第02話 不完全な指輪の交換

 突然現れた織ねぇは明海ちゃんともう一人を引き連れて教室に入ってくる。俺は織ねぇでも明海ちゃんでもなく、もう一人の女性を見た瞬間に心臓が大きく跳ねた、そして目が離せなくなった。歩く度にサラリと翻る夜色の髪、どことなく望姉さんや母さんに似た顔立ち、ピンと背筋を伸ばした立ち姿、背の高さは今の俺と同じくらいに見える。


 俺が呆然と彼女を見つめ、そして彼女も同じ様な表情で俺を見つめている。何が何だか分からないが、ずっと離れていた半身にやっと会えたような不思議な感覚が全身を駆け巡っている。そんな俺と彼女の間を遮るように織ねぇが割り込んできた、織ねぇの目はいたずら小僧のように輝いて見える。


「怜ちゃんあなたにはこの子、咲耶ちゃんと指輪を交換してもらいます」


 急に何を言い出すんだこの人は、指輪の交換って生徒手帳に載ってたあれのことだと思うのだけど。確か先輩後輩が指輪を交換して、学院にいる間先輩は後輩を指導だか教導だかをするとかなんとか書いていた気がする。


「怜ちゃん、咲耶ちゃん準備はいい?」


「え? いや急にそんな事言われても」


 えっと確か俺の場合は右手の薬指の指輪に口づけをして、上級生の右の薬指につけるのだったかな?


「えーっと咲耶先輩?織ねぇはこう言っていますけど、私と指輪の交換をしても良いのでしょうか?」


「私は……あなたとなら」


 教室に残っている人たちと廊下からこちらを覗き見している人たちの視線が俺と咲耶さんにに集中しているのがわかる。気づけば俺は織ねぇに背中を押され咲夜さんの目の前に立っていた、こうなっては逃げようもないし逃げるとか咲夜さんに失礼な気がする。


 咲夜さんと見つめ合う、心臓が早鐘のように鳴っているのがわかる、何故か震えている右手を目の前に上げ指輪に口づけをする、咲夜さんも同様に指輪に口づけをしているのが見えた。まずは咲夜さんが右手薬指の指輪を外し俺の左手を手に取る。静寂に包まれる中誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる、鳴らしたのは俺だったかの知れないけど分からない。


 ゆっくりと俺の左手薬指に指輪が入っていく、自動調節機能のおかげかピッタリだった。続いて俺が自分の右手薬指の指輪を外し、咲夜さんの右手を取り指輪を薬指にはめる、こちらも自動で調節されたのかぴったりだった。


 大きなどよめきと「キャー」とか「ワー」とか言う黄色い声の大音量が響き渡った。


 俺はそれにびっくりして咲夜さんの手を放していた。ぞわりと何かが俺の体の中に入ってくる、胸が苦しい何だろうこれは、体がふらつき倒れそうになったが織ねぇが俺の腕を掴んで倒れるのを防いでくれた。


「ここじゃ落ち着いて話も出来ないし移動するわよ」


 周りに目をやるとざわめきがすごい、憧憬、嫉妬、好意、驚愕、嫌悪などの、善意も悪意もごちゃまぜになった感情が渦巻いているのが何故か見える。所々から「尊い」とか「鼻血が」とか「てぇてぇ」とか聞こえてきた気がするが気のせいだろう。中には俺と同じものを感じてしまったのか、失神したり倒れたりして介抱されている子も目に入った。


 咲夜さんを見ると俺と同じ物が感じられているのか、顔色が真っ青になっていて明海ちゃんに支えられながらなんとか倒れずにいるようだ。俺と咲耶さんは織ねぇと明海ちゃんに引きずられるように教室を後にした、気が付けばどこかの部屋のソファーに寝かされていた。


「おりねぇ、きもち、わるい」


 視線だけ巡らせると反対側のソファーに咲夜さんが寝かされている、さっきより顔色はマシになっているようだけど、俺と同じでグロッキーになっているように見える。


「怜ちゃんも咲耶ちゃんもごめん、あんな事になるとは思ってもいなかったわ」


「姉さん、だから人の多い場所でやると危ないって言ったじゃないですか」


 暫く寝ていると少し気持ち悪さが治まってきたので起き上がる。


「怜ちゃん無理しないでまだ寝てた方が良いですよ」


「ごめん明海ちゃん、お茶か何か貰えないかな、この胸につっかえているような気持ち悪いのを飲み込みたい」


「分かりました、少し待ってくださいねすぐに用意します」


 少し待っていると明海ちゃんがお茶碗を俺と咲耶さんの前に置いてくれた。俺はお茶碗を手に取りふーふーと冷ましながら一口飲み込むと、何かが流れてお腹の下辺りまで降りて消えた。別に物理的につっかえていたわけじゃないから気の所為だったかもしれないけどスッキリした。


