24【夢敗れ】

「申し訳ありません……」

 朝、マティアスは屋敷のエントランスでリンドブロム家当主のバルブロに頭を下げていた。

「この役立たずがっ! お嬢様を守ります、だとおっ!」

「力足らずでありました……。全て私の責任です」

 マティアスはさらに腰を折る。もうこれ以上は、頭は下がらないであろう。

「若輩が軽々しく責任などと言うな」

「申し訳ありません……」

「急な話だ。仕方あるまいな。で、どうするんだ」

「これからすぐに王宮に向かい、次の対策を立てます」

「ふむ。それでいい。頼むぞ。こちらはこちらで手を打つが、まずはそちらの対応に期待しようか」

「はい、では」

 そして立ち話もそこそこに、マティアスは一礼して王宮へと急ぐ。なんたる失態。姫を守るべき護衛が暴漢に襲われ敗退。やっばりダメでしたと父親に頭を下げたのだ。夢の中で良かったなどと思ってはいられない。


 バルブロが応接室に戻ると、そこにはファールンの面々がいた。

「まあ、失敗したよ。当然だわな」

 そう言って、呆れたように首を横に振る。予測の範疇、仕方なしとの表情だ。

「我々も動きますか?」

 フェリクスは指示を仰ぎ、バルブロは少し考える。

「王宮魔導士が次の手を打つだろう。こちらの問題とはいえ、あまり表立って動くのはどうかな――」

 立場もあるので、あちらの顔も立てなくてはならない。思案のしどころだ。

「――連中にできると思うか?」

「とんでもない手練れがそろっていますから、その気になれば簡単な仕事ですよ」

 バルブロは娘が安全と分かり、息を吐き出した。

「ならば、我々は首謀者を追うか……」

「心得ました」

「昨夜の探査で、ある程度は絞り込めましたから」

 パニーラはテーブルに街の地図を広げた。指で二ヶ所に円を描く。

「街の中心部にいるのは首謀者で、お嬢様を悪夢に引き込んだ原因です。ただ、これは元々いやがらせ程度の接触ですね」

「ただの女の戦いだな。それならばアレクに任せておけばよいのだが……」

「問題は郊外から魔法制御をかけて、首謀者を踏み台にした連中です。本気でお嬢様をつぶす気で来ていますね」

「クソ野郎どもめ。叩き潰してしまえ」

「はい、今夜にでもやりますよ」

 これはファールンの魔法と、敵の魔法の対決だった。リンドブロム家にも意地がある。こちらはこちらでケリをつけてやろうと決めていた。


「お父様……」

 アレクシスが扉を薄く開けていた。顔色は更に悪くなっている。まるで蝋人形だ。

「寝てなきゃだめじゃないか」

「でも……、マティアス様は?」

「大丈夫だ。王宮に行った。さっ、部屋に戻るんだ」

「お連れいたします」

 ヒルダが立ち上がり、ふらつくアレクシスに寄り添う。

「今夜にもケリがつくでしょう」

「うむ、呪いの魔法とはな。相手もやるもんだ」

「お嬢様の力が完全に押さえ込まれているのですね。複数が重層的に魔力を行使しているかと――」

「外敵の仕事だ。王宮も動くぞ」

「はい」

「脅しているつもりか……」


  ◆


 フェリクスは一人、街の裏路地にある占いの館に来ていた。

「――と言うわけだ。できるかな?」

 話せる範囲内で、一通りの説明を終える。

「呪いの夢とは、また珍しいのう。夢の中に入るのではなく、行使する魔法使いを見つけるのかい」

 元締めの老婆はニッと笑う。占いとは表向きの看板で、もちろん魔法を使った占いも商売なのだが、本業はギルドに依頼できないような、様々な案件を裏で処理する集団の窓口である。

「夢の中は別のヤツがやるんだ。俺たちは本命を探す。いつもと同じ額だけど――」

 フェリクスはそう言って机の上に皮袋を置く。

「いいだろう。引き受けようかねえ」

 老婆は満足した表情でその革袋を手元に引き寄せる。

 ファールンとは以前から協力関係があり、報酬額はあらかじめ決められていた。これで敵の場所をもっと狭い範囲に絞り込めるはずだ。

「応援の人も出すかい?」

「いや、俺たちだけで大丈夫だろう。予算がそれだけなんでね」

「まあ、あんたたちならばねえ……」

「夜はこちらに詰めるよ。構わない?」

「もちろんじゃ。そちらはまけといてやるわい」

 後は悪夢の時間を待つだけだ。

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