47【仮面舞踏会】

 仮面のアレクシスは今夜も夜間飛行していた。そしていつものように寄宿舎の修練場にやって来た。

 真夜中のそこはしんとしていて、一人剣を振るう無骨者はもういない。

 唇を噛みしめて、これからどうしようかと考える。持って行き場のないこの気持ちを、どうすればよいかと。

 ふと、夜の街に行き暴れてみようかと思う。アレクシスは仮面の下で、ため息を漏らした。これは自分の感情で、魔導具の仮面が起こす特有の作用ではない。


 あてもなく森の上を飛び、そして街の上空に差しかかる。下からは、闇に溶け込むこの姿は見えないだろう。

 アレクシスはハッとして後ろを振り返った。強い魔力がぐんぐんとこちらに接近して来る。振り向いて空中に停止し、いつでも剣を抜けるように構えた。自分はうかつであったと反省する。

 しかしほどなくして、それは敵ではないと分かる。仮面の若い男性で、貴族が着用する戦闘正装に金髪。そして表情は仮面。だけどなぜか表情は優しげだとアレクシスは感じた。

「殿下?」

「婚約者のために用意された部屋を抜け出して、何を覗きに行ったのだ?」

「私は――、申し訳ありません……」

「仮面の淑女は自由であるべきだ。そのような姿を誰が責められようか」

「あなたは……?」

「私もまた仮面だよ」

 相手が誰なのか分からない。しかしこれが本来の、この魔導具の使い使い方だとアレクシスは思い出す。かつて仮面が流行った時代、貴族たち王族もまたこぞって仮面を被り夜の街に繰り出していたのだ。

「申し訳ありません、か。この仮面は私を覆い隠す鏡。だから相手の顔を映し出す」

 ならばアレクシスは今の姿そのままを映し込まねばならない。

 礼装の仮面が肉薄する。アレクシスはあの夜と同じだ、と思った。

「こんな魔導具を用意した。音楽をとりためて流す道具だよ」

 仮面令息は手に収まる小さな箱を胸のポケットから取り出した。そして見せる。この魔導具の噂も、アレクシスは聞いたことがあった。

「舞踏会の練習でもしようか?」

 二人は月の光を浴びながら高空を踊り動く。周囲の空間には、誰でも聞けば分かる古典的なワルツが流れる。

 両腕を組んで無限に広がる空間を右に左に飛んだ。舞踏会が行われるホールではありえない広大さを、縦横無尽に高速移動する。

 アレクシスは気が付いた。この人には独特の癖がある。それは剣のそれ特有の動きで、戦いに身を置くならばそうなるのだろう。しかし仮面のそれは特徴的であった。

 ふと今までヴィクトルとは、一度も踊ったことがないと思い出す。いきなり舞踏会での本番はあるまい。そのうち予行練習のお呼びがかかるだろう。


 仮面の踊りを堪能したニ人は少し意識がつながり、螺旋のように高度が下がり始めた。そして広場上空に降下する。

 夜の街を楽しむ大勢の人々がどよめいた。何事かと皆が夜空を見上げている。

「仮面?」

「おいおい、仮面のニ人だぜ!」

「踊っている?」

「まあ――」

 仮面の魔導具は、貴族だけではなく平民たちにも多く知られている。そしてかつて、このような状況が王都で起こっていたとも知っているだろう。

 アレクシスと謎の紳士は一気に地上近くまで降下。そして人の間を縫いながらくるくる回り大通りを飛ぶ。周囲の人たちにも、限られた空間に響く音色が聞こえる。

 二人は街中の通りを、そんなふうに踊りながら移動した。いつも暴れている仮面が、今夜は優雅なショーを見せて回ったのだ。

 ここに新たな仮面の伝説がまた一つ刻まれた。

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【強制婚約宣言。低級最強令嬢は恋愛を拗らせたい】~王太子から婚約者候補に指名されました。けれど私の愛する人は殿下の護衛。初恋の人にイケイケで迫ってみます~ 川嶋マサヒロ @EVNUS3905

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