


人一人背負っている以上、限界はあるが僕は全速力で歩き出した。


……重い。

男装がバレないように、ある程度の筋肉を付けておかないとダメなのだろうか。


でも硬いというわけではなかった。


体調面としては、僕の体温よりもかなり熱いようで、布を通して厚さが伝わってくる。



 十分ほど歩いただろうか。

人一人背負うと必然的に歩くのは遅くなる。

住宅街の中にある、角度のきつい短い上り坂が目の前にそびえ立っていた。

「ここを、なんとか……。」


最後の力を振り絞って、登り切る。


坂をこえた先に目的地が見えた。

しかし、目的地は無かった。


「嘘だろ……」


看板には黒のシールが貼っていて、さらに塗装が剥げており、電気どころか幕を落とした、かつての診療所がそこにあった。

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