第一部 エピローグ

 後味の悪い結末を迎えた事件の後、これといった事件もなく日々は流れていく。

 聖暦一〇〇一年。

 スカニアに来てから三年が経ったこの年、リンは十八歳になっていた。


 秋も深まったこの日、夕食前のテーブルでアラルフィンは手紙を見ながら唸っていた。

 「伯父さん、どうしたんですか?」

 普段あまり見ないアラルフィンの様子にリンが首をかしげる。

 「うーん……。それがなぁ。ノルド大公国の首都にいる弟子からの手紙なんだが、最近なんでも忙しいそうでな。人手を回してもらえないか?って言ってきてるんだよ」

 「そうなんですか。誰か職人を派遣するんですか?」

 「どうしたものだか。うちも職人の手が足りてるわけじゃないからなぁ。弟子が頼ってきてるんで力を貸してやりたいのは山々なんだが……」

 アラルフィンは言葉を濁しつつ茶をすすると椅子の背もたれに身体を預け腕組をする。


 「……伯父さん」

 「何だ?」

 「その件なんですけど、僕が行くことってできませんか?」

 「お前がか?……ふーむ」

 「僕のもともとも目的はノルド大公国に行く事でした。僕はまだ職人と言えるほどの腕ではないですが向こうで修行を続ける事はできると思います」

 「うーん……。考えさせてくれ」

 「……わかりました」

 「それよりもな、リン」

 「はい」

 「明日から、いくつかの製品を部品の製作から組み立て、テストまで一連の作業を一人でこなしてみろ」

 「えっ」

 「職人として認められるかの試験だと思え」

 「わかりましたっ!やってみます」


 夕食の後、リンは自分の部屋で考え込んでいた。

 (伯父さんは僕に試験を課したのは職人として認められるかどうかってことと、きっとノルド大公国に行かせられるかの試験も兼ねているに違いないよね)

 無意識に手がエフイルを撫でる。

 「にゃあ」

 エフイルが撫でる手にじゃれついてくる。


 (明日からの作業をきっちりこなして成功させなきゃ)

 リンにはそうとしか考えられなかった。であるならば失敗はできないと意気込む。


 今日はカレンに相談しようにも泊りがけで狩りに出ているため相談できない。そんなリンの心情を察したインジョヴァンが姿を現す。

 「あら、リン。あなたなら大丈夫よ。いつもどおりにやりなさいな」

 「ありがとう、インジョヴァン。なんだか久しぶりですね」

 「そうね。大精霊には大精霊の仕事があるのよ。その間は上位精霊に任せちゃうことになるんだけど問題はなかったでしょう?」

 「そうですね」


 「にゃあ」『精霊も妖精もリンの味方にゃ』

 インジョヴァンに負けずとエフイルが喋りだした。存在を主張したいようだ。

 「にゃあ」『だからリンならできるにゃ』

 「そこの猫の言う通りよ。精霊はリンの歌で協力的になるわ」

 「にゃあ!」『猫っていうにゃ。わたしはエフイルにゃ』

 「だってあなた猫じゃない」

 「にゃうー」『妖精王の娘なのにゃ』

 リンがエフイルを抱っこしてなだめる。

 「エフイルもありがとうね。ほら、喧嘩しないで」

 「うー」『リンがそういうなら仕方ないのにゃ』

 エフイルが渋々前足を振り回すのをやめる。


 インジョヴァンとエフイルのおかげでリンは気が軽くなったような気がした。

 (よーし。明日からがんばるぞ)

 リンはベッドに入るとサイドテーブルの蝋燭を消した。


 翌日。リンは朝から多忙だった。

 親方から渡された魔道具の設計図とにらめっこしてあれこれと考えている。

 やることは決まっている。設計図を元に部品を作って組み立てちゃんと動くかテストする。それだけだ。それだけなのに考え込んでしまっている。

 なぜか?というと作るものは『時計』なのだが細かい部品が多数ありまた、その精度が非常に重要だからである。


 この『時計』という魔道具は近年開発されたもので、水晶の一種に特定の波長の魔術を当てると一定の間隔で振動する性質を利用して時間を計測する道具だ。そのため非常に繊細であり、職人の技術がもろにでてしまう魔道具でもある。もちろんリンもこれを作ったことはない。部品すらもないのだ。

