21【仮面の噂】

 翌日の学院。お昼休みとなり、仲良し三人組は中庭でおしゃべりに花を咲かせた。

「初めて仮面令嬢を見たわ。知っていた?」

「当然よ、でも話だけ。実物は見たことないわね~」

「屋敷の使用人が何人か見ていますが、私もまだですね」

 マルギットとロニヤが既に知っていたのは意外である。アレクシスはいつも流行に鈍感な、ノンビリおおらかな女子だ。

 二人の話によれば仮面令嬢はある種の伝説で、変身の魔導具が作られてから幾度となく王都に現れていたらしい。地方出身のアレクシスは知らなかった。二人は数々の伝説を話してくれる。

 仮面の紳士と仮面の淑女が美しい満月の夜、手を取り合って夜空を飛んでいた。

 ある貴族の屋敷に仮面の男が現れた。待ち構えていた騎士たちが戦ったが、令嬢の寝室から仮面をつけた女性が現れ、仮面の紳士を助けて共に戦った、とかである。

 などなど、ほとんどが男女の恋愛話であった。今回のように、街で暴れる仮面令嬢はまれらしい。それはそうであろう。


「あっ……」

 デシレア嬢がズカズカとこちらに歩いて来るのが見えた。嵐の接近である。

「ごきげんよう。皆さん」

 マルギットとロニヤは何を言って良いか分からない表情だ。アレクシスが口を開く。

「はい、デシレア様も……」

 言われた本人はフン、と笑って三人を見下ろす。ごきげんとは真逆の表情だ。

「昨夜、いたそうね……」

 ずいぶんと簡略な、省略した問い掛けであるが、それで十分であった。野次馬の中にセッテルンド家の使用人がいたのかもしれない。意図は分からないが。ここは素直に答えるべきであろう。

「はい、商会の者と食事をした帰りでした」

「仮面令嬢。誰だと思うかしら?」

(誰って、それはあれほど強い方なら……)

「私には分かりかねます」

「ファールンを焚き付けたのね。探らせるの?」

(あれは自主的な判断で……)

「どうでしょうか? それはあるじたる父の判断なので、やはり分かりませんわ」

 アレクシスは小首を傾げてみせる。これは本当にそうなのだ。

「セッテルンド家でやるから、じゃまはしないで」

「……」

「それだけよ」

 言いたいことを言って、怒りの令嬢は去って行った。

「ねっ、どうするの?」

 マルギットは興味津々のようだ。

「うーん、低級貴族にはどうしようもないし……」

「最強ファールンは王都じゃ、揉め事の中心よ。期待されているんじゃない?」

 ロニヤも同様である。

「そうなの?」

「「そうよっ!」」

 フェリクスが形だけでも立ち向かった意味が見えてくる。期待とは街に住む人たちの期待だ。

「父に何か言った方が良いかしら?」

 二人は目を輝かせた。噂好きは女子のサガである。


 幼少の頃、誰よりも木登りがうまく、男の子に混ざって野山を駆け回っていた少女がいたとする。多分その少女が成長して仮面をつけたのなら、もしかして街で悪い奴らを退治しようと戦うのかもしれない。

 アレクシスは心の中で首を横に振った。殿方に嫌われてしまう。

 この王都には仮面をつけている令嬢が大勢いるのかもしれない。


 風雲を告げるかと思いきや、しばらくは平穏な日々が続いた。

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