29【休戦協定】

 二人は人けのない放課後の階段を登る。屋上は立入禁止であるが、エレオノール嬢は魔力を使い、扉を軽く解錠した。

 見晴らしは良く、風が心地よい。

「さて――」

 と、エレオノール嬢は振り返る。

「今回の件は不問にふす。そう王宮から書簡が届いたのよ。まずはお礼を言うわね」

「それはよかったです。私は何もしていませんが」

「何もしないから、これぐらいで済んだのよ。お礼を言ったからこれで貸し借りはなしね」

「はあ……」

 毎夜の夢にうなされた借りが、一言でチャラになってしまう。これが高級令嬢の駆け引きなのだ。これ・・に素直に従ってこそ低級令嬢なのである。

「だからあなたの下に付くつもりはないの。だいたい私は二回生であなたは一回生だものね」

「学院では私は後輩です。どうぞこれからもよろしくお願いいたします」

 とアレクシスは丁寧に頭を下げる。元々対立は望んでいない。

「そうね。私は高級令嬢。あなたは低級令嬢。そこんところ忘れないでね」

「はい」

 なんだか内面の方が親しみやすい、などとアレクシスは呑気に考える。こちらの方が気が楽だ。

 屋上の鉄扉が開かれ、次の客がやって来た。オスカリウス・フレドリカ嬢だ。待ち合せていたのだろう。エレオノール嬢はあごをしゃくる。

「幼なじみなのよね。小さい頃からの腐れ縁」

「私は別に和解するつもりは……、これからどうやって反撃しようか考えていたのにい~」

 なぜかもじもじしながら、かなりきわどいことを言う。本人の前でだ。今回呼び出された用件はこれなのだろう。

 公式な場では令嬢らしい言葉遣いだが、プライベートでは少々子供っぽい喋り方をする。つまり二人はかなり親密な関係、といった感じだ。

「もう反撃はなしよ。王宮に手を引けって言われたんだから。あなたも誘って、てね」

「私はまだ大失敗はしていませんから。あの手この手を考えているのにい~」

「だからもう、そんなのは徹底的に潰されるのよ。思い知ったでしょ? あなたが意地悪しようとしても、逆に恥をかかされるのっ」

「次はもっとうまくやりますから~」

「しょうがないわねえ。説得されないのなら、オスカリウス家は取り潰しだって言ってたんだけど残念だわ」

「それは困ります~」

「それにフェイに敵対はできないわ。あっちには、もれなく王宮が付いてくるしね」

「しかたないですね~」

「デシレアはまだ何かたくら企んでいるみたい。懲りないわねえ」

 と、エレオノール嬢は上級生を呼び捨てにする。

 この二人は二回生で、アレクシスは一回生。カトリーナ嬢、デシレア嬢共に三回生である。

 それにやはりフェイは王宮と一体、との認識のようだ。

「私はお二人のことをとやかく言うつもりはありません。しかし状況は何やら複雑なようです。互いに争うより、ここは協力すべきではないでしょうか?」

「また調子に乗って説教みたいなことを。下級生のくせに……」

「上級生は下級生を大事にしなければ。尊敬される先輩でいてくださいね」

「誰があなたなんか……。だけど一理あるわ。婚約者候補として巻き返すのは、今は無理ね。もっとあとで――」

「私はもうそんなのは諦めました~」

「あら、じゃあなんで――」

「次はヴィクトル様の護衛役と、お近づきになりたいですね~」

「もう格落ちに乗り換えるの?」

「例えばマティアス様はどうかしら~」

 フレドリカ嬢は、そう言ってアレクシスをチラリと見る。

「それは……」

「アレクシスは殿下一筋ですよね~?」

「ふふんっ! まあ、そこは別にあーしろこーしろなんて言われてないし、好きにしたら?」

 なかなかに敵もさるものだ。強敵が味方になってくれればこれほど心強いことはないのだが、女の争いは全くもって気が抜けない。

「フレドリカはちょっと仕返ししたいだけだから、適当にほどほどやるだけよ。それで私たちの溜飲が下がるなら、それをあまんじて受け入れるのも令嬢の仕事ですって」

「はあ……」

 なんともよくわからない理屈である。しかしマティアスならばどのような令嬢にちょっかいをだされても安心であろう。あの堅物がどのように対応するか、アレクシスはちょっぴり興味が湧いた。

「さて、条件があるわ。と言ってもこれは王宮からの指示なのよ。演武会に私たち二人を招待しなさい」

「お二人でしたら当然参加する資格があるのではないですか?」

「いえ、あなたからの招待枠で参加しろって話」

「なるほど」

「つまり婚約者の下に付いて、周囲に見せろって言ってるのよね」

「頭にきますわ~」

「仕方なしよ。拷問よりずっとマシね。しばらく様子見。王宮は喧嘩相手と和解するため、障害を取り除くのが仕事なんだろうしね」

 アレクシスとて争うつもりは毛頭ない。休戦協定成立である。

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