 いきなりハードルが高い。だからこそ考え込んでしまっていた。


 「リン。考えてても何も進まないぞ。まずはやってみろ」

 「おじ……、親方。……そうですね。ありがとうございます」

 「ミランウェ、お前もだ。手が止まってるぞ」

 「はい。親方」

 リンは一つ息を吸い込むと高く澄んだ声で歌いだした。


 ーーー

 そよ吹く風は小波を追いかけ 蒼い木の葉の船は進む

 神樹の子供達は 木の葉の船が大好きだ

 船の名前を 当ててご覧よ

 とても素敵な名前だよ

 ダグリールリー ルルラー

 ダグリールリー ルルラー

 ダグリー ダグリー

 その名は夜明け

 ダグリールリー ルルラー

 ダグリールリー ルルラー

 ダグリー ダグリー そは夜明けだよ

 (『木の葉の船』 作詞・作曲不明 エルウェラウタ民謡)

ーーー

 歌とともに精霊の気が高まり、リンの周囲に燐光があつまってくる。

 リンも歌うことで集中力が高まったようで、設計図を見ながら部品を一つ丁寧に作り上げる。非常に薄い歯車だ。ノギスを当てて計測するが気に入らなかったのか、もう一度崩して作り直す。今度はよかったのか次の部品を作り出していく。

 土の精霊魔法で金属を柔らかくし延ばしたり切り取ったりして形を整えていく。そうしてリンは一つ一つ丁寧に丁寧に部品を作り出して行った。


 気がつくと作業してるのはリン一人で皆は片付けをはじめていた。

 しかし、区切りが悪くまだ手が離せないリンは親方に少しだけ残って仕事をすることを申し出る。

 慣れない一人作業の為時間が経った割に作業の進捗ははかばかしくなかった。


 リンは何日もかけて部品の作り出しを完了させた。

 その間の集中力には親方であるアラルフィンも瞠目するほどで周囲の物音も全く耳に入っていないようだった。

 作り出した部品を設計図を見ながら仕分けしていき組み立ての準備を始める。細かい部品が多いため仕分けもひと仕事だ。

 そして、ここからがおお仕事である。

 つまり魔道具の基盤に魔術回路を刻む作業が始まるのだ。


 翌朝、リンは集中して基盤に試薬に魔石などを溶かした特殊な顔料で魔術回路を描きはじめる。細かく繊細な作業を長時間つづけなければならない。ここで失敗したら台無しになってしまう為、慎重に丁寧に作業を続けていく。


 リンの額に汗がにじむ。


 円が歪まないように、線が撚れないように、文字を明瞭に、交差がにじまないように……。ゆっくりと着実に魔術回路を描きあげていく。


 リンが大きく息を吐き出すと額の汗を拭う。

 一度席を立つとぬるいお茶を淹れ一気に呷る。

 席に戻ると深呼吸を繰り返し、再び作業に専念しはじめた。


 静かに時間が過ぎていく。


 午後も遅くなってからリンの手が止まる。

 作業が終わったのだろうか。凝り固まった身体を伸ばしながら自らが描いた魔術回路を眺める。

 回路を描くことももちろん重要な工程であるが、実はここからが本番である。

 描いた魔術回路に水晶にかけるのと同じ力で一定の時間魔力を流し続けることで特殊顔料が反応し、基盤に魔術回路が刻み込まれるのだ。


 この作業は水晶と反応させるのと同じ水属性の魔力を使う。

 「インジョヴァン」

 リンが水の大精霊であるインジョヴァンを呼ぶと、周囲の空気が歪みインジョヴァンが姿を現す。

 「なにかしら?」

 「この回路に一定の魔力を流すので力を貸してほしい」

 「いいわよ。リンの試験だったわね?それじゃーやっちゃってー」

 「……」

 軽い調子のインジョヴァンの態度には目をつぶりリンは集中して魔力を流していく。


 しばらくすると魔術回路から白い炎がゆらゆらと立ち登り始める。顔料と魔力が基盤の金属と反応し魔力反応を起こしているのだ。リンは細く長く呼吸を繰り返しながら魔力を流し続けていく。