「ふぅ、明海ちゃんありがとう、咲耶先輩も大丈夫ですか?」


 咲夜さんもお茶を飲み先程よりずいぶん顔色も戻ったようだ。


「ええ大丈夫よ、それにしても先程のは何だったのかしら、何かが渦お巻いているように見えたけど」


「ほんと何だったのでしょうね……織ねぇはちゃんと説明してくださいよ」


「怜ちゃんもそんなに睨まないでよ、私もあんな事になるなんて思っても見なかったんだから」


 織ねぇが俺に近寄り耳元に口を寄せ(咲耶ちゃんにまだ聞かせる訳にはいかないから詳しくは後でね)と言って離れた。この感じからすると家に関する事なのかな。それにしてもお腹が空いた、お昼まだなんだけどどうしよう。


 時計を見つけたので時間を見てみる、今は12時半を回ったところみたいだ。お昼休みが終わるのは13時半なので、今から寮に行けばなにか食べられるだろうか? カバンと財布を教室に置いたままだけど、今あそこに戻るのはなんか怖いし嫌だな。


「怜ちゃん聞いてる?」


「え?何を?」


 目の前に織ねぇの顔が飛び込んできた。


「何も聞いてなかったのは分かったわ」


「その織ねぇ、お腹が空いた」


「あらら、もうこんな時間かお昼どうしようか、今から寮に行くにはちょっと微妙かな」


 その時部屋の扉がコンコンとノックされ開く「やあやあ、みんないるようだねきっとお昼はまだだろ、これでも食べたまえ」と言いながら女性が二人ビニール袋を両手に下げ部屋に入って来た。その内の一人は知ってる人だ。


「ミカ会長助かります、丁度お昼どうしようかと思っていた所です」


「ははは、いいよいいよ中等部がなにか騒がしかったからね、きっと詩織くんが何かしたと思っただけさ」


 そう言いながら、ビニール袋から袋に小分けされた大量のパンを取り出した。


「怜ちゃん久しぶり」


「お久しぶりです、その節はありがとうございました」


「良いお小遣い稼ぎになった」


 知っているもう一人とはマリナさんだった。


「ふむ怜くんと言う事は、君は望さんの妹さんになるのかな?」


「はい、はじめまして姫神望の妹で姫神怜といいます中等部1年雪組です、えっと……」


「ああ、私は高等部3年で高等部生徒会長をしている御雷瞳みかづちひとみだ、気軽にミカ会長とでも呼んでくれ」


「よろしくお願いします、えっとミカ会長」


「私が引退する9月までの間だがよろしく頼むよ」


「ちなみに私は高等部1年の書紀ぶい」


 そう言ってピースをしているマリナさんは書紀らしい。


「挨拶はこれくらいにして、お昼にしようじゃないか」


「お茶入れますね」


「明海ちゃん私も手伝うよ」


「分かりました、お茶を入れますので怜ちゃんは運んで下さい」


 俺は立ち上がり、明海ちゃんが入れてくれたお茶碗を運び、それぞれの前に置いていく最後に自分と明海ちゃんの分を置いてソファーに座る。


「ふむそうだな、全員は揃っていないが、新しき生徒会の仲間を歓迎するとしよう」


 ん? 新しい生徒会仲間? 誰が? 明海ちゃんを見ると頷かれた。


「怜ちゃんの事だよ、今日から中等部書紀ね仕事は明海に教えてもらってね、同じ書紀だからあと咲耶ちゃんは会計だから同じ生徒会仲間よ」


「織ねぇ聞いてないのですが」


「だってさっき言ったけど上の空だったじゃない」


 あーさっきの聞き逃してた事はこれの事か。


「ほらほら話をしてないでみんな食べたまえ私の奢りだ、早くしないとお昼休みも終わってしまうよ」


「「「ミカ会長いただきます」」」


 みんなしてパンを食べ始めるこのパンかなり美味しい。

 俺がまず食べたのはクリームパンだったが、中にぎっしりとクリームが詰まっていてクリームは口に入れると溶けるように消えていく、パン生地はふんわりしていて食べごたえもある。


 次に食べたのはメロンパン、外はパリパリ中はもっちりそして中にはメロン味のクリームが入っていた、うん美味しいそしてお腹がいい感じに膨れた、これ以上食べるとお昼から眠くなりそうなのでおしまいにしておこう。

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