20【語らう二人】

「夜も騎士働きとは御苦労様です」

「いやあ、見習いにも及ばない。一応、揉め事の場に貴族などいた場合の、立ち合い人の意味があるのですよ」

 二人は並んで夜道を歩く。

「なるほど……」

 今夜の相手は令嬢と呼ばれている。正体がそれなりの貴族であった場合、証言をする人間が憲兵ではなく、貴族であればなお良いのだ。

「未だに父上の威光にすがっているようなものです。情けない」

「そのようなことは、ございませんわ」

 周囲はまだ人通りも多く、魔法のランプと月明かりが足元を照らす。危険などないが、マティアスは生真面目に周囲に睨みをきかせる。

 こちらを見て欲しいと、アレクシスは不満顔だ。マティアスに気の利いた話をしてくれは、無理であろう。

「人気なのですね、仮面令嬢。初めて見ました」

「悪い噂のある商会ばかりが狙われるのですよ」

「まあっ、それでは私のリンドブロム家も襲われてしまいます」

 アレクシスは大袈裟に驚き、口元に手を当てる。マティアスは笑った。

「ご冗談を。噂はほとんど真実でした。あの店も内偵はしていたのですがね。先を越されたようです」

「そうでしたか」

「セッテルンド家の傘下――、と言っても末端の商店です。たぶん圧力もあって、なかなか調査部が動けなかったのですよ。ここまで騒ぎが大きくなれば捜査を始めるでしょう」

「……」

 なかなかややっこしい動きだ。貴族の事件は、王宮で起こるばかりではないらしい。

「ただ直接セッテルンドが関わっている、などはないですね。下が勝手に金貸しをやっていた。噂になっていたぐらいでしたから、責任問題程度にはなるでしょう」

 デシレア嬢の家の話とは、少々因縁ではあった。

「あんな仮面は始めて見ました」

「ははは、昔作られていたようですね。武器や武具ならある程度王政が把握しているのですが、あんな使い方をされるとは……」

 武器として強力な魔道具ならば戦力だ。だから王政もその把握に努める。しかし仮面は、元が貴族の変身願望で作られたお遊びだ。大量に作られたのは仮面舞踏会が流行となり、貴族はこぞって煌びやかな変身を遂げる仮面作りに熱中した。

 若きヘイデンスタムⅢ世と、王妃が出会ったのも仮面舞踏会であった。昔の話である。


 二人はリンドブロムの屋敷に到着した。

「お隣さんはずっと留守のままですわ」

 アレクシスは数年間、ずっと明かりが灯らない屋敷を見た。昼間は時々使用人がやって来て手入れや、空気の入れ換えをやっているのは知っていた。

「実は父が王都に戻ります。滞在が長引くのでこの屋敷を使いますよ」

「まあ、父と母も喜びます」

「私は変わらず学院の寄宿舎ですが週末は戻ります」

「親孝行して下さいませ」

「はい、あなたの護衛が仕事ですから。隣にいれば安心です」

 あえて・・・そう付け加えるマティアスはどうかと、アレクシスは心がチクリと痛んだ。震えそうになってしまい、話題を変える。

「これからの、私の予定など存じてますか?」

 護衛役に聞くのは不自然ではない。

「そうですねえ、舞踏会か演武会か、別荘への遠出などですか。どれが先になるのかは分かりませんが……」

「演武会?」

「剣を振る修練の発表会です。仲間たちの家族などが見学いたします。もちろん殿下が先頭で演じられますよ」

「まあ、それはぜひ拝見してみたいですわ」

「そうですか……、殿下と共に私も演じます。そのうちお誘いがあるかと思いますよ」

 マティアスはまた、殿下殿下であった。


 話が途切れて、アレクシスは門を潜る。

「それではおやすみなさいませ」

「はい、本日はお疲れ様でした。おやすみなさい」

 玄関の扉を開けたアレクシスは振り返る。マティアスはまだこちらを見守っていた。

 しかしアレクシスは嬉しくもない。対象者が屋敷の中に入るまで見守る。それが護衛の基本であったからだ。

 生真面目なマティアスならば、ここまでして当然である。

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