 徐々に反応が収まり炎が消えていく。


 白い炎が収まった時に、リンが大きく息をついて満足げに魔術回路を見やる。作業は成功したようだ。

 「インジョヴァン、ありがとう」

 「このくらいどってことないわよ~」

 この日の作業はここまでとしてリンは部品や基盤を整理して引き上げていった。


 翌日、リンはついに部品の組み立てを始める。

 昨日の作業とは異なるがこれも神経を使う細かい作業である。

 細かい部品は木製のピンセットを使ってつまみ上げる。金属のピンセットでは傷を入れてしまうのでそれを避けるためだ。


 数日かけて組み立て作業を終えるとテスト起動をする為に魔石をセットし魔力を流してみる。時を刻む時計の音だけが聞こえていた。

 「リン、できたようだな」

 「あ、はい。親方。いまテストをしているところです」

 「そうか。……ふむ。動きもスムーズだし悪くないようだな」

 アラルフィンが顎に手を当てながら時計を覗き込む。

 「よくやったな。耐久性は今すぐわかることじゃないから良いとして、これでリンも一端の職人と認めざるを得ないだろう」

 「ほんとうですか!」

 「三日後に時間のずれを確認するからそれまでは仮免許だと思えよ」

 「わかりました!ありがとうございます!!」


 後日、リンの時計は時間のずれも三日で五分程度におさまり一流とはいえないまでも十分通用するものだと認められた。


 「先日の話だけどな」

 工房でアラルフィンが不意にリンに話しかけた。

 「はい」

 「公国にリンを行かせることにしようと思う」

 「親方……」

 「リンも一人前の職人だ。胸を張って行って来い」

 「はい。ありがとうございます!」

 「次回の船で向かえるように手配して置こう。カレンも一緒にいくのだろうからちゃんと伝えておくんだぞ」

 「わかりました。姉にもその事を伝えておきます」


 またたく間に月日が流れ、リンの出立の前日。

 工房に珍しい来客があった。


 「リン、お前に珍しい客がきてるぞ」

 「え?ぼくにですか?」

 「そうだ。待たせるもんじゃない。さっさと行ってこい」

 「……はい」


 急いでリンが接客室に出てみると、そこで待っていたのはフィンゴネルとミゼリエラ、それになぜかフラドリン=チェフィーナ様までが一緒に待っていた。

 「お義父さん!お義母さん!それにフラドリン様まで。どうしたんですか?」

 「どうしたもこうしたも、リンが公国に旅立つというから見送りに来たんだよ」

 「フラドリン様から連絡があってね。私達も急いで来たんだよ」

 「そうだったんですね。フラドリン様、ありがとうございます」

 フィンとミゼルが口々に事情を話す。

 「カレンは?」

 ミゼルが尋ねる。

 「お姉ちゃんは狩りに出てます。夕方には戻るって言ってました」

 「そう。カレンはちゃんとやってたのかしら」


 「わたしはあなたに興味があったのとお届けものですねぇ」

 フラドリン=チェフィーナが少々戯けて言う。

 「届け物……ですか?」

 「そうとも。僕の使い魔のテルペリオンを君に贈りたいと思ってね。公国に旅立つのだ。こちらとの連絡も大変だろう?」

 フラドリン=チェフィーナは両手を広げると肩に載せていたテルペリオンの方を向く。

 「使い魔を……僕にですか?」

 「君にならこの子を託してもいいかなと思ったんだ」

 「そんな……大切な使い魔をいいんですか?」

 「いいとも。僕には他にも使い魔が沢山いるからね。ぜひとも受け取ってもらいたいね」

 「わかりました。ありがとうございます」


 「普段は君のお姉さんの狩りの手伝いをさせておけば運動不足にもならずストレスもたまらないだろうよ」

 「そうですね」

 「それじゃ、さっそくだけど右手を出して」

 「こうですか?」

 「そうそう。そのまま動かないでね」


 フラドリン=チェフィーナは懐から小皿を取り出すとインク壺からインクを垂らす。そしてナイフでリンの指先を傷つけるとインクに血を垂らして筆でかき混ぜる。そのインクでテルペリオンの嘴を塗っていくと、薄く光ってインクが消えて行った。


 「よしよし。これで君とテルペリオンがつながったはずだ。何か感じないかね?」

 『坊主、よろしくな』

 「挨拶……されたようです」

 「テルペリオンは言葉は話せないけれど、意思は通じるからね」

 「そうなんですね。よろしくね。テルペリオン」


 翌朝。

 皆に見送られて、リン、カレン、エフイル、そしてテルペリオンはスカニア港を出港する船に乗りノルド大公国へと向かったのであった。

 この先、どんな困難が待ち受けているのか?それはまたの機会にお話しよう。




ーーー

これで第一部は完結となります。

作者、これが初めての小説となるのであれこれ物足りない部分が

多かったのではないかと反省しきりです。


それでも読んでいただいてた方がいましたことを感謝します。


今回の登場人物のまとめ

・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公

・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師

・フィンゴネル フィン ニテアスの職人、カレンとリンの父

・ミセリエラ ミゼル フィンゴネルの妻、カレンのリンの母

・エフイル 妖精王の娘、白いネコ

・インジョヴァン 水の大妖精、リンと契約している

ーーー

・フラドリン=チェフィーナ タリオンの長老

・テルペリオン フラドリン=チェフィーナの使い魔、ハヤブサ

ーーー

・アラルフィン アラン フィンゴネルの兄、スカニアの魔道具職人、錬金術師

・ミランウェ ミラン アラルフィンの息子、リンの兄弟子、カレンの従姉妹


次回、未定

プロット制作中に付きお待ち下さい

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【改題】トゥラーン大陸年代記 ~自由の歌~ 東条崇央 @takahisa_toujou

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